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第八十六話 ご来店ありがとうございます。

「染みる……仕事終わりの酒は染みる……」

「リリィさんのおすすめの店、料理も美味いね」


 ぐびー、と一気にワインを飲めば旨みに気分が良くなる。ヒューノバーはソフトドリンク片手に料理に舌鼓を打っており、リリィの勧めてくれた店はアタリらしい。

 ビストロとでも言うのか、フレンチ系の酒場だ。堅苦しい雰囲気でもなく非常に居心地がいい。リリィの勧めと言うから堅苦しい店にでも連れて行かれると思ったので、意外なチョイスだった。


「わたくしとてTPOなど弁えておりますよ。仕事終わりに堅苦しい店なんて連れて行かないわ」

「リリィさん、意外に優しいよね〜」

「馴れ馴れしいわよ喚びビト」

「まあまあ、飲んでくださいよお。ここは奢りますんで」

「なら高いの飲もうかしらね」

「ヒューノバーが奢ります」

「俺!?」

「……ふふっ」


 リリィが控えめに笑みをこぼす。


「まさか、憎んでた喚びビトと出かけることになるなんて、思いもしなかった」

「憎んでたのか……私のことを……」

「ええ、憎んでいましたよ。だってポッと出の女がヒューノバーさんを掻っ攫っていくんですからね」


 まあヒューノバーに番があてがうと言うことは最初から決まっていたのだし、私からすれば横恋慕だがリリィにとっては私はポッと出なわけだ。申し訳ない気持ちはありつつも私ではどうにもできないし、なんと答えるのが正解か分からなかった。


「二人、いつの間に仲良くなったんだい?」

「え〜? 秘密」


 流石にリリィの汚部屋の件を言うわけにもいかないのではぐらかす。リリィだって言って欲しくはないであろう。今更関係が良くなってきたリリィとの間に亀裂が入るようなことも言いたくはない。


「リリィさん、案外可愛いところもあんのよ」

「……喚びビト、あなた……」

「何ですか?」

「……い、いえ、ありがとう」


 もにょもにょと言いにくそうにそう答えたリリィに、に、と笑ってワインを口に運ぶ。加虐心を煽ると言うこともここは言わない方が正解。言ったらまたブチギレモードに入るだろうし、心にしまっておく。


「リリィさん、おすすめの料理って何かある?」

「わたくしはムール貝のワイン蒸しとか、ココットなどが好きよ」

「へえ〜、美味しそう。何か頼もうか? ヒューノバーも食べきりそうだし」

「そうだねえ。もっと食べたいかな」


 このニコニコ呑気な虎ちゃん、私とリリィが内面ギスギスしていてもこの呑気さを保っていそうで頼りになるんだかならないんだか分からないな。と心の隅で思う。まあ現状ちょっと仲良しゲージが溜まっているので杞憂ではあるのだが。

