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第八十四話 諦めるなとあなたは言うけど

 リディアの言葉が延々と頭の中を巡っていた。誰かに言ってしまえばきっと楽になるだろうとも考えたが、リディアはそれは望まないだろうと、ヒューノバーに不調なのかと心配されつつも口を閉ざしていた。


 なんとなく自室から出て居住区内をうろつく。部屋でひとり篭っていると気持ちが滅入る。売店で何か物珍しいものでも探してみるか。と売店を目指すことにした。途中すれ違う顔見知りの住人に挨拶をしつつ売店にたどり着く。


 菓子のコーナーにでも行くかと足を向けると、しゃがみ込んで菓子を吟味しているリリィの姿があった。ゆるいオーバーサイズの私服に眼鏡の横顔にちょっとしたギャップを感じた。


「リリィさん」

「んなっ、よ、喚びビト!?」

「リリィさんって眼鏡ユーザーだったんですね。意外っす」

「何よ! べ、別にいいでしょう! 大した用もないならどこかへ行って頂戴!」

「んー、今、用が出来ました」

「出まかせ言って! わたくしには用はありませんよ!」

「私よりも以前の喚びビトで知っていることってないですか?」


 その問いにリリィは先程までのかわいい威嚇をやめ片眉を上げた。


「……知ってどうするのかしら」

「リリィさんって、獣人の純血派に一応属しているんですよね。喚びビトなんて昔っから監視対象でしょうし、何か知らないかな〜と」

「は、知っていたところであなたに教えると?」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべたリリィだったが、私は気にせず続ける。


「思えないですけど、……なんと言うか」

「もっとはきはきとなさいよ」

「私この前誘拐されたんですけど」

「え」

「そこで先々代の喚びビトに出会いまして」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい。あなた誘拐されたの?」

「はい」


 何か問題が? との思いでそう答えたが、リリィはそんなケロっとした顔で答えないで頂戴! と声を荒らげた。


「先々代と言うとマイクロフトという名の方よね。……生きていらしたのね」

「なんだ。何の情報も持ってなかったんですか」

「相変わらず失礼な言い方を……、わたくしの部屋に来なさい」

「ゴミ部屋嫌なので私の部屋に来てください」

「失礼だわあああ!」


 ぎりぎりと歯ぎしりをしているリリィだったが事実なので言い返せないようであった。リリィの買い物が終わるのを待って私の部屋への道筋を共に歩く。その間特に会話はなかったが、以前と違い気まずい空気には思えなかった。リリィの方は知らんが。


 自室にリリィを招き、ボトルの紅茶をコップに注いで出した。リリィは椅子に座り、私のことをじろじろと観察していた。


「なんですか? 惚れましたか?」

「そんなわけないでしょう! たく……知りたいこととはなんですか」


 リリィは質問に答えてくれるらしく、目を伏せつつも紅茶を口にした。


「それに私が何か薬でも入れるとは思わないんですか?」

「……はあ、そんな非道を許す人間でもないでしょう、あなた。馬鹿正直な人間だと言うことくらい分かります」

「そうですか」


 リリィの前の席に腰をおろし、誘拐された件について話す。マイクロフトが人間側の純血派として私を誘拐。勧誘されたこと。それを聞いていたリリィは、ふう、と息を吐く。


「あなた、無茶なことをなさるのね。ひとり昏倒させるとか」

「若干混乱状態でしたからね」

「マイクロフト。サダオミよりも前に喚ばれた方、と言うのは存じていますが、二十年前姿を消してからは、獣人側の純血派も足取りを掴めてはいませんでしたよ。恐らく、国外を拠点としているのでしょう」

「どうして分かるんですか?」

「私の父は、純血派の中心部に位置していますからね。多少は耳に入ってきます」


 他の純血派の獣人よりも情報は入ってきやすいらしい。なら、と意を決しリディアの件を話す。正直、近しいヒトよりはある程度距離のあるヒトの方が話しやすいと思ったのだ。だからリリィを選んだ。私を敵視しているのは恋によってだが、それ以外ではまともな人物であると伝え聞いていたのもある。


