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第六十四話 あなたとの日々にひとつのお礼を添えて

 デルクス姉弟に連れてこられた酒場はブリティッシュパブのような酒場であった。獣人が多いものの数は少ないが人間の姿も確認できる。暖色のライトが頭上から照らし、ヒトビトの喧騒が店内を包んでいる。


 席に案内されて四人で丸テーブルを囲む。


「にしても、時代……惑星? が変わっても酒って言うのはヒトの娯楽なんだねえ」

「まあ飲食するのがヒトの本質でしょう。軽い気持ちで快楽を得れるんですし、一番安易な方法っすよ」

「薬に走らないだけまだここにいる方たちまともでしょう」

「禁酒法とか歴史に無さそうだね」

「なんですか禁酒法って?」


 ヒューノバー以外の三人はビールとつまみを頼み、禁酒法について説明しつつ運ばれてきた酒を掲げ、お疲れ様でした〜と乾杯する。


「今日の潜航、中々精神的に来るな〜」

「まあそういうのを綺麗さっぱり洗い流しましょうって言う飲みですから、愚痴くらい幾らでも言っちゃってください」


 マリアムがきゅる、とした可愛らしい目で私を心配してくれる。うう、もふもふしたいぜ。と酒を飲む進めながら隣のヒューノバーをチラ見すると、にこにこと嬉しそうにつまみを口に運んでいた。やはり酒より飯か。とちょっとだけで微笑ましくなりつつも、気になっていたことを聞いてみた。


「二人って一応ヒューノバーと同期なんだよね? 心理潜航捜査班で」

「そうですよ〜。まあ私たちの方が歳下ではありますが」

「ヒューノバー、私が来る以前まで一人だったんだよね? 仕事どうしてたの?」

「補助手伝ったり、例外的にスリーマンセルで潜航に加わったりしてましたよね。あと、広報に引っ張られてましたね〜」

「広報ぉ〜?」

「ま、やっぱり虎の獣人っていう花形なわけですわ。獣人の中だとモテにモテまくるという。で、総督府の広報のポスターに載ったりしてたんすよ」

「この虎ちゃんが……」

「いやいやいや、俺だって初めは嫌だって断ってたんだけど、グリエル総督に脅されて……」


 グリエル、脅しを使うタイプのヒトだったのかよ。少々恐ろしいと感じつつ、なんと脅されたのかと聞いてみる。


「ミツミ以外の有力候補を代わりに喚ぶぞって……」

「私知らぬ間に人質になってたんかい」


 私を出汁に広報に引っ張られていたらしい。その時のポスターはあるのか。とマリアムに聞いてみると送りますね〜との言葉と共に腕時計型のデバイスに写真が送られてきた。浮かび上がった写真を見て、私はなんとも言えぬ気持ちを抱いた。


「……これさあ、女性向け雑誌のグラビア? 何? 想像と全く違うものをお出しされた気分なんだけど」


 上半身裸で鍛え上げられたと見える体に扇状的なポーズを取ったヒューノバーが写真には映っていた。これを政府の広報雑誌に載せる根性すげえな。普通、制服ピシッと決めてとかじゃないんけ。


「あ、一応他にもありますけど」

「いや、いい。なんかちょっと、政府の広報の仕方の方向性が迷子すぎて見るの怖い」

「うん、見ない方がいいよ……」

「ヒューノバーさんが遠い目を……」


 ヒューノバー的にも黒歴史らしい。心の中の天邪鬼が顔を覗かせ、後で検索してみるか……とちょっとだけ口角を上げた。


「ミツミさんが悪い顔を……」

「検索しようとしてるでしょ……やめてね? やめてねミツミ。見ないでね?」

「いやあ……へへっ」

「お願いやめて」


 ヒューノバーにがくがくと肩を揺すぶられたが私としてはもう帰ったら検索することは確定事項であった。今この場で見ないだけマシと思え。


「ちょっと元気出たよ。楽しみをありがとうヒューノバー」

「うあああ……」


 礼を言えばがくりと項垂れたヒューノバー。マリアムとカリアムは苦笑いを浮かべた。話は変わり、カリアムから質問が飛んできた。


「あの、この惑星に来て驚いたことってありますか? 獣人以外で」

「驚いた……そうだな〜。一日三十時間で一ヶ月が二十四日って聞いて驚いた」

「アースだと違ったんですか?」

「地球だと、一日は二十四時間だし、日数は三十日前後だったんだよ。月数は変わらないけれど」

「へえ〜! 一日二十四時間って短いですね……なんか毎日忙しそうです」

「実際忙しかったけどね」


 この惑星は三十時間もあると余暇の時間も多めに取れて正直嬉しい。この国の季節は日本の暦とは真逆で、呼ばれた当初は初夏だったのにもう秋の気候になってきた。総督府から出ることが少ないので季節の変わり目なぞほぼ感じずに毎日を過ごしている。総督府居住区最高。


