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第四十八話 あなたを助けたかった。ただそれだけだったのに。

ネトコン11、一次選考通過しました。ありがとうございます。

 第五階層までの道中、シグルドとリディアの会話を聞いていた。


『金貸ししてたとしてもよ。脅す材料にするってのはなあ』

『しかしマフィアグループとの繋がりが露見するのを恐れての計画実行だったのでしょう。生徒に肩入れしていたとしてもその程度だった。と言うことでは?』

『俺はそうとも思えんがねえ。最下層、何が出てくるか……』


 階段を降り切れば暗い空間がただ広がっていた。見回すがどこにも出口は見当たらない。今までもこのような心理世界はあったため、どこかにトークンがいるのではと探そうとすると大きな発砲音が聞こえ肩が跳ねた。


「ニチカ!」


 発砲音がした先を瞬時に見れば、トークンと倒れ込んでいる人間、恐らくニチカが居た。駆け寄れば分かった。胸から夥しい血を流しながら倒れている。


「せんせ……おれ、せんせいのために、なれたかな……」

「そんなことどうでもいい! 死ぬな! 死ぬな! ニチカ!」


 トークンが右の胸元を圧迫止血でもしようとしているのか押さえている。


『当日、現場では実際に救護活動をしていたそうです。目撃者や、動画によって撮影されていた際にも映り込んで声も入っています。相違ないかと』


 リディアの言葉に、これは実際に起こったことの回顧の記憶なのだろうかと考える。ニチカの名を必死に呼び続けるトークンだったが、揺らぐ霞のように警官らしき獣人が現れる。トークンの背に近付いてゆき、思い切り横に薙いだ足蹴りでトークンを蹴り飛ばす。横に倒れ込んだトークンを尻目に、警官はニチカの前へと近づき、銃らしきものを構え、発砲音が三発。


 ニチカは体や頭を撃ち抜かれたようで、もう動かなくなってしまった。さあ、と血の気が引く。


「ニチカ! ニチカァ!」


 起き上がってニチカに這い寄るトークン。ニチカの名を呼び続けるが、もう反応は返ってくることはない。


 さあ、と霞のように死体となったニチカがかき消えた。残されたトークンの背後には、第四階層で聞いた声の人間だった。


「残念でしたねえ。もしご協力願えたのならば、命を奪うまではしなかったのですが……、まあ、あなたにはもう失うものも無いのでしょう? ご協力願えますね? マストン・トークン」

「あいつを……あの警官を殺させてくれ」

「あれは我らの息のかかった者ですので、いえ、あの警官が所属する警察署全体がそうですがね。ふふ、いっそ爆弾でも持って乗り込んだらいかがですか? あなたは、何も罪のない少年を助けようとした善人だと世間は思い込んでいます。あなたの声があれば、民意はあなたを支持するでしょう。人間の他にも獣人だってね。何もかも巻き込んで、めちゃくちゃにしてください。それが、あなたに残された道だ」


 男は煙草を吸いながらトークンにそう語りかけた。場面が変わるように霞の如く掻き消えた男。トークンが立ち上がって、手には拳銃。


 ざわざわと周りに人々が現れ始める。皆口々に人間差別に関する意見や暴言を投げかけ、トークンが天に向かって拳銃を発砲した。


「人間を差別するこの国を許せるか! 罪なき子供を殺した警官を許せるか! 古きよりこの国の腐敗した人種差別を許すことはできない! 今立ち上がらなければ、我らは弱者として、敗者として生きることになる! どうか力を貸してほしい!」


 わあわあと歓声が湧き起こる。警官に掴み掛かる人間や、リンチを始める獣人と人間たち。トークンはただ先頭に立ち暴徒を煽る言葉を続けている。


 再び霞のように人々が消え、トークンひとりがぽつんと立ちすくんでいる。上げていた腕を下ろし、拳銃を手放した。がちゃん、と拳銃が地面にぶつかる音とトークンや私たちの息遣い以外聞こえなくなる。


「何もかも間違いだったんだ。マフィアに金を借りるんじゃあなかった。ニチカを巻き込むんじゃあなかった。ただ片隅でじっと堪えて、耐えて、ひとりで生きるべきだったんだ」


 トークンはうずくまって後悔を吐露し始めた。


「脅されたのも、応じるべきだったのか? そうすればニチカは命だけでも助かったのか? でも俺はニチカを売っていた。人としてしてはならない道に外れてしまっていた。俺はニチカを愛していたのに。あんな、俺のために死んでもいいとまで言ってくれたのに、なんで、なんでなんでなんで」


