☆五輪能力☆
ハッと目が覚めたのはベッドの上だった。
手にお盆か何かを持ったパウロが落としそうになる。なぜかやたらとキレイになっている。
「起きました!!!」
その声に部屋の外から走る音が聞こえる。
マリとマルとヴェレーノだろうか。
彼らを見たときに、なぜか大きな喪失感に襲われる。私はそれに悪寒を覚えながら一つ、気になっていたことを聞く。
「マラは?」
その言葉はこの寂れた部屋に飽和していく。遅れてマニがやってくる。
「良かった!!! バス姉が生き残って!!」
服が、違う。彼女は大きく成長している。混乱する。色が、抜けていく。
「え、どういう、こと……?」
周りを見渡す。いつもの部屋じゃない。ものが無い。適当に置かれた新聞に目をやる。
日付が違う。巻き戻ってる?
いや、ちがう、ちがう!! 年数が、増えてる────
「2年ぶりにおはようだね」
抜けてた色が戻ってくる。私は、2年も寝坊したようだ。
ゾワッとするほどのこの空気感はまだ、何か悪いニュースがあるのだろう。
「マラはって、聞いてる」
私の声はさっきよりも繊細で鋭利なものだった。冷たい空気に響き渡る。
「あの日、あの時。マラは死んだんだ」
何度も会話を頭の中で反芻する。
死んだ? マラが?
そんなわけがない。慌てて飛び出した私は裸足で石が足に刺さる。
みんなの、震える声。鳴る喉。後悔するような仕草。そのすべてが脳裏にこびりついて剥がれやしない。
眼の前に躍り出た魔物。
「五輪能力 掃除屋」
風の塊にズドンと体が押しつぶされた魔物。
そのまま八つ当たりするように風の塊を横方向に飛ばす。
一列木々を薙ぎ倒して風を消す。それに驚いて目の前に飛び出してきたのは一匹の犬型の魔物。
コイツには意思すら無いだろう。意思があれば逃げていくはずなのに無謀にも私に向かって吠え続ける。
パチンと指を鳴らして針を創り出し犬の背中に刺し貫く。
「あら……、随分と打ちひしがれているね……」
白い霧が噴き出して私の目の前に現れる。
「あら、警戒しないでちょうだい。私はプラーミャ。天使の一柱だ」
強い風が彼を囲うように吹く。
私の頭はマラについて悶々と思考が続いている。
「感じるよ。あなたの苦悩を、苦悶を。だけどね、越えなければならないんだよ」
風の外套に包まれた天使は優しく諭すように私にそう言った。
「超えるって、なに!? そんな簡単なことじゃない、仲間の"死"は!!」
『死』という言葉は重く私にのしかかる。泣き出しそうになる。
詰まりながらそう吐き捨てる。
「忘れなければいい。覚え続けていればいい。だけどずっと膝抱えてないてたって前には進めない」
奥歯を噛みしめる。そんなの分かっている。こんなところに飛び出してきてきっと迷惑をかけている。
「貴女は戦闘に身を置くと決めたのでしょう? ならその足を封じているその腕は武器を握ってまだ守れる人を、命を救うべきじゃない?」
全部正論だ。私は言い訳して今も尚ここにいる。
「生命は簡単なものじゃない。それを擲って彼は彼の仲間を守った」
堪えていたものが全部溢れてでていく。
気力で立っていた足もくずれる。揺れた土に膝が当たる。ぬるっとしたその独特の感触は血のようで。
「居た!!」
マニがそう叫んで私に走り寄ってくる。そのまま強い手のひらが私の頬に当たる。
「心配したんだけど!!」
立膝の私は叩かれた頬に私の手のひらでおさえる。
「ごめん……」
手のひらは板のように硬かった。
「随分元気な嬢ちゃんじゃない」
次から次へと現れるなよ。今度は女性型の堕霊なようだ。
だって、騒がしいと思い出すじゃないか。 あの日々を。こんな気持ちでよくみんなで2年間も私を待てたな。……後で、感謝しないと。
「私は『上位堕霊』よ」
黒い服に身を包んだ悪魔は恭しく一礼してきた。女性である彼女は漆黒の髪で少しふっくらとした胸に目がもってかれる。
