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アンコウの家  作者: ラノ
主人公視点(推理篇)
2/3

後編

 ドンドンと鈍い音がして、私は夜に目を覚ました。

 ベッドから体を起こして、音源を耳頼りに探る。どうやら、外から響いているような音だった。

 電気をつけて、ベッドから抜け出す。

 ドンドンと何かを叩くような音に近づくと、扉の先から聞こえるのだが。

 それでも音がまだ遠く感じる。耳を扉に当ててみると、やはり音が伝わってきた。

 誰かが何かを蹴っているのか、叩いているのか。

 衝撃は扉のついている壁などを通して、伝わっているようだ。

 のぞき窓を見ても、人の気配を感じない。


 ドンドンッ!


 音が大きくなり、伝わる衝撃も大きくなっていく。

 こんな時は、まず警察に連絡しよう。

 私は震える手でスマートフォンを操作しようとしたところで。

 ガチャリと、鍵が開けられた音を聞いた。


「……やめ……わかりま……から」


 声は遠いが、女性の声がする。

 この声は、古久美さんだ。

 まさか、この音を出していた人と話しているのだろうか。

 私は扉に耳をくっつける。何を話しているか、聞きたかったのだ。

 しかし、会話はなく。隣の扉が閉じる音と、鍵がかけられた音がした。

 こんな時間の横暴な来客を、彼女は受け入れたようだった。


 どうしよう。

 警察へ通報する前に、騒音が止んでしまった。

 まさか古久美さんが、危ない人を招くなんて……そう、思ったが。振り返るように考えると、変なことがある。


 どうして、異常な音を出している人を家に入れたのだろうか。


 普通なら私のように警察へ連絡をするだろう。

 それなのに彼女は相手と少し話すだけで、家に入れてしまった。

 それから、隣の部屋から大きな音が聞こえるわけでもない。

 ここから想像できることは一つ。


 彼女と相手が知り合いだった、その可能性が高い。


 大きな音を出す知り合いを、誰かに通報されては困る。

 だから大きな音を放置はできない、家に入れるしかない。

 一言二言の会話で済むような仲というのも、それに繋がるのではないだろうか。

 しかしそれでは、なぜ相手は扉を叩いていたのだろうか。

 彼女を困らせたいのか、どうしても彼女と話がしたいのか。


『住む場所を変えてみようかと思って』


 あの暗い表情で話していた内容に、この出来事が繋がるのだろうか。

  考えているだけでは答えが見つからないと思った私は、意を決して彼女の家を尋ねることにした。


 躊躇った指先がインターフォンを鳴らして、この時間に似合わない音を出す。

 少しすると、彼女が扉を開けた。


「ごめんなさい、音が大きかったですか?」

「あ、ああ。その、大丈夫ですか? 凄い音だったので」


 いつもの彼女のテンションで話し出されたから、思わず言葉に詰まってしまったが。どうにか、心配している気持ちを伝えられた。

 彼女の様子に変わったところはないが。

 玄関には大きな靴が転がっている、どう見ても女性用のサイズではなかった。


「ご、ごめんなさい。その、彼が酔っ払って扉を蹴ってたみたいなの」

「そ、そうだったんですか」


 彼。

 彼女の口から、男性の存在を聞いたのは初めてだった。

 もしかしたら、その粗暴さから存在を隠していたのかもしれない。


「大丈夫です。本当にごめんなさい、静かにするように言うので」


 それだけ言うと、彼女は静かに扉を閉めた。  暴力も振るわれていない、知らない人が押し入ったわけでもない。

 本人も大丈夫だと言っている。

 では、私が何かできるわけでもない。

 何とも言えない気持ちで、私は静かに部屋へ戻った。


 ***


 次の日。

 もやもやしてよく眠れなかった私は、ゴミは捨てなきゃと無理やり起きた。

 ゴミを片手に鍵を閉めるところで、隣の扉が開いた音がする。

 私が視線を移すと、古久美さんと目が合った。


「おはようございます」

「お、おはようございます」


 いつもの様子とは違う彼女は、私を避けるように歩き去ってしまった。

 突然のことに、私は呼び止めることもできなかった。

 昨日の今日で気まずかったのかもしれない、人様の家庭に首を突っ込むのも悪いことだろう。それこそ余計なお節介というやつかもしれない。

 しかし、彼女の態度は明らかによそよそしくなっていった。

 私と顔を合わせたら逃げるように早足で去ってしまう、私が声をかけても『すみません、急いでいて』と避けられた。


 やはり何かがおかしい、あの夜のから態度が変わった。

 それまでは友人のように親しかったのに、一体何がいけなかったのか。

 それとも、誰かに何かを言われて接触を取らないように助言されたのか。

 私は大きな靴の持ち主が、そう助言したのではないかと思った。

 しかし、今は彼女に詰め寄ることは難しい。