 トークンは、今までの言葉を信じるのならば計画に加担する気は無かったのだろう。しかし、結局ニチカは生贄として選ばれてしまった。ただ、マフィアが暴動に乗じて商売をしたい。それだけの理由で。


 結果的にトークンは計画に乗じて誰かを殺したのだろう。暴徒を扇動し、さまざまな地域で小さな暴動が起こり、首都でも大規模なものへと拡大してしまったのだ。ある意味では、トークンは被害者でもあった。


「あんた方は、俺を罰するために来たのか」


 トークンが振り向くことなく、私たちに語りかけてきた。こちらの存在を認知していたらしい。


「俺たちは、あなたの心を少しばかり覗きに来た心理潜航捜査官です」

「……スフィアダイバーか。……俺にはもう未来なんてないんだよ。好きなだけ覗いて行くといい」

「少々聞きたいのですが、よろしいですか」


 ヒューノバーがトークンに話しかける。トークンは胡座をかいて項垂れた姿勢に変え、なんだい。と呟いた。


「……ニチカくんは、あなたとは本当に相思相愛だったのですか。あなたの、認知の歪みではなく」

「……少なくとも、あちらから誘ってくる時もあったさ。でも、世間一般からすれば俺はニチカと関係を持っていた時点で犯罪者だろうが」


 ニチカの本心はもう聞くことはできない。死人に口無しだ。真相は全て、今となっては闇の中になってしまった。


「あなたは、暴動のきっかけとする計画には乗らなかったのですね」

「そうさ。ニチカを犠牲にしてまで、乗ることはできなかった。マフィアとの繋がりをバラされたってよかったのさ。それで人生が終わろうとも」


 トークンはそれだけ言って、落とした拳銃を拾い上げた。その拳銃を額に当てがった。


「心の中だけでもいい。俺は死ぬよ」

「待っ、待ってください!」

『二人ともすぐに戻ってください! 巻き込まれる!』


 リディアの声に私は戸惑ったが、ヒューノバーがすぐに上がるんだ! と私に向かって叫ぶ。目を閉じて上昇するのを意識し、緑色の輝きに包まれると同時に発砲音が聞こえた。

 は、と目を開ければ潜航室だ。ヒューノバーは先に起きていたようで大丈夫かと問われた。大丈夫だと告げると共に、リディアとシグルドが潜航室へと入ってきた。


「係員を呼びました。深層心理で自害したようです。二人は監視室の方へ」

「は、はい」


 リディアの言葉にヒューノバーと共に監視室へと向かう。中から潜航室の様子を見ていたが、係員が二名入って来たと思えばすぐにトークンは運ばれていった。何が起こったのかとヒューノバーに聞く。


「心理潜航中に潜航対象者を害した場合、現実でも被害が出る場合があるって言っただろう? ……自害、しかも最下層だ。体に害は無くとも精神的に死ぬ可能性がある」

「廃人に、なるってこと?」

「そう。俺たちもあそこに留まっていたら巻き込まれる可能性があった。だから班長がすぐに上がれって言ったんだ」


 トークンは精神的に死んだ可能性もあり、自分たちも巻き込まれていたかもしれない。さあっと血の気が引く。


「……ヒトの心を覗くって、その人を、傷つけてしまうこともあるんだね」

「救えるヒトばかりじゃあない。民間のセラピストならともかく、心理潜航捜査官としては、暴かなくてはならなくとも、暴いてはいけない心もあるんだ」

「……正直さ。ここに来る人って犯罪犯している人が多いと思っていたけれど、でも、悲しい理由もあるんだね」

「うん……」


 椅子に座り込み落胆しながら休んでいると、リディアとシグルドが戻ってきた。


「お疲れ。危なかったなあお前ら」

「無事で安心しました」

「……はい」

「落ち込む気持ちは分かるが、今後何十何百と潜ることになる。多少なりとも割り切れ。残酷ではあるがよ」


 今回はこれで潜航は終了だとリディアに言われて四人で部屋を出た。班室に戻って調書の作成に移ったが中々進まず、終業時刻になってしまった。残業をしようかと思っていると、ヒューノバーに切り上げて飲みに行こうと誘われる。リディアとシグルドの誘いらしく、一旦頭を切り替えるために酒の力を借りることにした。

お読みいただきありがとうございます。

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