☆悪魔女帝☆
暗くなる前になんとか着いたギルドのドアに手をかけたときドアの近くのランタンの色が変わった。
後ろを振り向くと街灯の色が海の方から段々と黒く染まっていくのが視えた。
そして塔の上の篝火もまた、黒くなった。新月の晩、すべての灯りがなくなったこの街は昏い星夜の底へと沈んでいく。
心臓がバクバクなっている。自分でも自分の呼吸が荒くなっているのが分かる。
「どうした?」
イオアンが私にそう言っている。
でもその声はとても遠く、この欲望は抑えられそうになかった。
「大丈夫」
マルが私の肩に手を置く。彼の声もまた私には届きそうにない。
(耐えて、あなたは死んでしまう)
私にサヴダシクが言う。ルーヴァリックも心配しているようだが優先的にサヴダシクと繋がっているらしい。
(なんで、理由が分からない)
なぜか無性にイライラしてくる。
(耐えるのは無理ですか)
(あぁ、無理だと思う)
(そうですか────。分かりました、竜のところに来てください)
イオアンの制止の声を一切無視して私はすぐに溢れ出る魔力で森の方へと走っていく。
あの時は徒歩だったが、今は風で飛べる。
(この辺で降りてください)
サヴダシクの言う通りに降りる。飛んでいたのは5分ほどだっただろうか。
(貴女の封印を解きます。ですが、現れる敵を一定数倒すとそれはアンロックされていきます)
その言葉とともに現れた数体の堕霊。あふれるチカラを片刃剣に注ぐ。
闇を纏ったその片刃剣は容易く堕霊を斬り裂いていく。
「五輪能力 掃除屋」
私の周りにヘビのような風を発生させる。それは地面を抉りながら堕霊に襲いかかる。そしてそのまま溢れる欲望に任せてただ殺していく。いつしか誰もいなくなった。
(────、一次試験クリアを承認します。一次結界解除)
サヴダシクが私にそう伝えてきた。その時何かの記憶が流れてきた。
白黒の世界。浮き上がる身体。横たわる老人の亡骸。逃げ惑う人。手から出る炎。
その回想を経てあの時もこんな感じだったか。そして私の手から炎が出る。
それは紅い炎と黑い炎が入り混じった血色の炎。
(第二次試験もやりますか)
(もちろん)
そして私は血色の炎の剣を持って次なる敵に備える。
ここはダラニ。
雷国とも言われ、雷に守られた都市である。密入国などできず、しようものなら雷に打たれて即死だろう。
深雷ノ五輪の加護を受けるこの土地は中立を保ち続けている。
政治体制は完全な間接民主主義の議院内閣制。政治家は家柄に関係なく投票により選ばれる。
貴族の名残もあるが、地方の大きな土地でのびのび暮らしている。なぜなら政治への干渉権は持たないのだ。
外交はほとんどなくダラニの特殊な物品は高品質である。そのどれもに修理しやすいような工夫が施されている。
政治家の汚職はすぐに摘発され永久に被選挙権を失う。
ゆえに政治への信頼があり、納税額が安定している。福祉や技術への国からの投資も大きく幸福度が高い。
それは全て深雷ノ五輪の命令からであった。
それを国民が知るからこそ、こぞって深雷ノ五輪を信仰する。
そしてその国内議会にて、
「戦争の香りがしますね。この国としてはどのような対策を講じられるのですか? 首相、具体的にお願いします」
一人の議員がハキハキとした声でそういった。
そして信雷首相は発言台の前に立つ。
「はい。我等は忠実なる信徒です。神が調停を望まれた時のために兵の強化をしております」
「兵の強化とは具体的に何をされているのですか?」
「冥加の研究、魔法武具の開発、軍隊間の協力演習などです」
「ありがとうございます。分かりました」
質問者は席に戻る。それを見届けて信雷首相もまた席に戻った。
そしてある議案の承認に入る。
それは『戦時法』である。おもな内容は軍事費の予算の拡大。男女関係なく二十歳以上の兵役の義務化。関連するものでいえば、軍事関連研究費の予算の拡大。選挙の延期などである。
軍事費の拡大は武具や、軍服、兵器の購入である。
ほとんど例外なく二十歳以上の男女は兵役が課せられる。
軍事関連研究費の増額は冥加の研究や魔物の軍事利用の可否などを行うためのお金である。
選挙の延期は一時的な独裁状態に入りかねないが、そんなことをしている場合ではないという判断だ。
そしてあっさりとこの法案は国内議会を通り国民審査になるのだ。
モルー半島に位置する国、モルー半島王国。
モルー半島はステージの南方向にある半島であり、半島南部を統治する。
小国であり、ステージより独立した国であった。
ここの民は政治への関心が一切ない。というのもこの国は王政である。
中央にある王都グラシエルでは今、王の権限で私欲にまみれたある命令が下りようとしている。
「余は世界を統べるべく政治を行ってきた。国境付近の警戒を強め、余の聖徒を守るのだ!」
国王の名をグラス=モルーという。
「はっ!」
彼の直属の兵である、魔王騎士らは王の命令に従い、ステージ近辺の警備を強めていく。
ピリピリとした嫌な空気が世界を包んでいく。
ステージの王城にて。
「サキエル、首尾どうだ?」
国王から直接話しかけられる人物。
それはオリヴィアと戦場を共にした水の騎士である。
「えぇ、イオアンとオリヴィアはルトナ公国でバカンスを楽しんでいるようですわ」
その言葉に国王はため息をつきそうになる。
「それが首尾なのか」
サキエルは王族である。
「フフ、あわてないでください。同盟を結ぶ国ですよね」
国王は安心したように短く「ああ」といった。
