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第五十九話 身近な犯罪者

お読みいただきありがとうございます。ブクマ評価、感想レビュー等いただけると励みになります。

 休暇から一週間ほど経っただろうか。私は自室でベッドに転がりながら透明な宙に浮かぶウィンドウでニュースを眺める。暴動騒ぎは粗方鎮圧されたが、今現在もあまり首都の治安はよろしくないとのことで外出は止められていた。まあそもそも引きこもり体質の私にとっては特に苦にもならないことだったのだが。


 今日は休日だ。部屋でのんびりと過ごすのも悪くはないだろう。が、ミスティが突発的に酒瓶を抱えてやってくることもあるので、その場合は付き合ってやるか。くらいには暇していた。


 腕時計型のデバイスにはSNSとして私の時代にもあった呟きアプリのような機能は備わっていたので、登録して呟きなどを眺めているとある記事が目に止まった。


「……違法ダイブ店摘発……ねえ」


 違法ダイブはやはり少なからず横行しているらしい。私としては、以前の暴動を主導した人物のことを思い出し少々苦虫を噛んだ。心の深くまで潜れるヒトはそうはいないとは聞いてはいるものの、精神的な死をもたらす可能性もある心理潜航を遊び半分で行っているのはどうなのだろうと考える。


 仕事としてダイブしている心理潜航捜査官と違い、違法ダイブの目的は心の中で快楽を得ることなのだろうが、快楽を得るにしても性欲と同義なのかはたまた別なのかと気になり調べてみることにする。


 検索エンジンで「違法ダイブ 感想」と入力してみるとレビューサイトが幾つか見つかる。ひとつ選んで読んでみると、違法ダイブはやはり性欲的な快楽を得るために行うのが一般的だそうだ。明晰夢のように好きに動ける夢を見る。というのに近いらしい。


 風俗のように、相手とコミュニケーションを取りながら致す。と言うのが面倒な人にとっては制欲発散のいい道具なのだろう。それに性病も貰わないし、体を酷使することもないし、違法ではあるが理にかなってはいるのかもしれない。


「でも危険は危険だよなあ」


 心の柔いところに行けば行くほど、行いによっては心を破壊するものなのだし、やはり違法ダイブについてはあまり良い感情は持てなかった。


 違法ダイブの記事を何個か読み進めていると来客を知らせるブザーがなり、ミスティだと分かって部屋に招く。


「あーい、元気い〜?」

「なんでもう出来上がってんだよ〜」


 酒瓶を抱えたミスティが部屋に入ってくる。酒臭いな〜と思いつつも椅子に誘導して座らせて酒瓶を取り上げる。水をコップに満たして渡すと素直に飲んだ。


「今日何してた〜?」

「特に何も。ニュース読んだりしてたくらいじゃない」

「何のニュース?」

「違法ダイブ店摘発」

「ああ、懐かしいわね違法ダイブ」

「……まさか、やってたの?」

「うん」


 ずずず、と水を飲んでいるミスティに、マジかよこいつと頭を抱えた。身近に犯罪者がおったわ。


「それいつのこと?」

「十七とかそのくらいの時ね〜」


 おもくそ未成年で違法ダイブをやっていたわけか。


「私それで心理潜航の養成所にスカウトされたのよ」

「ええ? めちゃくちゃ闇深そうなスカウト理由だな。違法ダイブ店に養成所のヒトがこっそり紛れ込んでるってこと?」

「それほど向こうは才能あるヒトを探してるってことね〜。まあ私今現在は心理潜航と全く別の仕事してるから、意味あったかと言えばないけど」

「そりゃそうだわな」


 ちょっと酒頂戴よ〜。と空になったグラスを差し出されて渋々酒瓶から注いでやる。話を聞くなら酒はまだ必要だろう。ミスティの体には毒だが。


「違法ダイブって何をするの」

「心に潜って、トラウマを思い出さないように隠してあげるとか。大方アンタ、ネットの記事見て性的なことと思っているかもだけど、全部が全部そうじゃないわよ。病院に行くと根掘り葉掘り聞かれるし、そう言うのが嫌で違法ダイブに頼るヒトもいるの」

「へえ……」

「PTSDみたいなのだとね、結構こっちもダメージくらう心理世界とかもあったわね。レイプだとか、いじめだとか」


 一概に悪と決めつけるべきことではないわけか。公的機関、病院だったりすれば色々とデータを取られることもあるのだろう。それが苦痛で違法ダイブに頼る。違法ダイブならばそこまで深く理由を聞くものでもないらしい。周りの誰かに探られることもない。こっそりと治療をしてもらう、闇医者的側面があるのだそうだ。


「基本的にダイバー側も違法ってのは理解しているからね。顧客情報なんて残さないし、潜航対象も周りから秘密裏に治療を頼む。普通の治療機関だったらそうはいかないからね」

「ふうん……違法って言われてるのには、何か理由があるの? 別にやましいことしているわけじゃあないじゃん」

「性的サービスをするのと、通り魔的に心を壊すダイバーが居るからね」

「通り魔的にねえ」


 ヒトの心に潜って心を破壊し尽くす。そういう歪んだ精神性のヒトも少なからず存在している。獣人が人間を狙って犯行に及び、連続性を持った犯行も以前はあったそうだ。そういったことから守るための法整備が行われているらしい。


 心理潜航は普通の犯罪と違い、指紋も残らない。体毛や体液も発見されにくい。犯人の特定に骨が折れるのだそうだ。心を破壊して廃人化させるのは殺人と同義に扱われるそうだが、結構な人数が被害にあっても未だ見つかっていない犯人も多いそうだ。


「違法ダイブをやっているヒトっていうのは、金銭面だったりで苦労しているヒトも多いから、そういった犯行に走らせないために養成所がスカウトして公的機関で働けるようにするって側面もあんのよ」

「なるほどねえ」

「疑問は晴れた?」

「一応」

「じゃあ一緒に飲みましょ。どうせ暇してたんなら私が来たら飲もうかなくらい考えてたでしょ」

「何でわかるねん」


 仕方ねえ。と椅子に座ってミスティの飲みに付き合うことにした。グラスを傾けて飲み進めているミスティが、あ、と声を上げる。


「ヒューノバーのやつは違法ダイブはやったことないと思うから安心なさいよ」

「元より出来るようなやつではないと思ってるよ。純粋すぎるもん」

「それもちょっと考えものよね」


 あいつ、反抗期あったのかしらね。とミスティが頭を傾げた。反抗期のヒューノバーを考えると、少しだけ面白い。


「ヒューノバーに反抗期あったかお兄さんに聞いてみる? 前ヒューノバーのお爺さんち行った時、お兄さんの連絡先もらったし」

「いつの間に仲良くなったんだよ。私貰ってねえぞ」

「ふん。アンタより私の方が上だったわね」

「何の上?」


 ミスティとぐだぐたと酒を飲み交わしつつ、ミスティが持ち込んだ酒が空になったので二人揃い売店へと向かうのだった。ついでに洗濯物も持って洗濯に付き合えや、と共用のランドリーで飲み明かそうと部屋を出た。

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