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第六十三話 やけ酒にお付き合いお願いいたします。

「うう、寒」


 崩れ行く病室から辿り着いた先は真っ暗で凍えそうなほど寒気のする空間だった。心なし息も白くなっている。


「ここ、底に来たのかな」

「恐らくは……」


 ライルを探そうと歩み始める。どちらが北かも分からないので二人して歩きながら周りを見回す。がらん。と音がした方を向けば、金属バッドのようなものが落ちていた。拾い上げようとすると、見覚えのない手が先にそれを拾い上げた。


 咄嗟に顔を上げると、見覚えのない獣人が立っていた。


「おい、あそこに電球入ったかあ?」

「入った入った」

「じゃあ、これで割ってみるか!」


 獣人が笑いながら問いかけた先には、縛り上げられた裸のライルが獣人二人に取り押さえられもがいていた。


「んー! んんー!?」


 必死にもがくライルの腹に、金属バッドが思いきり振り落とされた。ばきん、とガラスのようなものが割れる音とライルの悲痛な悲鳴が辺りに響き渡る。


「う……」


 膣に電球を無理矢理入れられて破られたのだ。ぎゃはは、と笑う三人の獣人たちの顔を撮影しなければ、と再び顔を上げて目は背けなかった。


「おい、爆竹でも入れようぜ」

「いいねえ〜」

「デリーたちもいいおもちゃ教えてくれたよなあ。強姦した後は殺してもいいぞとか、よ!」


 金属バッドを腹に振り下ろされたライルは、痛みに気絶して、起きては気絶してを繰り返していた。


『デリー、ライルの義兄のひとりの名前ですね。……兄弟仲がいいなんて、誰が言ったんでしょう』

『大方あの母親じゃねえの?』


 それから先は見れたものではなかった。あまりにも凄惨な犯行だった。怒りに、何もできない自分を腹立たしく思った。


 獣人たちの顔は分かった。マリアムたちも顔写真を撮ったと言うので、今回の潜航の目的は達成した。獣人たちが去って行くと、身体中あざや傷だらけのライルが残された。


 ライルの元へと近づいて上体を抱き上げ、抱きしめた。


「ライルさん……」

「……あな、たは」

「助けられなくて、ごめんなさい」


 ぎゅ、と体を抱きしめるとライルは弱々しくも声を上げて泣き出した。


「わたし、もう、生きて、いたくない……」

「はい」

「ずっと、ずっと助けてって叫んでも、誰も、助けてくれなかった……もう、いや……」

「はい」

「もう、しにたい……」


 ぼろぼろと涙をこぼすライルに、私の頬にも涙が伝った。ただ、強く抱きしめた。


「ライルさん、ずっとつらかったですね。もう怖い思いはしなくていいんですよ」

「でも、生きているのが、もう、怖くって……」

「そうですね。生きるってつらいですね。……死んでしまってもいいかもしれないんです。私は、あなたに生きろと、頑張って生きろなんて言えないです」

「ゔん……」

「ずっと耐えて、いつか幸福が訪れるなんて、私には言えません。でも、私、あなたに生きて幸せになってほしい。少しでも生きていて良かったと思ってほしい」

「むりよ……」

「これは、私のわがままです。懺悔です。ごめんなさい。見ていることしかできなくて」


 あの獣人たちを押し除けて、心の中でだけでもライルを助けようと思えばできた。ただ、犯人の特定をしなければならないと言う理由で、私は心の中のライルを救わなかった。ただ見ているだけだったのだ。


 ライルが救いを求めて、何もしなかったヒトビトと、私は何も変わらないのだ。


「ライルさん、目を閉じて」

「うん……」

「目覚めたら、少しずつ良くなっていきます。犯人も捕まって、もう怯えることはありません」

「ほんとうに?」

「はい、本当です」

「……ありがとう。スフィアダイバーさん」

「……ごめんなさい」


 すう、と意識を失い重くなったライルを横たえる。

 立ち上がって少しだけ俯いて、涙を拭いた。


『今回の潜航は以上でいいでしょう。上がって来てください』

「はい」

「……大丈夫? ミツミ」

「うん……その紙袋ずっと被ってたの」

「怖がらせるよりはと思って……」


 未だ紙袋を被ったままだったらしいヒューノバーに少しだけ心が落ち着き、目を閉じれば緑色の眩い光に包まれた。再び目を開ければ、潜航室だった。


 横たわったライルの目から涙が流れ落ちていた。それを拭ってやり、ごめんと呟く。


 ヒューノバーが目覚め監視室の方に向かえば、マリアムとカリアムが出迎えてくれた。


「お疲れ様でした。犯人の顔の特定やライルの義兄が手引きしたとわかりましたので、警察の方へ報告しておきます」

「結構しんどい潜航でしたね。今回」

「そうだね……」


 監視室でしばらく映像の切り抜きなどをするから、とマリアムたちとは一旦別れ、班室の方へと向かった。班室は相変わらず陰気臭く、なんか気分的にもちょっと落ち込んだままが続きそうだなとげんなりする。


 調書を書こうと自席に座りPCで作成アプリを立ち上げた。


「ミツミ、顔色悪いけれど大丈夫?」

「今回は結構来たね。……心の中だけでも救ってあげたかったけれども」

「……目的が目的だったからね。でも、きっとミツミの言葉、届いてるよ」

「だといいんだけどね」


 しばらく調書の作成に勤しんでいると、マリアムたちが戻って来た。私たちの元へとやってくると、警察へのデータの受け渡しはすでに終えたらしい。


「犯人は特定されたのでこれ以上の被害は無いと思いますけど、家庭環境に問題ありと見て専門の保護機関に保護頼んでおきました。成人済みではありますけど、あそこまで行くとなると家庭から隔離した方が良さそうだと思ったので」

「それでいいと思うよ」

「でー、なんですが、今夜飲み、どうですか? こう暗い仕事があると、ぱあ〜っとやりたくないです?」

「ミツミどうする」

「……そうだな。飲むか!」


 気持ちを切り替える意味も込めて酒を飲んでもばちは当たらないだろう。なんかこう、かなり気分が沈んでいるのは確かなので、二人の誘いは正直有り難かった。


 じゃあ終業後よろしくお願いします〜と二人は自席に戻っていったので、ヒューノバーに一応頼んでおく。


「今日は多分やけ酒するので、世話をお願いします」

「それ今から頼むんだ……」


 その後、終業までうだうだ引きずりながら調書をまとめリディアに提出し、制服から私服に着替えた後、夜の街へと四人で繰り出すのだった。

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