「ダラニに協力関係を結ばないかという文章は送りました」
「返事は?」
「そう急いでもダメですよ。まだです」
ふうっと息を吐く。
「わかった」
そして国王は部屋に戻る。
一人残ったサキエルは街に広がる噂の調査書を眺める。中身は、戦争準備国の一覧。
「ネズミが一匹」
戦争に群がる国々を眺めて思い出す。
「──────様」
その声は惚れているのがよくわかる。
漏れ出る吐息が廊下に溶けていく。
ここはラチ国。この世界で一番面積の狭い国である。
ステージの西側に位置し、ヴェラの南にある海に面した国である。
軍を維持できるようなお金はない。
「陛下……」
心配そうな右大臣。陛下は考えに耽っていた。
「わが国はどうなるのやら」
他人事のようなそれは大国であればとんでもない批判を浴びていただろう。
幸いここは小国。聞いているのは右大臣のみであった。
「陛下の指揮次第です」
深い溜息とともにその事実が重く伸し掛かる。
「それは知っておる」
この国の政治は完全に王に帰属する。
だが、王が放棄しているため右大臣が貿易を、左大臣が政治をおこなう。
「堕霊には頼れぬのですか?」
どこからともなく現れたのは左大臣。
「それは……」
堕霊外交もしているこの国は魔国ともいわれている。
ただグレーゾーンであるためあまり公にはしたくないのだ。
「この国はどちらの陣営につくべきでしょうか……?」
それは決まっていた。ステージである。
「古き付き合いのステージにつかない選択肢はあるまい。今、最も勢いのある国だ」
この国は常にステージの庇護下にあった。
お金の支援も多くしてもらっていて今更裏切るわけもなかった。
「ギルドには今何人動ける人がいる?」
それは左大臣が調べ終えていたようだ。
「わが国の動ける人は400人ほど。全くたりません」
憂鬱である。
「借りれる戦力は?」
「ならば早めにステージに同盟を結ぶための使者を送るべきかと。戦場にはなりますが、一番安定します」
右大臣がそれに、彼女らもいますし、と追随する。
この国までつたわる偉業を成し遂げた少女のことだ。
「バスだったか」
国王は親しげにそう呼ぶ。
「陛下は彼女の母の面識があるんでしたっけ」
それに頷く国王。
「彼女ならばあるいは……」
そしてまだわかぬ未来を見よくとするのだ。
オリヴィアがサヴダシクの試練を受ける少し前、ここは堕霊の国、ヴォル。
「今度はどうした」
『悪魔女帝』はもう動じないという自信があったのだが。
「オリヴィアという少女にお憑きになった悪魔様の御正体が分かりました」
それは彼から見ても高位な堕霊が憑いたと言うことだろう。
「悪魔様の地位名はバルバトス」
なるほどな、という気持ちと見つかった安堵がココロを包む。
「そして、現在はサヴダシクという名を賜っているとのことです」
その安堵はすぐに変わった。
「サヴダシク様は今プルフラス様となにかを図っているようです」
『悪魔女帝』はいろいろと考え始める。
そして、
「ヴェラの宝剣は誰が持っているのだ?」
「オリヴィア様です」
それで『悪魔女帝』は思い付く。
「何れ戦争が始まる。そして彼女は今黒に囚われている。違うか?」
「はい、そのとおりです」
彼女は決めた。
「妾は彼女に賭ける」
それは堕霊勢力が完全にオリヴィアにつくということだ。
圧倒上位に君臨する『悪魔女帝』の命令である以上部下は逆らえない。
「妾の娘が肩入れするのだ。それなりの理由があるのだろう」
その言葉に意を決したのか補佐が、
「それはどのように手を貸すのですか?」
「うむ。彼女に妖器を集めさせる。それに助力するのだ」
苦肉の策ではある。本来は堕霊のチカラを閉じ込めた強力な武器を一人の人間に託すのは非常にリスキーではあった。
だがそれに関しては娘を彼女に憑かせれば監視はできる。
「ただ彼女のスキルはすでに埋まっています」
それは確かに問題ではあった。だが、それに関しては突破出来る。
「確かにそうだ。だがそれはスキルの権能を取り合うということを避けるためにそのルールがあるのだ」
そして妖器には覚醒の概念がある。
そしていくつか覚醒済みの武器もあった。
「隠れてないででてくると良い」
その声で観測できなかった人物が現れる。明らかな強者である彼女が、
「なんで気づいたの?」
プルフラスだ。
全く顔が見えないのはここが暗いからではなく彼女が作ろうとしていないからだろう。
「当たり前だろう。お前はこれを持っていくと良い」
それは鉤爪であった。
「これは?」
「妖器だ。覚醒されている故にお前はこれを使ってオリヴィアと戦いなさい」
その情報がどこから来たのかすぐに察する。
「なんでも知ってるね、アナタ」
後ろに控える堕霊にそう言う。
「当たり前です」
それだけ告げてまた消える。彼女もまた三姉妹の一人である。
「まあ良いわ。感謝します母上」
礼をして去るプルフラス。
そしてまた『悪魔女帝』はオリヴィアをどう誘導するのかを考え直すのであった。
信雷首相
ダラニの国王に匹敵する立場の人のこと。預言者と似ている立場となる。
国民の直接投票によって選ばれる新雷首相を中心にして政治は展開される。
魔王騎士
モルー半島王国の直轄騎士団。すべての権利は王が握る。
普段は王の護衛の仕事が多いが、スパイなどもできるエリート部隊である。
彼らが纏う魔王騎士装備はモルーの離島で生産されたものでとても高品質だという。
彼らは自らが戦場に現れるときを待つ。




