☆実験・2☆
コツン、コツンと歩く音が響く。
思ったよりもはるかに広い地下空間の廊下を進んでいく。だけど、すぐに広い部屋についた。
「ここは……」
割れた実験道具。怪しい水槽のようなモノ。散らかった資料。そして嫌な匂い。
さっきまでの血の匂いではない、もっとひどい薬品の匂い。
「ここは、生体実験の施設です」
パウロがゆっくりとはっきりと言った。
資料は専門用語で埋め尽くされていてやはり理解はできない。
「みて」
マニの手招きに連れられて近寄る。まだ液体が満ちた水槽は藻などが生えているわけでなく、きれいな水が循環しているように見える。
「離れて」
私に向けて放たれたその言葉に従って後ろに引く。
「能力 絢爛水舞」
スキルで破壊された水槽から液体が溢れ出す。みるみる床を覆っていくかと思いきや排水機能はしっかりと稼働しているらしく、溜まることなく流れていく。
どこに行くのかは気になるところだが気にしないでおこう。
溢れ出た液体からは何も出てくることはなく、ただ壊れた実験器具と少しの液体が残った。
「一応、これ持って帰ろうか」
私は適当な入れ物に液体を入れる。
この場所はやたらと広く、何箇所か交戦したような跡がある場所もいくつかある。
均等に配置された水槽で方向感覚が狂いそうだ。
「ねぇ…………」
その声の方を見るとかたまっているマリの姿があった。
どうしたの、と聞く前に水槽の中に浮いている毛の塊を見て理解する。
これは、オオカミだ。その名も下位狼。マラたちが進化する前の姿。
ここは魔物を使った実験施設だろう。その目玉となるようなメイン実験が、パウロと言うことだと思う。
それはとんでもなく悲惨で、ニンゲンらしいと言える。
あちこちについた血の跡は暴れた魔物にこうけきされた際の血で間違いないと思う。
「かえろう!!」
私はみんなにそう伝えてさっさとこの場を去ることにした。だけど、
「ここに一応メモしておこうか」
適当に拾ったペンで机にしっかりと書き込む。『ここは、危険。なんらかの不法実験の痕跡あり』と。
あとから来た調査員たちへむけて簡易な言伝だ。
「トートどうする?」
ああ、忘れてた。トートが死んでも悲しくなかった。それは何故か、私には知り得ないみたいだ。
だけど、悲しいとか嬉しいとかそういう話ではなく、仲間の事故死はキチンと処理しなければならない。
魔物に食われてしまったと言おうか?
だがあまり下手くそな言い訳は変な警戒態勢をさせてしまう。
「罠にかかって死んだ、はどう?」
それもありかもしれないが、今後の本格的な捜索があればそんな罠がなかったとバレてしまう。
「素直に持って帰るしかないんじゃない……?」
「じゃあこの死体の現状をどう説明するのよ」
「ドラゴンとか適当に言い訳すればいいじゃん」
「ドラゴンを倒した証拠がないじゃない」
マルとマリが言い争っている。
まあどちらにせよ持ち帰るしかないのだが……。
「わたくしが悪いのです。この様な殺し方をしてしまったので……」
それはそう。
擁護できないが、彼女のせいにしなくて済むような理由を考えなくてはならない。でなければ殺人鬼を仲間にしたとなれば確実に国家の警戒対象は私たちになる。
「ですが思い当たる節があります。少し遠回りなのですがよろしいでしょうか……」
このまま考えていてもムダだ。
素直に彼女の言う通りにしておくのが吉だと思う!!
そうして今に至る。
なぜか炎を吐く大蛇と戦うことになった。まあ確かにその死に方ならばコイツでなんとかなるかもしれない。
今まで戦った敵を全て総括してもコイツは結構上位に食い込むと思う。そのレベルで強い。
最前線で戦うパウロの戦闘能力が凄いおかげで被弾はない。
しかし、攻撃を与えるのは私たちで後で多少被弾しなければならないかもしれない。
時系列的に先にこっちで戦ったことにするほうが簡単だし、説明しやすい。
あそこの大量の流血は私の被弾だと言い張ろう。
防具が傷ついていないとは怪しまれるかもしれないが、そこまで気にしないという可能性もある。
まぁ、行き当たりばったりになってしまうが仕方あるまい。事実の改ざんというのは簡単ではないということをよく理解した。
「能力 絢爛水舞!」
水の刃が蛇に突き刺さり、動きが鈍る。
「獣力 襲雷!!」
マルが力をためて、ためきったところでいつの間にか蛇の後ろに居た。
「能力 料理屋!」
私も遅れまいとスキルを使って次の一撃で仕留めると決める。
マルの一撃で頭に大ダメージを与えて瀕死状態に陥ったのが分かる。
胴体にカタナを突き刺して体を固定する。トドメにマラが『獣力 獣雷』を頭に落として倒す。
そしてその死体を回収する。そして帰り道を進んだのだった。
帰りはマラたちに乗ることで全く苦労することなく早めに着いた。
そして余ったお金でパウロに服を買ってあげて帰国した日は終わった。
運命の言い訳する日がやってきた。
目の前のギルドマスターに一部脚本した話を言って聞かせる。
結論から言うとなんとか成功した。
ヘビの死体をみせて彼女の死を伝えた。遺体を見せようかと思ったのだがそれは辞退された。
とりあえず、不慮の事故としてギルド内で処理、受理され、葬儀が執り行われることが決まった。
彼女に家族はおらず、知り合いが集まることになったらしい。
私は出席せずに追悼の手紙を出しておいた。
「大丈夫ですか?」
ギルドマスターは私に向けてそう問うた。
「はい。ですが、やはり悲しいです」
それもそうだ、とでも言いたげに小さく頷く。
「そして、何かわかったことはあったか?」
今度は私が頷きここはほとんど正しいことを説明する。
色々な文章を見せながらどの様な実験が行われていたか。
被験者であるパウロを懐柔して味方にしたこと。その奥に広大な空間があったこと。そこで魔物の身体を用いた実験が行われていたことなど。
「なるほど。詳しい情報提供感謝しますが、仲間が死んでしまった以上昇級は認められないのです」
なんてことだ。そのために頑張ったのに……。
「なので簡単な討伐任務に派遣してもよろしいでしょうか?」
「良いですよ」
私は二つ返事で了承する。その返事に安心したのか、
「これが今回の、そして今までの報酬です」
どっさりとした袋を3つ貰う。
「金額は金貨600枚。一袋200枚ちょうどです!」
金貨1枚で銀貨500枚。銀貨1枚で銅貨500枚。一応金貨の上に黒貨があるのだが、金貨1000枚に相当し、国家予算などでよく使われる。
金貨十枚で大体普通か、普通より少しいい家が買える。つまり金貨600枚とはとんでもない金額なのだ。まぁ、この中には戦の分も入っているから妥当といえば妥当なのかもしれない。
「すみませんね。金貨がいま枯渇していまして、これだけを用意するのに時間がかかってしまいました」
他の戦友たちにも似たような金額が支払われてしたら確かに枯渇もするかもしれない。
「いえ、気にしてませんよ」
「そうか! では呪肉鬼討伐、頼みましたよ!!」
とんでもないものを了承したらしい。
呪肉鬼
呪いの肉の存在。彼らの起源は堕霊とされている。
そのため、堕霊の性質を持つ。
角や牙は薬や装飾品となる。ただあまり流通せず、希少価値が高いため薬としてはそぐわない。傷口を完全にふさぐ良薬となるのだが。
悪なる感情はきっと普通の武器では切れない。悪には悪をもって制さねばならなかった。
ちゃんと火曜日にも投稿します。