 店員を呼んで何品かオーダーを通す。ワインも追加で頼んで話を再開する。


「リリィさん今日、私の心配してついて来てくれたんだよ。人間の純血派が街彷徨いてるからって」

「そうなのかい?」

「べ、別に心配などではありません。厄介ごとに自分から首を突っ込んでいきそうな方だから総督府に余計な仕事を増やすなと思っただけです」

「ツンデレだなあ」

「別にデレてはいなくない?」


 でもそうか。とヒューノバーが呟く。


「純血派の人間が彷徨いていると言っても、流石にこの広い街で見つけるのは困難じゃあないかな」

「そう思ったんだけどね〜」

「何ですか二人して呑気な」

「まあひとりくらい危機感持ってくれてるヒトがいた方がいいわな」


 頼んだぞリリィさん。とグッドサインをすると手を叩き落とされた。痛えよお。と手をおさえていると、ふん、とリリィが腕を組んでそっぽを向く。


「あなた方揃いも揃って気が抜けていますよ。ヒューノバーさんも本当に彼女を思うのならば、もう少し様子を見るべきでしたね」

「ひゃい、すひません」

「……本当に呑気で心配になってくるわ」


 飯を食っている時のヒューノバーは確かに頼りないだろう。呑気なもふもふの虎ちゃんなのは私は毎回見ているし。

 お待たせしました。と料理と酒が運ばれてきて皿が並べられる。ヒューノバーとリリィは料理に目を落としていたが、肩を店員に叩かれ何かと顔を上げると何かを差し出された。


「こちら、落とし物です。テーブルの下に落ちておりました」

「え? いえ、私の物では……」


 そこで気が付いた。ウェイターの男性が誰なのか。

 マイクロフトじゃねえか!!! こいっつ……、ウェイターに化けて白昼堂々と来やがった! 心臓に毛が生えてやがる。

 ど、どうもお。と額に血管を浮かせそうなほど内心キレながら、カードらしきものを受け取った。

 ヒューノバーに目を向けるが気が付いていないようだ。匂いで分からないかと考えたが、恐らく料理の香りで嗅ぎ分けられていないのであろう。顔もヒューノバーもリリィも知らないだろう。よしんば知っていたとしても古い写真だ。今現在歳を重ねた老年のマイクロフトの顔の判別をできるとは思えなかった。

 マイクロフトはにこりと笑い、失礼いたしました。と去って行った。カードを見るが何も書かれていない黒いカードだ。帰ったら調べるか。とポケットにしまう。

 この件をこの二人には言うべきでは無いだろう。今はまだ。


「ミツミ、この料理美味しいよ。ミツミも食べなよ」

「お、おう」

「こちらの白ワインも美味しいですね。ヒューノバーさんの奢りですし、あなたも飲みなさいな」

「お、おう」

「どうかした?」

「いや……別に……」


 マイクロフトオオォオォ!!! と内心怒りつつ、この二人に悟らせるわけにもいかず、結局その後の料理や酒は味がよく分からなくなっていた。

 後半ほぼマイクロフトに意識を飛ばしてキレ散らかしていたので申し訳なくなり、その場の支払いは私がした。

 総督府までヒューノバーに送り届けられ、居住区までの道筋をリリィと歩く。


「あなたが奢ってくれるなんて思わなかったわ」

「いやあ……ちょっと、その、ねえ?」

「何ですか歯切れの悪い」

「あ、そうだ」


 そういやあのカードが何なのか私には見当がつかないのであった。リリィに聞いておくか。とポケットをまさぐる。


「リリィさん、このカード何なのか分かります?」

「……ホログラムメッセージカードかしらね?」

「はあ」

「ああ、あった。ここの金色の丸に触れればメッセージが再生されるはずですよ。どなたから貰ったの?」

「マ、……いや、拾っただけです……」

「なら破棄してもいいのでは?」

「そうですね。部屋帰ったら捨てときます」


 その後リリィと別れて自室に帰り着く。椅子に座ってリリィに言われた通りメッセージカードの再生ボタンを押した。


『ミツミさん、よき日々をお過ごしでしょうか?』


 マイクロフトの姿が浮かび上がり、正直うえ、となって舌を出した。


『誘拐の件は真に申し訳ありませんでした。龍の巣に入り込むのは中々に難しいもので。あなたとは違う形で出会いたかったものです。ミツミさん。あなたにお話を差し上げたいことがございます。このカードの再生後、連絡先に私のものが追加されます。もしよろしければ、ご連絡ください。では』


 ふわ、と霧のようにホログラムはかき消えた。腕時計型のデバイスを弄ると、確かにMycroft、と名前が連絡先に追加されていた。


「くっそマイクロフトがああああ!!!」


 接触するにしてもウェイターになって来るやつがあるか!? しかもヒューノバーやリリィがいる場だぞ! そもそもあの店に来るのをどうやって知ったんだ!?

 分からない。あの男、謎すぎる。

 マイクロフトにキレ散らかしながらベッドに倒れ込み、散々暴れたのち、すん、と急に落ち着きを取り戻し、考えるのが面倒になったので風呂に入り速攻でベッドに入った。明日、明日考えるから! と問題を先送りにし、時たまやはりマイクロフトにキレながら眠りについた。

第三章終了となります。お読みいただきありがとうございます。四章までしばらくお待ちください。

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