☆愛しき息子☆
通話を切り私が導く革命を案じていた。
だが今更過ぎる。
「ウンディーネ様。私たちは何をすればよいのでしょうか?」
まるで貴族に戻ったような気分。
母が死んでから────いや、まだ生きている。
あの塔のせいだ。ありもしない記憶が頭から離れない。
「そうね、貴方はこの鍵を使って書斎へ」
水で作り出した鍵を差し出す。
パキッと凍って固まった鍵を恐る恐る取る紳士。そして誰かの声が聞こえた。
「俺らは『悪魔女帝』様を慕ってるんだ。なぜ俺たちを指揮するのは『三大堕霊』様じゃないんだ」
この発言も想定内だ。
ただ実際言われると悲しい、疎外されたような気持ちになる。
「わた───妾は貴様らの神に、『悪魔女帝』に興味は持っておらぬ。助けてやろうと言っているのだ」
カッとなったのか声を荒げて、
「革命くらい俺らの手でできるんだ! 黒き炎を持たない、嫌ったお前がなぜ!!」
彼を制止しようと何人かが動くが、私ははっきりとした声で、
「良いか、驕った人間よ。『三大堕霊』二柱は主がおる。ゆえに妾が自ら導いてやっておるのだ。助けの手を払いのけるような卑劣な人間だとは言うことはせぬだろうな?」
地面を水で覆いつつ言い放った。そんな床の上に立つ彼らは誰が見ても不利だ。
「蒼き水を踏みしめ、流水に汝の穢い身体を、心をすすぐと良いぞ。……然し、黒き炎は妾を主と認めなかったのだ。嫌ったわけではない」
威圧的に、荘厳に。私は神なのだ。
美しい装飾をちりばめた靴を履いて、足を隠して。
それは絶対的な覚悟と地位。
「……神よ、貴方はまだ人であるのですね。我等の無礼をお許しください。我らの身を、心を、忠誠を誓いますので」
そして私は息を吐く。
「赦そう。さぁ、行くが良い」
書斎の鍵を開け、中にあったのは質素な机と、書物。
何冊か取り出し、机の上に置く。埃が舞うこと無く静かにそこにある。
捲ると中には難しい内容が淡々と書かれている。
「統治するものは違うな。こんなのを覚えなきゃいけないのか」
その本を閉じ、元の位置へ戻す。
次の本を捲り、閉じ、戻す。それを何度か繰り返していると紙が落ちてきた。
本がほどけてしまったかと思ったが、メモのようだ。
『ここまでよんだ。やっぱり勉強はむずかしい。僕はちゃんとした統治者になれるのかな』
栞のように使っていたようだ。
それに小さく書かれた不安の字は日に焼け、薄れていたがそれでも読める。
何も言わずに本に再び挟み、パタンと心地よい音を立ててホコリが舞う。
この本はあまり開いていなかったようだ。
「これ……」
机の中にあったのは鍵。派手な装飾は持たず、ただ『祈祷の間』とのみ彫られてあった。
「となりかな。行こうよ」
この部屋はきっと見られたくないだろうから。
そしてやってきた祈祷室は質素で、でもホコリは残っていない。
「酒に溺れた公爵じゃなかったか」
そんな違和感をつぶやきつつも荒らしすぎないように道具を確認する。
「ね、毎日丁寧に掃除されてる。ここ公爵以外は入れないんじゃないの?」
そんな疑問はきっと解決されない。なぜかそんな気がする。
「これ……」
指を差さされた先には祈祷の詳しい内容が書かれていた。
『我らの神は民を守る。月魄の神だ。『白鬼宿月』の精神で。
白き鬼を月に見出し、我らは祈る。
さすれば美しい未来は約束されている。
鬼が白くなるように、人もまた白くなるのだ』
そしてその紙から目を離し、部屋の中で月を探すのだった。
私がドアを開けると広い浴場に出た。
「ここじゃないね」
すぐに出て隣の部屋の扉の前に立つ。
「ああ、でもやっぱり、ここの部屋に君たち5人で入ってもらっていい? 残った私たちであの部屋に入るわ」
私はそう伝えて、ドアをあける。
その時、草の匂いと花の匂いが鼻を撫でた。
「あなたね。公爵は」
窓から月は見えず、曇ったのか、それともこの部屋からは見えないのか。
窓から視線を下ろしてワインの瓶を近くにおいている壮年を見つめる。
「なんだ。そんな人数を、引き連れて」
私は花園を進んでいく。
「……華は踏むなよ」
空中を浮かぶ私には関係のない話である。
「ワイン、飲むか」
虚ろな瞳はワインの瓶の口から紫色の液体が溢れているのを知らないのだろう。
「飲まないよ」
花園はレンガで道を作っていて景観に気を配っているのが分かる。
「うまい、ワインなのにな」
照らせる月明かりもないのにとても美しい紫色が無精ひげの生えた口に注がれる。
そして、瓶をレンガに叩きつけて呟いた。
「バカは、息子はどうした」
「知らぬ。妾はお主を殺しに来たのだ」
「そうか。やっと、来たか」
息を吐いた公爵はとても落ち着いていて。
「神よ。息子を、きっと、生かしてやってくれ」
「……覚えていたらな。神ノ御力 蒼・絢爛水舞」
美しい水の音と、そして揺れた花は血を知らない。
無垢な、朱の、花束だった。
扉の前に残された5人は仕方なく扉を開けて中に入る。
「ここは……」
いろいろな道具が散乱していた。
音の鳴るおもちゃ、木のおもちゃ、文字の大きな本。
その全てが子供用品だった。
「全部床に落ちてるのにホコリを被ってる。まるで、この部屋に入っていなかったかのようね」
そのおもちゃの山を飛び越えながら1人がそういった。
たしかにその通りだ。
「これ……」
それは写真だった。
鼻をすすり、ホコリを手で払って、開く。
成長録だ。毎日何枚も撮ってそれを全て貼っていたのだろう。
でも、それはある日を境に貼るのをやめたようだ。
「この、最後の日付、公爵夫人の命日の少し前ね」
その言葉を聞いて気が付く。どの写真にも、子息と夫人が写っている。
「おいておこう。さあ、革命の終わりだ」
水の音が、聞こえた気がした。
祈祷室の鍵
質素な装飾の公爵の専用部屋の鍵。
メイドすら入れない秘匿の部屋。
何を祈り、何を願ったのか私は分からない。
だが、歴代の公爵は皆、不安を持っていたのだろう。それだけは、痛いほどに分かる。
月魄の神
古い時代、月魄の国の植民地だったときから信仰されていた宗教。
「深い光を忘れるな」それはきっと月の光なのだろう。
私は月の麓でルトナを知りたいと思っている。
白い月は鬼を宿すという噂の、存在も知った。
革命編終了です!