  あの夜に起きたこと、やってきた訪問者の正体。

 豹変した彼女の態度。

 三つの謎が私を包んだ。


 ***


 その謎の一つが解けた出来事があった。

 その日の夜。夏の夜にしては涼しかったので、私は窓を開けて涼んでいた。

 窓を開けているせいか、隣の音が聞こえたのだ。

「だから……って、言っているじゃないですか」

「お前、誰に向かって……をきいてるんだっ!」

  男女の声がして、思わず聞き耳を立てる。

 穏やかな会話ではなくて、私は不安になりながら窓の方に近づいた。

 ベランダに顔を出しても、見下ろせる位置に誰もいない。

 それに音源は隣のベランダの方から聞こえるような気がした。

 そっと、息をひそめて会話を聞く。


「私は、何度も……じゃないですか」

「しらねぇよっ、俺はお前に……って言っただろ!」


 女性の声は弱々しく聞き取れず、男性の声は荒々しく聞き取りにくい。

 ただ、何かに対して言い争っているようだ。

 私と同じように窓を開けているのか、少し隣の部屋に近づくと会話の内容が鮮明になってきた。


「どうして、いつもそうやって……私の話を聞いてくれないじゃないですか」

「だからって話し合わずに逃げたのか? お前はいつもそうやってっ!」


 ガッシャン!

 何かが割れる音がして、驚いた私の体は思わず震えた。


「お前は俺にだけ従ってればいいっ! 他の奴にも関わるな、いいな」


 男性の怒鳴り声に、彼女はか細い声で『わかりましたから、お願いですから、静かに』とだけ返していた。

 私はここで確信した。

 この男性から彼女は逃げるために引っ越してきた。それがなぜか、居場所がバレてしまった結果が現在なのだと。

 他の奴に関わるなと念を押している様子からわかる通り、彼女の態度が急変したのも男性が原因だと考えられる。

 彼女にお願いされたせいか、男性の声も徐々に小さくなって二人の会話は聞こえなくなった。


 このままでは、彼女が危ない。

 しかし、私ができることは間接的なことしかない。

 どうすればいいか、私は生ぬるい風が吹くベランダで考えた。

 正確には、すぐに動けなかったのだ。

 こんなドラマのような場面が自分の傍で起きるなんて、思いもしなかった。


 私は一つの答えを導き出した。


 ***


 インターフォンのチャイムが鳴ると、オドオドとした彼女ができた。


「ご、ごめんなさい。今、忙しくて」


 ドアチェーンの向こう側の彼女は、そう断りを入れて来たが。

 私は静かに扉に手をかける。


「待ってください。私の話を聞くだけでいいので」

「……巻き込むわけには」


 私は静かに玄関の靴を見る、そこには大きな靴がない。

 どうやら、あの怒声の持ち主はいないようだ。

 チャンスは今しかない。


「お願いします。ただの世間話……昨日見たドラマの感想だと思ってください」  

 彼女は私の言葉に弱々しく頷いた。

「主人公が新しい場所に引っ越してきた理由が、やっとわかりました。あくまで私の類推ですけど。主人公は誰かから逃げるために、新しい土地に来たのだと思います」

「……私もそう思います」


 私の類推を、彼女は静かに肯定した。


「しばらくは脅威から逃れられた主人公でしたが。突如として、その脅威が居場所を突き止めてしまった」

「……」


 彼女は黙ったままだが否定をしないため、私は続きを話し出した。


「結果、彼女は引っ越す前と同じ生活をしている。あれだけ明るかった主人公が周りを避けているのは、そういう理由だと思うんです」

「私も、そうだと。思います」


 彼女は扉を支えていない方の手で、口元を押さえながら答えた。

 震える声で私の類推を肯定した彼女は、泣くことを堪えているのか俯いてしまった。 


「古久美さんは、この主人公と同じ状況ですよね……?」

「……はい」


 私の言葉に彼女は頷いた。


「どうして、言ってくれなかったんですか」

「巻き込みたくなかったんです。一人でどうにかしないと、誰かに迷惑をかけたくなかったので」


 彼女は多くを語らなかったが、おそらく私を今までの二の舞にしたくなかったのかもしれない。

 だからこそ、男性の言う通りにしていたのだろう。


「今、あの人は居ないですよね」

「はい」


 彼女は力強く頷いた、私は彼女に『ここを開けてください、一緒に考えましょう』と声をかけた。


「ありがとうございますっ、私、私……ずっと心細くて」


 彼女はボロボロと涙を流して、私の目を見た。


「チェーンを外すので、一度扉を閉めますね」


 彼女の言葉に私は頷いて手を離すと、扉は静かに閉められてチェーンが外された音がした。


「本当にありがとうございます、たすかります」


 扉を開いた彼女は微笑んでいた。男性が来る前の朗らかな笑顔で、私は家に招かれた。

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