「マイクロフトの御息女、ご存知ですか?」

「……リディア・ゴールマン、でしょう?」

「ご存知なんですね。なら、残りの二人の娘は」

「生死不明、としか存じません」

「……そうですか」


 獣人の純血派ですら消息を掴めないのならば、死んでいると見た方がいいのだろう。だが、リディアはきっとまだ、暗闇の中に木漏れ日のように差す光に縋っているのだろう。そんな彼女に、諦めろなぞ言えるはずもなかった。


「マイクロフトは、何がしたいのでしょうか。妻子が獣人であったのに、人間側に着くなんて」

「……わたくしに分かるわけがないでしょう」

「私を保護したい。との名目も疑わしいものですよ。確かに私はこの惑星に置いて、純血の人間です。混じりっけなんて一ミリもない。でも、個人的な復讐の建前に私を使おうとしているのか。と思うんです」

「個人的な復讐……」


 マイクロフトはこの国に蔓延るマフィアによって妻子を害されたのだ。マフィアには獣人が多い、人間も少なからず所属してはいるであろうが。


 獣人全体を嫌っているわけではないと思うのは、手下に獣人を使っていたからだ。何かしら理由があるからこそ、人間側についているはずだ。その理由を知ることができるのならば、リディアだって過去に縋り続けて自分を傷付けることをやめさせられるかもしれない。


「結局のところ、マイクロフト自身に聞かない限り思惑なんて分かりっこないってのは分かるんです。でも、同じ惑星から来たのなら、どこかで分かり合えるんじゃないかって、……希望もないのに縋っているんです」

「……随分と辛そうな顔をするわね」

「同情くらいするでしょうよ。そりゃ」


 同情。憐憫。慰め。

 勝手にリディアを可哀想なヒトだと決めつけ、マイクロフトと共に救われるべきヒトなのだと思い込む。私が抱いている感情は全て妄想によって作り出されているものだ。事実と違ったのだとすれば、裏切られたとでも思うかもしれない。なんとも薄っぺらい感情だと自身を嘲笑う。


「リディアさん、ずっと過去に囚われているんですよ。マイクロフトに次会った時、自分を覚えているか聞いてほしいって、消え入りそうな声で言うんです。そんなちっぽけな頼みくらい、聞いてやりたいじゃないですか」

「その感情で、思い込みで身を滅ぼさないことね」

「……別に自滅しようが、どうだっていいですよ……なーんてことはもうないですね」

「……ああそう!」


 ふん、とリリィは腕を組んで顔を逸らす。


「私、この惑星に来てしばらくは自暴自棄だったと思うんです。でも、今は私が迷子になったら見つけてくれる誰かがいます。それって幸せなことなんだって気づきましたよ。やっとこさ」

「ふうん」

「リリィさん、ヒューノバーのこと好きでしょうが、渡す気これぽっちもないですよ。ヒューノバーのこと大好きですんで」

「どうしてわたくし、憎いあなたの惚気を聞かされているのかしらね」


 皮膚が見えていたら血管でも浮いてそうなキレ方をされたが、それに笑って受け流す。


「まあこの惑星に喚ばれた時点で一度滅んでいるようなものなので、二度はごめんですな」


 するとリリィが、だん、と片手を机に叩きつけた。


「当たり前でしょう! 二度目に滅んだなら、わたくし絶対にヒューノバーさんをモノにするんですからね!」

「一生訪れない宣言どうも〜」

「喚びビト、あなたわたくしを馬鹿にするために呼んだのかしら……!?」

「そんな意図ないですよ」

「じゃあ、……っ、諦めないでよっ最後までっ……」


 リリィは勢いよく立ち上がり、ひと言残すと部屋を出て行った。泣き出しそうな表情で憤慨していたが、彼女も優しいところがあるものだ。

 いつか死ぬ最後まで諦めるなと。私のことを碌に知りもしない癖に、優しい彼女は言うのだ。


「無事に帰ってきてよかったとか……。アタリ強いんだか優しいんだか、わかんねーヒトだなあ」


 そこは死んでいればよかったとか言うところだろう。と思わずひとりでくすくすと笑ってしまった。

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