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アンコウの家  作者: ラノ
隣人視点(解答篇)
3/3

イリシウム

 

 新しい場所には、すんなり慣れた。

 いや、私自身がこの工程に慣れたのかもしれない。

 青い痣が残るような力加減を覚えたのが、その良い例だわ。


 うだるような暑さの中、私は引っ越しの作業をしていた。

 運び入れられる家具も家電も多くないので、すぐに終わる作業ではあったが。大きな冷蔵庫がなくては、この後の荷物の受け取りができないから困る。

 冷蔵庫が運ばれるところを眺めていたら、気配を感じて視線を移した。

 身長は152センチ、体重は……ちょっと痩せ気味かしら。48キロくらいの女性が、引っ越し作業員を見ていた。

 私は彼女に話しかけた。 


「すみません、403号室の方ですか?」


 そんなの聞かなくてもわかるだろうと、この時点で面倒な顔をされないか。

 それが一番大切だ、人間の表情というのは隠しても隠し切れないものがある。

 私はジッと彼女の表情を見ていた。

 彼女は困惑しているようで、次の言葉が返ってこない。

 私は追い立てるように自分のことを話し、挨拶回りの和菓子を渡した。

 彼女は和菓子を『あ、ありがとうございます』と受け取ってくれた。


「えっと、あの。私、雛木といいます」 


 雛木……変わった苗字ね。

 変わった苗字の人は、ちょっと面倒なんだけど。

 まぁ、いいかしら。どうやら彼女、警戒心が薄いみたいだし。

 まるで、生まれたての子羊みたい。

 ふふっ。


 ***


 彼女の話を聞いていると、あまり親しい人は近場にいないみたい。

 ますます好条件ね。

 私の家に招いたら案の定、興味深く私の部屋を眺めてくれたみたい。

 好奇心旺盛な子羊ちゃんね。

 そんな子羊ちゃんに、丁度いいイベントを用意したのだけど。

 さて、どんな反応をするのかしら。


 深夜、私は玄関の扉を思いっきり蹴った。

 ドンドンと大きな音が壁を伝って、辺りに響いた。

 内側から蹴っているから、そんなに大きな音ではないかもしれないけど。

 隣の子羊ちゃんには、さすがに聞こえているはず。

 しばらく、蹴り飛ばしてから私は扉を開ける。

 当たり前だけど、扉を開けた先には誰もいない。

 私は隣の扉を見た、子羊ちゃんもさすがに出てきてないわね。

 でも、この音には絶対に気がついているはず。彼女は好奇心旺盛だから。

 私は誰も居ない場所に向かって話しかける。子羊ちゃんが聞き耳を立ててくれているといいんだけど。 

 私は扉を閉めてから玄関に用意していた靴を投げた、靴のサイズは男性でも大きなサイズだ。


 しばらくしたら、こんな時間に訪問者が来てくれた。

 さぁ、私の願い人は来てくれたかしら。

 私は静かに扉を開く。


 そこにいたのは、やはり私が望んでいた人だった。

 待っていたわ、子羊ちゃん。


「あ、ああ。その、大丈夫ですか? 凄い音だったので」


 オドオドとしていて、可愛いわね。

 警察が来ないところを見ると、通報するのではなく自分で確認しにきたのね。

 好奇心旺盛という私の観察は間違ってなかったみたいね、ふふっ。

 チラッと彼女の視線が玄関へ向いたのを、私は見逃さなかった。

 明らかに靴を見た、そこで私は彼女の類推を後押しするように。

 存在もしない男性の話をした、彼女は明らかに動揺していた。

  あとは、私が茶番を演じるだけ。

 私や、最初から私を疑っている人から見れば茶番というだけで。 

 好奇心旺盛な子羊ちゃんからみれば、ドラマ以上に臨場感があるでしょうね。


 涼しい夜の日に、私は窓を開けた。

 ボイスレコーダーに残されたコレクションをスピーカーから流す。

 ……まぁ、こればかりは子羊ちゃん以外の人にも聞こえるでしょうけど。

 他の人も子羊ちゃんみたいに私の家に来てくれたら、それはそれで都合がいいわ。

 警察や、その手の支援団体に通報されたら困るけど。

 私が拒めば、深入りはしてこないから。それはそれで対処ができる。


 このコレクションっていうのは、私が過去に引っかけた男性。

 身長178センチ、体重は98キロ。私の茶番に引っ掛かった一人。 

 自分のことを恋人だと思い込んでくれたみたいで、かなり嫉妬してくれたみたい。

 ふふっ、彼の肉の味を思い出すわ。

 今でも私と一緒にいるのだけど。

 ほら、大きめな冷蔵庫の中に、ね。


 さすがに、ボイスレコーダーの薄っぺらい音じゃ臨場感が出ないと思って。

 私は用意していた花瓶をタイミングよく床に投げつけた。

 ガッシャン!

 高い音を立てて割れた花瓶を見下ろして、私はため息を吐いた。

 片付けるのが面倒なのよねぇ、仕方ないけど。

 自分でしたのに、自分で片付けるなんて。

 ふふ、でもいいの。これで子羊ちゃんが釣れるなら安いものじゃない?


 ***


 そして、次の日。

 子羊ちゃんはやってきた。

 私のことを心配して、でも本当に単純ね。

 ドラマの話に例えているところから見て、こんな状況に巻き込まれて非日常感に判断能力が鈍っているのかしら。


 彼女の言葉に頷いて、彼女の類推を肯定した。

 ここまで上手くいくなんて笑ってしまいそうだったけど、なんとか顔を隠してやり過ごしたわ。

 あとは泣くだけだもの、泣きの演技なんて朝飯前。

 子羊ちゃんは、私を助けるためにやってきてくれたのね。


「本当にありがとうございます、たすかります」


 私は感謝を子羊ちゃんに告げる。

 とてもたすかるわ、私の胃袋へようこそ。


 そうして、私は扉を閉めた。

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