☆ヴィーヴル☆
ウーナ県はパナヴァ県長の死を発表した。
それはパナヴァ県の敗北である。早すぎる決着に世界は驚く。
ある人は革命の始まりだと言い、ある人は暗殺だと言う。さらには一家心中という話まで出た。
そのすべての推察は答えを内包していた。それでも確信はできなかった。
なぜなら、パナヴァ県長一家まの死体がないのに、存在しない男の肉と血だけはこびり付いていたから。
ミリヌはそれを一家誘拐とし、ウーナ県への宣戦布告、侵攻を始めた。
そして、この私、オリヴィアの出番が来た! ……というわけである。
「あなたはここまで読んで同盟を結んでいたんだね」
垂れたパーテーションカーテンをくぐりながら私はそういった。
煙突市街に満足してミリヌに向かおうとしたら後ろからメイドに話しかけられたのだ。
付いてきてほしい、と言われたからゾロゾロと皆を引き連れて行った。その先がここ、県長宅だったのだ。
そしたら煙突市街まで案内してくれた神様がいた。驚いていると、「3日だけで良いから用心棒になれ」と言われた。
それも大きなゲストルームを見せながら、だ。
条件のお金も良かった。
もちろん、友達を守らないわけにはいかない! そう思ったからである。
全くもって待遇に靡いたわけではない。ほんとに絶対。
だから今お風呂に入って濡れた髪を拭きながらサラに遭いに来たのだ。
「妾は凄いのだ。当然のことよ」
3日と言う短さはここまで読んでのことなのだろう。まんまとやられた。
となると、私が言うべき言葉は決まっている。
「じゃあ行ってくるよ」
扱い慣れた朱い片刃剣を喚ぶ。
「そうじゃな。だが、妹に宿らせた天使のことを忘れるでないぞ」
あ、忘れてた。振り向くとマニがジト目で私のことを見ている。
危ない、もう少しで声に出るところだったぞ。「忘れてた」と。
「良いけど。早めに解決策を用意してね」
後半は伸びをしながら言っていたから、そんなに深刻ではなさそうだ。
朱い片刃剣と寝る権利を剥奪されないように立ち回る必要はなくなったわけだ。
そこからも少しの情報を交換した。サラと豪華なゲストルームにお別れをして、県長宅を出た。
7万の大所帯で進軍を開始したミリヌ。
ミリヌとウーナ県の間にはルナク県とポレモス山脈が横たわっている。
ルナク県が自県内のミリヌ進軍を認めなかったことにより争いが起こった。
ミリヌは圧倒的な兵数に物を言わせて多くの戦線で勝利を収め、ルナク県の4割を占領しているらしい。
山脈を迂回してたらそんなに戦況が動いていたとは……。
軍の出発よりも早くに県長宅を出たはずだし、なんなら空飛んで森ショートカットしたはずなのに。
いずれにせよ、なんとかルナク県に入ることができた。
手続きに関してはサラがやってくれていた。早速参戦できそうだ。
「ちなみに、『協律能力』って使っていいと思う?」
私が冗談でマニに聞いてみる。
「良いんじゃないの? たしか、ミリヌはドゥームに使ってたでしょ」
思ってたのと違う回答だ。だが、それがマニの面白さだから助かる。
視線を秋に包まれた敵陣に注ぐ。
「ようやくだね。来るよ」
わざわざ占領地まで来てあげたのだ。襲ってくれないと困る。
「堕落能力 黒・料理屋」
黒い炎が辺りを凍り尽くす。バリケードは簡単に無力化できたようだ。
何時になっても不思議だ。炎のくせに冷たいなんて。
「さあ、誰から?」
占領地を区切る魔力を簡単に飛び越えてそう聞いた。
「返事は早くしないと」
無詠唱で喚んだ風の刃が辺りを赤く汚していく。
「て、敵襲! 直ちに戦闘に備えよ!!」
放送された文言にテントから慌てて飛び出す兵士に苦笑した。
マニたちも少し離れたところで戦闘を始めたらしく、楽しげな音が響いている。
「そろそろ行くね。五輪能力 掃除屋!」
白風が容易く敵の命を奪う。
やはり詠唱をしたほうがよっぽど扱いやすい。
