☆月亡の夜☆
炎の明かりが消えて黒く染まったこの街でギルドの受付嬢からある一つのお願いをもらった。
『夢想ノ使者の討伐願い』と書かれた紙は非常に高品質なものであった。
「報酬に関してはこの国での完全身分保障、ひとり金貨300枚。そして原核武器『三叉蛇』です。やってくれますか?」
それを聞いて私はイオアンに顔を向ける。
イオアンは無言で頷く。それを確認したのか、ラミエルが
「良いですよ。基礎知識などはありますか?」
それに頷く受付嬢。
「それについてはこの国のはるか昔の話にさかのぼる必要があります────」
これはルトナ公国が成立する前の話です。
ルトナは動植物に覆われた豊かな土地であったそうで、そこには堕霊の地上楽園があったと聞きます。
その遺物が今もなお中心のルトナ山の周りにあります。貴方がたも見たのではないでしょうか? さらに街のランタン吊るし、街灯ですね。それの材料もその周辺で採取されています。
堕霊は圧倒的な技術力で島の中心の城を作ったといいます。
そしてその時代に3つの宗派は分裂し、象徴としてそれぞれ『太陽』『星』そして『月』を信仰し始めたのです。
私たちの大陸は全体として月を信仰し、黒き炎から逃れたのですが、それでも多少の影響は残ったのです。
堕霊が守るこの土地は影響が大きかったらしく今でもそのチカラは新月の晩に密かに息をし、人に根付く。これは今までの統計上確かです。
そして歴史上夢想ノ使者を一度抑えたとされる『悪魔女帝』はこの島で信仰されています。貴女の三大堕霊の母にあたる方ですね。
影なる宗教であり、本来それは愚かな信仰であると定義され異端とされてきました。
内緒にしてくださいね? この国の公爵はなぜか、『悪魔女帝』信仰をする人、この国では『邪教徒』と呼ぶのですが、まあその人たちを率先して粛清してきたのです。
中でも歴史上2回大粛清が行われた影響が大きく国民は完全に縮こまってしまったんです。
この何世代かのうちに人口はみるみる減り、教えを奪われた国民はどんどん暗く落ちていったのです。
あ、話がズレてしまいましたね。『夢想ノ使者』は数百年に一度の『月亡の夜』に現れ数度撃退、一度敗北しています。
この国の発展は遅れましたが、前線から遠いこの街のみ例外的に賑わっています。
南西の浜辺で毎回戦闘が起こり、多数の死者が出ます。
『夢想ノ使者』は死者とされ黒き炎を使ってくるそうです。
真の意味で『夢想ノ使者』に勝ったことはなく、毎度逃げられています。
『夢想ノ使者』が現れた時大戦が起こるとされ色々な意味で恐ろしいヤツなのです────。
「────と言った具合でしょうか────」
受付嬢の説明の最中にドアが空き、冷たい空気がギルドに満ちる。
そして一人の男の人が入ってきた。
「貴女も悪魔信仰なの?」
途切れ途切れの呼吸の間にそう質問をしてきた。
明らかに目が合っている。
「いや、べつに────」
「でも、悪魔信仰の話をしてたよね?」
なんだ? 面倒くさいやつか?
