☆終戦☆
土の壁を割って城内に侵入する。
見張りの看守も飽きてきたのか槍を床にぶつけて遊んでいる。
出たのはおそらく牢獄の最奥。真っ暗で地面の状況すら分からない。
静かに一歩づつ進んでいくが1人が柵にぶつかり金属音が響き渡る。
「うるさいぞ!」
という看守の怒号が聞こえて少ししたらいびきに変わる。
歩き始めるが床にどんな罠があるかわからない。だから魔力感知を使って警戒を怠らない。
足元の罠を飛び越え看守の背後についた。
能力は使えない。隠密において足跡がバレやすいのである。
持ってきたレイピアで頭を貫く。
「ぐぁ……」
といううめき声と地面に倒れる音でもほかの看守が目を覚ましランタンに火が灯る。
今まで暗かった部屋が一気に明るくなり気が付かれた。
今のうちにもう一人殺したがまだまだ看守は残っている。
「っ……、脱走者発見!」
手の槍を向けてくる。
「違うぞ、武装している!!」
バレてしまった。なら能力を使うのもやぶさかではない。
「能力 土操」
槌が現れてみんな潰される。
言い訳するのなら、暗いともしかしたらミスをしてしまうかもしれないと思ったから、だ。
彼らからランタンを何個か奪い先へ進む。
看守の就寝までかなり時間がかかってしまった。
今頃は討つ前だろうか。
折れた斧はまだ使えそうだということで重大剣を持った男がそれを頂いていた。
少しずつ自分が強くなっているのを感じる。
城内を進むにつれて敵が減り、弱くなる。
早く倒したい。どんどん緻密なコントロールができるようになっているせいなのか試したくてしょうがない。
そしていつの間にか、ある部屋の眼の前にきていた。
この城では良く使われているドアだ。だけど素材が違う。もっと高級なのだろう。
「能力 掃除屋」
今までの部屋の形状とは違う。
その理由など考えるまでもない。
「早かったね」
ゆっくりと振り向く黒いマントを着た青年。
その気品あふれるその立ち姿は支配者のそれだ。
「何か質問でもあるのかな?」
不意打ちのスキルを弾いて私たちに向き直る。
「なんで……なんで、戦争なんて始めたの!?」
後ろに立っていた一人の女性がそういう。
窓の開いているのかカーテンが風でなびき、そこから夜風が部屋を撫でるように吹き抜けていく。
痩せた月がこの戦いの行く末を見極めているみたいだ。
「何故? ならば君はその言葉をその口から放つ際に理由などあったのか? たとえあったとして私には分かり得ぬ。私の行動の理由とてそういうモノだ」
彼が纒っている王者としての、支配者としての態度はとても幼稚に感じた。
「強いて言うなれば、そうだな、神の意志の再確認だな」
彼にはもう人の心など無いのかもしれない。
「話は終いにしよう」
イオアンが大槍を構える。
「下らぬ人形遊びだ」
何時になく溢れ出る純粋なる感情。
「そうか、ならばそうしよう。神託 殺影」
漆黒の刃を持つ片刃の武器を召喚する。
そして辺りが闇に吸い込まれていく。
「能力 神の恵み」
闇を消し去り神聖な雰囲気であふれている。
その戦いには入れない。こんな人数を引き連れて今はただのお荷物だ。
戦えぬならここにいる理由もない。
城を探索するべきか。
「能力 聖王之風慄!」
セルフィムがその戦いに介入したらしい。
ならば余計に私達がいる理由など無い。
「この子、忘れてない?」
筋骨隆々な身体にとても大きな両手剣。ケルビムだ。
目の色がなくなり、生気はまるで感じられず、意思など無いのだろう。
「信託 爆炎聖槍」
炎が爆発して距離を取ることを余儀なくされるというのはとても厄介だ。
「神託 殺影!!」
二人の影が追加され私たちに襲いかかる。
適当に武器を振るっているような挙動のせいで見極めづらい。
参戦すべきか?