「げ、なんなんアンタ。変なのに好かれすぎでしょ」
心の底から顔を歪ませたマニは私が寝ている間も成長していたおかげが可愛い。いや、もともと可愛いやつだったのだが、磨きがかかったというか、美しいというか。
私の妹弟愛が爆発しそうになる。
マニ、私は立ち直れるかな。分からないなりに走り抜けるから。
人知れずそう決意して私は告げる。
「……、いいよ。その代わり死ぬまでこき使うからその気でね。あなたはルーヴァリック、そしてサヴダシク」
天使にルーヴァリックと、堕霊にサヴダシクと名付けた。
「「御心のままに、ご主人様」」
その言葉のあとにマニに鋭く睨まれたのだった。
ずっとねていて弛んでいた身体をいきなり戦闘に投げると簡単に死んでしまう。
となると寝込んでいた分を取り返す練習をしなければならない。
ここはヴェラの療養所。この2年間でヴェラの復興はだいぶ進んだらしい。
活気が戻り、街は賑わい、旅行者の制限もなくなった。
そしてここは森に面しているおかげで敵に困らない。すぐに現れるいろいろな敵を狩る。そんな日々を2ヶ月ほど続けた。そしてついに、復帰試験の日。
今回は蒼位であったこともあり、復帰試験で元のランク帯に戻れる。
そしてその結果は言うまでもなく合格だ。呼ばれたすべての魔物となめたクソ野郎を瀕死まで切り刻んでやったら合格してた。
ヒヤヒヤしたぜ。やりすぎたかもと思ったからね。
私の試験を見ていた大男が試験に乱入してきたのだ。娯楽がまだまだ少ないこの国。となると試験が大きな娯楽である。
闘技場のような広いところで戦ったのだがあまりにも私が強すぎてブーイングの嵐だった。
そこでこの国で名を轟かせる、までは行かない調子に乗ったヤツなのだが舞台まで飛んで降りてきたのだ。
客席が高い位置にあるここでは確かに身を乗り出せばすぐに降りてこれる。
「おいクソガキ。チカラをカサ増してそんでランクもらって嬉しいのかぁ!!? どこまでもなめてやがる」
そしてゆっくり私に近づいて臭い息とともに、
「今夜はお前をめちゃくちゃにしてやる」
ジュルリとよだれの音が耳に響く。ゾワリとする。変態はこじらせるとこうなるから嫌いなんだ。
「ねぇ、審判。私がこいつを倒したら元々の級をもらっていい?」
審判は私の言葉にしどろもどろになりながらではあるが、
「いい、と思います」
その言葉に安心する。
「貴方は死ぬ覚悟があるのね?」
私は一応聞く。
「舐めてっと泣く羽目になるぞぉ!!」
彼の言葉に会場は湧き上がる。
こんなヤツにスキルを詠唱する必要もない。手のひらをヤツに向けて突風を起こす。
一瞬で身体が風に飛ばされていく。裏に回ってカタナで身体を斬る。
これはあの老婆のワザを無理やり会得したのだ。もちろん形だけだから威力は全然下であるが、こいつ相手なら十分だ。
一瞬で終わったこの戦いに唖然とする観客たち。
「で、誰か来るの?」
風でぐったりとした身体を浮き上がらせて元の席に戻す。私の首元にある拡声器で私の声が響き渡る。
「そ、それではオリヴィアさんを『蒼位』に承認します!!」
遅れて歓声が沸き上がった、と言うわけだ。ちょっとやりすぎたかもと少し反省していたのだが、忘れよう。
なんてったって、また慌ただしい毎日が始まるのだから。
五輪能力
能力の上位互換。天使を宿してその身を委ねることで進化するとされる。
ここまで進化することは珍しく、かなり少数になる。
天使はなんたるか。それはまだ分からない。
ただ天使と堕霊が進化に関するのは、それだけははっきりと分かっている。
能力→五輪能力→睡眠能力→覚醒能力
信託→神託→神言→聖神
冥加→御蔭→御言→神ノ摂理
憑依
堕霊や天使が人に宿ること。
基本は一人につき一体だが、まれに二人つくことがある。
彼らが宿ることで戦力の増大とスキルの進化を期待できる。2人で満足しても良いが、もっと高みを見たほうが良いだろう。