「ねぇ、僕と一緒に革命をおこそうよ」
ギルドに案内された部屋は完全な密室であった。
「君は誰なの? 名前は?」
「ゲ……ゲルンだよ」
ゲルン、か。
「革命だって? 夢見の少年ならやめたほうが良い。一人や二人ではできないんだ」
「君たちも手伝ってくれれば10人いるよ」
手伝ってもらうこと前提か。
だがゲルンは明らかにすべてを決めた目をしている。
「違うんだ。アタイたちは遊びじゃない。『夢想ノ使者』だかを倒さなきゃいけないんだ」
「すげぇ!!」
素直に感嘆している彼の瞳はワクワクで揺れている。
「なんで、革命がいるの?」
「うん。公爵様が行ってらっしゃるのは弾圧だ。人道的じゃないし、合理的でもない」
サラッと彼のスキルを覗くが、表示されない。
彼は心をひらいていない。若しくはスキル検査を受けていない。
ステージでは満5歳で義務化されていたのだが、それすらさせてもらえないような貧困層か。もしくは虐待か。
「あなたの感覚ではそうなのね。ゲルン、君は悪魔信仰なの?」
「もちろん。魔女様はヒーローなんだ」
私は彼の表情からそれが嘘ではないと判断した。
(オリヴィア様。私なら母に会いに行けますが)
(ううん、大丈夫。私がいるんだ。それに貴方も、セレイアもいるでしょう? それにルーヴァリックもいる)
そして私が言おうとしたと同時にマニが、
「いいよ。後で計画を教えて。でも、私たちは部外者。失敗したら逃げるよ」
そう淡々と告げる。
それに満足したように笑うゲルン。
「じゃ、話そう!」
ゲルンは話し始めた。
ここはガルニア。そして今、炎の五輪剥奪が行われる予定であった。
「君も、そうなのか……。だが、彼女の糸はまだ解けてはいないっ! だから大丈夫なのだよ!! 安心しなさい、愛しの子たち……」
五輪の5人が人形のように椅子に座っている。
「新たな五輪は見つけられないかもしれない。さらにルトナの動きもまた不審だ」
ルトナは『地淵ノ五輪』の管轄であった。
そして『覚炎ノ五輪』が口を開く。
「私は、貴方様に捧げたく、この身を委ねたまで……」
彼の表情を鋭く観察し、
「本当かね? まあ良い。それが真実とならばとても面白い!! 劇は脚本を超えた!! 私たちの愛しき子供たちを中心に、その全てが、マワる!」
狂乱した声は精神の弱い五輪から堕ちていく。
(今日も今日とて変わらない。変えるにはどうすれば良い?)
固まってしまいそうな思考回路を稼働させなんとか纏めて行く。
セイシンは狂っているのかもしれない。
──その少し前──
にげろ、にげろ。
裸足で森の中を走る。城の内外は衛兵が常に目を光らせている。
彼らは完全に父の手足であり、ニンゲンではない。そのせいで街道は走れない。
いま俺はすべてを捨てて走っている。地位も財産も、自尊心も。
空は段々と暗く染まり、見えない月が確かにある。
城は慌ただしく灯りをつけている。
おそらく大きな声では俺を呼べない。そんなのは国民にバレたくないだろうから。
「っ……」
何分走っただろう。明らかにヘコんだ地面が見える。
この国は明かりを失い、魔力感知もあまり役に立たない。
持ってきたランタンの火は消え、投げ捨てた。間違ったと思ったが、バレないことを祈ろう。
無心で歩いているとある少女が歩いているのが見える。いつの間にか街に着いていたようだ。
少女はいきなり走り出してあっという間に見えなくなった。
少女を追う。彼女の特徴的な白い髪はこの暗闇の中でも見えた。
ついたのはギルド。ギルドの中はスキルの炎に切り替えて明かりを確保していた。
そして俺は彼女と出会った。
原核武器
妖器のもととなる武器のこと。
それに月の破片を合成することによって本来の妖怪の力を得る。
妖怪は元来下界の国々の信仰対象であった。『悪魔女帝』の命令でやってきた彼ら12の妖怪は鍛冶師によって武器にされた。
妖器に両霊を宿らせることが出来るのはそういうことなのだ。
二叉蛇
ヘビの力を持つと言われる二振りの鞭。
ルトナは昔ヘビの封印の土地であった。それは魔女にとかれ魔女についた。
フタマタのヘビは人を恨み、人が信じるものを奪った。
魔女は堕霊に属し、ゆえにフタマタは堕霊の国から行けば会えるという。
果たしてそこにはまだ灯りがあるのだろうか。私はないと思うが、彼らは武器にそれを見出したのだ。
ランタン吊るし
古い石材を使って作られ、明かりを灯すための柱。
ランタンの炎は全て同じ火元だそう。
それらは街に合うようにデザインされ、少しずつ見た目が違う。
『月亡の夜』
月が闇に隠れる夜。幾日にも渡り、光を取り戻した時に森は赤く染まっている。
"明けぬ夜が無い"などあり得るまい。
戦死した彼らに夜明けなどないのだから。
だから今回は皆で夜明けを拝もうじゃないか。大丈夫、私がついている。