ずっと考えている疑問だ。正直これ以上味方が増えてもおそらく邪魔になるだけだ。
だけど観戦するだけでは面白くないし、この手でアイツを討ちたい。
それはきっと恨みや仇ではない。ただ、気に食わないのだ。
「能力 掃除屋」
白い風をまとったカタナで影を倒す。
「神託 殺影!!!」
バッと放たれた沢山の影の弾はここにいる全員に追尾していく。
「能力 料理屋!」
炎が輝いて影を消し去る。そして空に浮いている彼に斬りかかるが、手に持つ武器で受け流された。
「もう、良いだろう」
イオアンが後ろから背中に大槍を刺す。
それは腹を貫通して吐血した。やけに高い天井を支える壁は血のついた足跡がこびり付いていた。
大人5人が縦に並んでもまだ足りないような高さから落ちた彼はなんとか衝撃は抑えたのだろう。
だけど、身体の傷口から絨毯に血が溢れて地面に崩れ落ちた。
「醜いな」
イオアンがトドメを刺そうとするとそれを影で防がれた。
ゆらりと立ち上がった彼は呟くように話し始めた。
腹の傷の痛みが薄れていく。
死ぬのも時間の問題だろう。
「何で、だったか……? 宗教から逃れる国民が増えた。神から見放された」
腹の傷を影で塞いでいまはケルビムと戦っている戦闘音がする。
指をこすり合わせて短い音が鳴るとケルビムは倒れた。死んだのだろう。
この術だって未完成だ。実らぬ努力だってあるのだからこそ努力は輝く。
「小さい時から神は居た、信じていた。だけど父の政策の失敗は神からたしかに見放された」
幼いときのあの視線。彼らの期待に応えたかった。
「少しずつ農作物の質も下がった。そんな時に貴公らの国が農作物で生きながらえていた」
彼女らの哀れむような視線はあの時のものと同じだ。
でも彼女らは力を持った者達だ。権力に溺れ、それにすがる醜い大人じゃない。
「幾人の人を殺した。数も顔も覚えちゃいない」
『何で?』その答えは案外簡単で、率直なのかもしれない。
「期待されたかった。信じて、ほしかった」
今まで言われた疑問から目を背け、その口を封じた。その言葉たちは脳に錆びついて取れやしない。
窓の外の闇黒に浮かんだ痩せすぎた月はまるで私の国のように静かで自我がない。だけど少し明るい幾つかの星々が責めるように照らしている。
「神は、居たらしい。終わりだよ、永き夜の」
項垂れた首は差し出されたように私の間合いに入っていた。
カタナを振り下ろすと首は落ちる。
この戦争の終わりだ。
「帰ろう」
そういえば地面下部隊はどうなったのだろうか?
「あの、地面侵入のグループと会えてません……?」
イオアンも思い出したのか迷っている。
世界に向けて終戦の報告をせねばならないのだ。
「勝利の報告はもうした」
え? すげえ有能……!! セルフィムさん!!!
「じゃあ迎えに行こう」
「はい!」
そして堀堀侵入部隊の捜索が始まった。
やばい、やばい。
王子が討たれた。つまりもう血筋は絶えた。
きっとこれからステージによる治世が始まる。
くそ、弱体化したかと期待したのに。調子に乗っていたようだ。
地下に向かう。地下牢は完全に隠されていて転移か隠し扉を開ける必要があるのだ。
城内図書館にむかう。そして特定の本を特定の位置にずらす。それを5回決まった手順で繰り返すと本棚が少し奥にずれるのだ。
その次にタイルを一つ取り外しボタンを押し込む。
本を何冊かもって図書室をあとにして次に向かうのは食堂だ。何度も触られて少し色が変わっている。
少し力をいれると階段が現れた。
それにしたって元々一つの植民地だったというのにここまでの戦力差が生まれるのか。
この戦争は2度目だ。彼の国とは2世紀ほど前に一度戦火を交えた。
侵略された時に彼の国で言うノースを取られたのだ。その時に今の国境になったのだ。
負けて、準備して、今度は先制攻撃した。
恨みを絶やさず今か今かと待っていたのに。
宗教を批判され、謂れのない糾弾をされた。同じ宗教だったのに、だ。
その時から少しずつ裕福な家系と戦闘的な家系の宗教の拘束力の希薄化。それを危惧した。
希薄化していくと『神託』の効果が弱くなっていく。
さらに言うなれば国際的な軍事力での立場の確立。
思い出してきた。立て直す余裕など無い。
亡命して命をつなごう。単独でも良い。彼の国の人命を一つでも奪ってやろう。
「そろそろか」
鉄臭い。いつにもまして鼻にさすその匂いに腹が立つ。
だけどいきなり後ろから抱きつかれる。背中に感じるやわらかい感覚。
「失礼」
そして意識を失った。
黎明
ヴェラの王子が愛用した武器。重刀と呼ばれる武器種。
その武器には持ち主の能力を底上げすることができる。
人を殺めるために生まれた武器の中で最も慈悲のある武器であろう。
国の行く末を憂いた王子は戦争を始めた。
幸せを続けるためには誰かの不幸がいるというのなら死ぬしか無い。
自決は許されないのなら一緒に地の底まで行こう。
神託
神の力を扱うことができるとされるスキル。
それを扱うには耐え難い戦闘経験を積む必要がある。
魔力感知
全方位に明るさ関係なしに視認できる能力。
戦いの必須スキルである。
だが、その習得は常人には成し得ない。
戦闘に身を置くなど常人であろうはずがないのだ。
何時何時も警戒を怠るな。探求すればきっと強くなる。
だってそうだったから。