「あと、獣人に対するスキンシップの仕方が未だ謎い。ネットで調べても恋人ならオッケー! とか友達からいいよ! とか。それ、向こうの主観込みってわけでしょ? いきなり自分が痴女になる可能性アリだと難しいなって思う」

「はあ〜、なるほど。獣人同士の間柄だと自然なスキンシップでも、人間って獣人の表情の有無とか分かりにくいって言うっすからね。俺はマリアムと育ってきたんで分かりますけど」

「いきなり喚ばれたミツミさんにはハードル高いかもしれませんねえ」

「でっしょ〜?」

「だったら俺で試せばいいのに」

「出会ったばかりの頃尻尾掴んだら怒られたし」

「だいたーん」


 くすくすと可愛らしく笑うマリアムを見つつそれを肴に酒をあおる。可愛いってだけで嬉しくなってしまう私チョロすぎるな。


「お二人って一応恋人同士、なんすよね?」

「そうなりますねえ」

「や」

「ヤッたとか言うなよ?」

「えー?」

「ちょっと貞操観念が地球と乖離しているんだよなあ」


 恋人同士ならそう言った行為をしても不思議ではないが、恋人ならと言う義務でやるのは勘弁である。勝手に期待されても重荷だ。


「ヒューノバーさん的にはもっと進みたいとかないんすか?」

「んー……ミツミに無理はさせたくはないし」

「本音は!?」

「外野が口出しすることじゃないでしょカリアム」

「へーい、ちぇ」


 あんまりそう言う話をされると意識せざるおえないのだが、私は性的なことにはあまり積極的になれない人種だ。言い換えると興味が薄い。娯楽が発達しているであろう、私からすると未来のこの惑星では、性行為は簡易な娯楽のひとつなのかもしれない。そう言った理由であけっぴろげに話すヒトが多いのだろう。


 理解が追いつかねえなあ。と自分の脳みそをなんとかアップデートさせようとは試みるものの、育ってきた環境というのはやはり根強いものなのだ。


 二杯目のビールに口をつける。ちら、とヒューノバーを見れば先程の話はもう忘れたか気にしていないのか。幸せそうな顔でパドロンのフリットを口に運んでいた。


「ぶはっ」

「ん? 何?」

「いんや、気の長そうな虎ちゃんでよかったなあ、と」


 思わず吹き出してそう答えたが、本人は自覚がないらしい。なんか癒しのオーラが出ている気がする。ヒューノバーから。


「まあ、お二人、馬が合うんでしょうねえ」

「割とそう感じるよ」

「たまには惚気てもいいんすよ?」


 にまにまとカリアムが笑っているが、そう言えばヒューノバー、初期は恥ずかしいとか馬鹿みたいな理由で番制度のこと説明しなかったんだよな。と思い出しそれを言えば大ウケであった。キレたことも言えば更に大ウケであった。そうして隣の虎頭はしょんもりと萎びていたので、ネタになってくれた礼にはちみつピザを注文してやった。


「ここのチーズはちみつピザ美味いんすよ。ヒューノバーさん、元気出して!」

「俺を笑った口で言うのかい、それ」

「すみませんって! あ、店員さん追加いいですか?」


 その後四人でだらだらと駄弁り、夜も更けた頃合いに解散した。ヒューノバーには総督府前まで送ってもらい、別れの挨拶をする。


「じゃあ、部屋まで気をつけて」

「あいあい」

「結構酔ってる?」

「いや、そこまでではないけど……ヒューノバー」

「何?」

「ちょっと屈んでよ」


 ちょいちょいと手招きをするとヒューノバーが少しだけ前屈みになる。頬に手を添え、口付けをしてから、一気に振り返って走り出す。


「え!? ミツミ!?」

「おやすみ〜! また明日!」


 総督府の正面入り口前で振り返り、手を振ってぴょんと小さく跳ねて、おやすみと伝えて総督府の居住区に向かった。


 部屋に帰る前に売店に寄るとミスティの後ろ姿を認め、ただいま〜と肩に腕を回して声をかけた。


「うーわ、びっくりした。酒臭!」

「おいおい、ミスティ。なんでヒューノバーがグラビア撮ってたこと教えてくれなかったんだよお」

「は? ……ああ、広報の話聞いたのね」

「今から鑑賞会しよ。爆笑したい気分だから」

「アンタ……性格最悪ね」


 私に引きながらも笑みは浮かべていたので、自室へと連行し、ヒューノバーの広報で使われた写真の数々を見て変な笑い声を上げ、可笑しくてミスティの肩をぶっ叩きまくり爪で顔面を引っ掻かれたのだった。

 痛えよお。

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