多くの兵は逃げることを選択する。だが、一人だけ目を見開いて硬直する人がいた。
「そうか、お前が、甘美の娘だな」
私は彼に目線を合わせる。彼はその言葉の意味を知っているのだろうか。
────もう私は大丈夫だ。そんな言葉で傷つくことはない。
「ねぇ、私は掃除をしたいの。だからここまでトイレ掃除に来たんだよ」
枯れ葉が私の風に巻き込まれて空を舞う。
ひらひらと落ちた葉から視線を敵に向ける。
「あなたの名前は?」
「……イヴェートだ。帰路なき私が、お前を殺そう」
「いいね、良い名前だ。あなたの魂だけは私が受け入れてやろう。帰りの断たれた道は私に繋がる」
朱い片刃剣は私のスキルと固く結びついて、とても手に馴染む。
私は慈悲を、争いに見出すのだ。
恐ろしい娘を見つけた。
堕霊どころか、『悪魔女帝』と言われても納得できる。
詠唱が耳をなぞる。その瞬間距離を無視して風の刃が飛び交った。
指が震える。これは武者震いなんかではない、恐れ。
俺は騎士だと、気合を入れる。荒れる息だけは精神論ではどうにもできない。
逃げ惑う仲間の兵を掻き分けて娘を視界に入れた。
美しい白髪が空を漂う。吸い込まれそうなほどに大きな瞳は翡翠のように美しい緑。
「そうか、お前が、甘美の娘だな」
俺が出した言葉は震えていた。
目を閉じて深呼吸をする。かねがね噂は聞いていた。
それでも本人を目の前にすると歯が立たないのは明白だった。
味方が逃げる隙くらいは作れるだろうか。そんな事を考えていたら見知った首をいつの間にか見つめていた。
彼すらも全くもって役に立たずに死んだのか。
「ねぇ、私は掃除をしたいの。だからここまでトイレ掃除に来たんだよ」
天使のように柔らかな声。
心惹かれ、彼女をただ凝視した。
だが、彼女の瞳には血に濡れた枯れ葉しか映っていないようだ。
「あなたの名前は?」
そして私の汚い眼と瞳を合わせながらそう聞いてきた。
「……イヴェートだ。帰路なき私が、お前を殺そう」
捻り出した言葉は誤魔化せないくらいに掠れていた。でも、彼女は屈託なく笑う。
「いいね、良い名前だ。あなたの魂だけは私が受け入れてやろう。帰りの断たれた道は私に繋がる」
朱い不思議な武器を握る彼女の瞳は紅く染まる。彼女は何を考えているのか、俺には分からなかった。
それでも彼女を足止めしなければならない。
「疑似睡眠能力 絕悶の軋轢!!」
小さな刃を無数に呼び、彼女に向けて放つ。
それを簡単に避けて彼女には似つかわしくない大ぶりな武器で斬り掛かってきた。
それをスレスレで避けて、追撃はスキルでなんとか防ぐ。
だが、威力だけはまともに食らって弾き飛ばされる。重装備を着ているというのに。
更にそこに無詠唱のスキルで追撃を入れられる。
「疑似睡眠能力 絕悶の軋轢!!」
無詠唱でも、スキルを撃たないと無効化はできないようだ。
テントにぶつかってようやく地に足をつけた。
「堕落能力 黒・料理屋」
バカみたいな量の水の塊が俺に向けて発射される。
それをなるべく距離をとって避ける。地面に残った窪みを見る限りオレの判断は間違っていなかったようだ。
「疑似睡眠能力 絕悶の軋轢!!」
大きな鎌作って空中にいる彼女に向けて振る。
俺の全力の技。コレの効き目次第で勝ち筋がある、はずなのに。
彼女の細く白い人差し指で鎌は微動だにしなくなった。
今まで感じたことのない、無力感が俺を包む。そして彼女はつんと突くと鎌が消えた。
「嘘だ」
口から飛び出た言葉は絶望に塗れていて、さらに俺を怖がらせた。
「嘘じゃないよ。あなたは強かった」
朱い大きな武器を懐から出した剣で受ける。再び感じる圧倒的パワー。腕が砕けるような馬鹿力だ。
何十年の研鑽が、十数年生きただけの少女に砕かれた。
ふざけるなと叫びたい。でも、叫ぶような力を使う余裕がない。
「あ、いかないと」
すうっと息を吸った。
