☆捨てる神☆
私たちは今、広い部屋の中にいる。
部屋の中央には、黒き炎が灯っている燭台があった。
興味には抗えずその炎を触ってみるが、熱くはない。
「……人に危ないとか言っといてあんたが一番危ないことしてるじゃん」
そうマニに苦言を呈された。
たしかにフィヤルナに危ないとか指摘しておいて軽率だったか?
「ごめん、黒き炎ならいいかと思って」
納得のいっていないマニをみながら、自分の行動を戒めた。
確かに指摘した以上は迂闊な行動早めるべきだ。
そしてマニが、
「パウロ、やっぱりまだ使えない?」
そうパウロに聞いた。パウロは重々しく頷いた。私はマニに聞いてみることにする。
「ん、なにが?」
「パウロならここの館の構造を理解することができるはずなんだけどできないらしいんだ。ここの館の周りの霧のせいかも……」
霧? 空を飛んでこの館にやってきたのと夜だからよく分からなかった。
「ま、とりあえず使えないみたいだから諦めて少しづつ進もうか……」
「申し訳ございません……」
「いや、パウロのせいじゃないよ。言い方悪かったね、ごめん」
居た堪れなくなって、部屋の中を歩き出す。
私に意地になってついてくる三姉妹は睨み合っている。仲いいのか悪いのか。
ため息をついてこの館に入ってから幾度となく開けた宝箱をまた同じように開ける。
「あれ、槍……?」
珍しい。槍はあまり好まれるような武器ではない。なぜなら戦略の幅が狭く、簡単に看破されてしまうからだ。
「要らないんですか?」
サヴダシクがそう言ってきた。
そう言えばサヴダシクにはまだ武器をあげてなかったっけ。
「いいよ、古い武器は受け取ろうか?」
槍を手渡して古い武器を受け取れるように掌を上にむけておく。
「……いえ、この武器もまた愛してますので。あなた様より賜った新たな武具で精進いたします」
そう誓ってくれた。
「私のそばを離れなければそれで良いよ」
私はそう彼女に言った。すると驚いたように固まってそしてすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「……はい、もちろんです」
彼女がとても愛おしく見える。
「オリ! こんなの見つけたよぉ!」
マリが見つけてきたのは刀だった。
部屋のない刀はここの環境に耐えられずに錆びてしまっている。
もしかしたら、と思ってそこに触れながらスキルを発動させる。
錆が剥がれて黒い刃が見えた。
「わあ……」
感嘆の声を漏らしたマリは、
「カタナといったらオリだよね」
そう言って渡してくれた。
「いいの?」
受け取れずにそう聞いてみる。
「いいから渡してるじゃん」
空中を彷徨った指が行場を見つけて柄を握った。
その時、何かを感じた。私はこの武器を使えなさそうだ。
「……ありがとう。大事にするよ」
そして収納しておく。
きっと二度と握ることはないだろうけど。
私の言葉にマリが優しく笑った。
そして部屋を探索していると、ふと部屋の隅の鏡が見えた。
鏡が映す扉を探してみたものの見当たらない。不思議な鏡に触れると休んでいた罅が再び走り出して、小さな破片の雨が降った。
散乱した水たまりの一つ一つが忘れられたくないと言わんばかりに光を反射している。
「あ、扉……」
パウロがそう言ってくれたおかげで鏡が映していた扉が見つかった。
「すご……」
いつの間にか火の気配も消えていた。そしていつの間にか哭き声が鮮明に聞こえ始める。
黒い焦燥も消え、その扉を開けた。
その瞬間哭き声が止まる。
暗い部屋を灯りが照らし、痩けた子供を見つけた。
「大丈夫!?」
駆け寄って彼女を抱き上げる。背中から視線を感じる。
「……その子は"ヒト"じゃないよ」
フィヤルナが私にそう教えてくれた。
「知ってるよ」
私はそう言う。この子が堕霊なのは知っている。
じゃないと生きているわけがない。何年もこんなところに放置されていたのだから。
その隣にはレイピアに突き刺されたメモが落ちていた。
レイピアを投げ捨ててそのメモを読む。
『堕ちたなら、朽ちて』
淡白なメモには驚くほど丁寧な文字が書いてあった。
「無責任な」
その文字は幾度となく見たものだった。
オリーサを抱えたまま部屋を飛び出して絵画の前まで戻る。
ぐったりとし彼女にはここは明るすぎるかもしれないが、仕方ない。
スキルで料理を作って食べさせる。
回復には程遠いかもしれない。
「マリ、この子を宿らせてもらえるかな」
「いいよ。オリの頼みだからね」
「ありがとう」
「貸し、一つね」
マリがオリーサを抱き締めてスキルに宿らせる。
覚えた激しい怒りとともに私は着々と攻略を進めてゆく。
燭火
本来はそこに灯る黒き炎を"礼拝の十字燭台"に着火させるという目的で灯っているらしい。
揺らぐ黒き炎は消えることはない。
ここに巣食う醜い執着が消えないから。
私のものもまた、そうなのかもしれない。
大妖の槍
大妖シリーズの槍。絵画のすぐ近くの部屋にあった。
黒く流線的な形は素早い突きにのみ適している。
かつての持ち主はとても早い槍術に合わせて武器を作らせたのがわかる。
握りやすい太さと安心できる硬さと、槍の穿いてきた魂を感じる。
私に槍は似合わない。私の技量では槍で五感を奪えないから。
サヴダシクの短刀
泥に塗れ、刀身は錆びついて、元の刀身を失ってしまった武器。
常にサヴダシクのスキルを帯び続け、遥か昔を閉じ込める。
懐かしい温かさの奥に黒き炎が残っている。その炎は、懺悔か、博愛か、あるいは憎悪か。
それでもまだ、腑に落ちない何かが私の心を焼き付ける。
黒羽の刀
羽のような波紋のある美しい刀。
斬ると音がする。空を斬ると賛美の音が、人を斬ると苦悶の音が。
それは戦場を掻き回してゆくだろう。
黒羽は漆黑の夜空を舞う剣士の集団だったという。
そんなの私には耐えられないから、本棚でふんぞり返る本に挟まる栞のように安らかにいてほしい。
忘人の鏡
普通の鏡。これと言っておかしな点はない。
ただ一点を見つめ続ける鏡面がとても綺麗に見える。
忘れたことを思い出すように、哭き続ける赤子を宥めるように。
走り疲れた亀が時を止めているように見えた。
いつか、忘れた光によって記憶が孵ると思う。なぜそう思ったのか見当もつかないのだが。
大妖の刺剣
大妖シリーズの刺剣。オリーサのいる部屋に子守をするように刺さっていた。
鋭く尖った先端は銛のように広がっていて人を傷つける強い意志を感じる形状をしている。
剛性のある刃は鎧をも容易く貫くのだろう。
大きな獣は人に死を求めたのかもしれない。わたしならそんなことはしないだろう。