でも彼女の唇はいつの間にか頬の横にあった────。
いいウォーミングアップを終え、ヴェレーノの元へと行く。
イヴェートの血で汚れた外套は仕方なくそのへんのゴミ箱に捨てて。まあ安かったしそんなに悔しくないか。
「ね、こいつが持ってるのってさ」
豪華な移動式住居。おおかた兵力援助をした上位貴族だろう。
家を壊すために拳を振ろうとしたら、サヴダシクが現れてそれを止めた。
「傷ついたら困ります」
トルンがそう言うが、魔力で保護しているから傷つくことはないのに。
っていうか、いつの間にか勝手に出ているし。
そしてサヴダシクが無詠唱のスキルで壁を破壊した。
用心棒が居ないのは此処まで敵が攻めてくることを想定していないか、兵の死を知らないか。
どちらにせよ、逃げてはいない。だってこの移動式住居の中にトルンと似た気品のある魔力を見つけたから。
家の中に入り込んで妖器を探す。中は案外広い。
それでもすぐに目当ての妖器を見つけたのは不用心の極みだったからだろう。
だが、出ると華美な衣装に身を包んだ女が来た。自信に満ちた顔はトルンを見つけた瞬間に崩れた。
「げ、なんで『深雷ノ五輪』がいるの……? 終わった……、いいわ、殺しなさいよ!!」
何を言っているんだ、この人は。
「あんた、なんでここにいるの……? 『地淵ノ五輪』……」
あ、同僚なの? トルンが名案を思いついた顔をして、爆弾発言をした。
「そうだ、あなたもこっちに来ない?」
おい、やめろ。いや、まあでも、拒否する可能性もあるのか。
ふぅ、危ない危ない。もう手札で両手があふれててさ。
これ以上増えると困るっていうか、そもそも妖器に限りがあるし。
おもむろに出された『地淵ノ五輪』の手を握る。
お別れの握手もしたし、妖器を見せに行かないと。そう考えて、『地淵ノ五輪』を置いていこうとすると、
「呪い解いてくれたしね! なんなりとお申し付けくださいませ、ご主人様!!」
そう言われ、『地淵ノ五輪』の言葉に思わず頷いた。
そして後悔した。
「マニさん、いいよ。あなたに宿らせる権利をあげる」
「大丈夫」
食い気味にそう言われた。かといって私はスキルもいっぱいだしなぁ。
「ヴェレー────」
「大丈夫です」
もっと食い気味に言われた。確かに増えれば増えるほどにぎやかになるけどさ、妖器なら喋りかけてこない……、事もなかったわ。
え、あれってセレイアの嘘?
騙されてた!!
「あたしはその武器に憑依済みですよ」
『地淵ノ五輪』の言葉で理解した。あぁ、だからバレたのか。
え、ってことはもしかして、逃げられない?
「名前何になるんだろうね?」
「ワイフじゃない?」
マニとヴェレーノとルーヴァは向こうで大喜利始めてるし。なぜかそれを聞いたセレイアとサヴダシクとトルンから笑みが消えたし。
パウロとフィヤルナは【いつもこんなんなの?】【はい、すぐに味方にするんです】とか言ってるし。
「それじゃあ、君の名前は……、ヴィーヴルにしよう」
また心に何かが引っかかった。そういえば、フィヤルナの『グループ』をもらってない。それに、ルーヴァやトルンからだって。
まあ、使うことはないからいいか。
そして、次の啓示を受けにやってきた。
次なる目的地は『楽園』、またの名をガルニアという。
そしてその入口は塔の屋上にある。あとは入るだけだ────。
河棲ノ円盾
ミリヌの新しい貴族であったヴィーヴルのテントに飾られていた妖器。丁寧に彫られた文字は『河童』。
水辺に住んで、水面をはねる魚をただ眺める童子はいつしかもとの川を追われてひとり孤独に生きていた。
装備者を灼熱と極寒から守る。
ヴィーヴルはミリヌですぐに信頼を築きあっという間に金を得た。
いつか川に溺れる聖神を救えたら良いのに。
彼女の忠誠を、私は背負えるのだろうか。澄んだ水面をいつまで眺めているのだろうか。




