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選ばれなかった紫色の侯爵令嬢~歪んだ心はきっと死ぬまで戻らない~  作者: 紺名 音子


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第13話 呪術を継ぐ者


 学院を卒業して館に戻ってから、約二年半が経過した。


 次期当主として必要な引き継ぎを終えて、後は呪術をわずかに残すのみ――となったところで、コンカシェルから<四人目の夫を迎えた>という恐ろしい手紙が届いた。


 何でも闘技場の奴隷戦士らしい。

 <全身傷だらけで《《可哀想》》になって介抱し、護衛として雇う事にしたら《《好かれちゃった》》>らしい。


 侯爵の身分で奴隷と結婚した事も恐ろしいけれど、何より恐ろしいのは同じ手紙でモーベット卿との子どもが産まれたという出産報告もしてきた事だ。


 胎児をその身に宿した状態でなお他の男を落とすというまさに女豹、いえ女豹以上の獣と呼ぶに相応しい隣領の女侯爵(コンカシェル)には今後絶対にフレンヴェールを会わせない――改めて決意しながら読み進めていくと、内容は唐突に悩み相談へと変わった。


<ウィーちゃん、私、今困ってる事があるの。実は公侯爵の集まりに皆連れてったら隣領の侯爵に『愛人侯』だの『女豹』だのって呼ばれるようになって……言い争って喧嘩したくないから耐えてたら、その呼び名が皇国中に広まっちゃったみたいで……>


 その侯爵、良い仕事するわね――とは思ったものの、コンカシェルが精神的にまいっているような文章にちょっと憐れみが湧く。


 『超人侯』や『武人侯』といった誇れるような呼ばれ方ならともかく、自分がもし『愚人侯』や『凡人侯』、『愛人侯』などと呼ばれたら確かに良い気はしない――と半ばコンカシェルに同情しながら読み進めていく。


<それに、アルマディン領の女の人達、元々私が複数の男の人と結婚した事を良く思ってなかったみたいで……男の人にはこれだけの美しさだから一妻多夫になるのは仕方ないって庇われてるんだけど、女の人には『桃色尻軽娘』、『雌猫』って陰口叩かれてるみたいで……私もうどうしていいか分からなくって……数も多いから黙らせられないし……皆は気にしなくていいって言うけど……>


 色々と突っ込みたいところはあるのだけど、彼女は隣領の侯爵――両領の外交上、突っ込むのは得策ではない。


(それに、いつになく深刻に悩んでるみたいだから、助言に徹してあげた方が良いわよね……)


 1つため息を付いた後、机の引き出しから薄紫色の便箋と羽ペンを取り出し『結婚と出産おめでとう』という字を書いた時点で(でも今回の結婚相手と今回出産した子、父親が違うのよね――)という微妙な気持ちが生じて、ペンが一瞬止まる。


 けれど(文面的にはおかしくないわ)と構わず進めていく。


<貴方は可愛いし、愛嬌も愛想もあるから『男』は大抵の事を見逃してくれる。だけど『女』はそうはいかない。愛嬌や愛想とその人の行動は別物として考える人が多いわ。まして愛嬌振りまいて男の賛同を集めて好き勝手やってる女に嫌悪感を持つ女は多いと思うから、メソメソしてたら逆効果よ>


 自分がこれまでもらった苦言からして、男が女の愛嬌と愛想に弱いのは間違いない。


 そして『愛嬌振りまいて男の賛同を集めて好き勝手やってる女』とは魔導学院にいた頃のコンカシェルに対する陰口の要約だ。

 私もコンカシェルに対して未だにそういう感情を持っている。


 そういう女性がどうしてきたら、この気持ちを緩和させる事が出来るか――できるだけ確実な方法を考えてみる。


<その状況を打開したかったら、とにかく女に尽くしなさい。少なくとも、自分達の為に尽くしてくれる女が多少非常識な行動を起こしててもそこまで悪く思われないはずよ。男を貶める必要はないわ、ただ女性の声に耳を傾け、受け入れ、全力で応じるようになさい。それをやっても駄目だった人だけ黙らせればいいのよ>


 もう少し丁寧に書いた方が良いかしら? とも思ったけれど、こちらとあちらの住人の気質や性格の違いもあるから詳細に書く事で逆にこじれてしまう可能性もある。


 ひとまずこれで言いたい事は伝わるだろうし、コンカシェルなりに解釈して改善に向かうでしょう。


 最後に<応援してるから。体に気をつけてね>と定型句と署名を記入した紫色の便箋を封筒に入れてサロメに出しておくように伝えた後、私はお父様の待つ地下へと向かった。




 書庫の隠し部屋から繋がる地下、様々な色が灯るカンテラがいくつもかけられた部屋で私達の呪術の引き継ぎは行なわれている。


 瞬間的に火や水を出したり一時的に相手を拘束する魔法に比べ、相手の体力を奪ったり災厄を引き寄せたり、動きを長時間制限したりする呪術は厄介な性質なものが多い。


 その中でも特に悪質、凶悪とされる呪術は使用すると罰せられるものがある。


 例えば魔力のみで構築する呪術ではなく、生命力や特定の媒体を使用した強力な上級呪術は使用した者が重く罰せられる『禁術』に認定されている。


 しかし――罰する為には、その罪を証明しなくてはいけない。


 あるいは人が罪を犯す前に捕える為には、媒体となる動物や植物を取り寄せる動きがあった時点で『それとそれをこういう風に組み合わせれば、こういう呪術が成立する』と立証できる人間がいなければ裁く事が出来ない。


 どちらも、呪術に関して豊富な知識を持っている者がいなくては成り立たない。

 そう、呪術は「《《悪用されては困るが、悪用を未然に防ぐ為に絶やす訳にもいかない術》》」なのである。


 また生命術や特定の媒体が使われた呪術の場合、解呪の際にもその媒体あるいはまた別の媒体が必要になってくる事が多い。


 それは呪術に限らず、毒にも言える事。

 ある薬草の成分と、ある虫の成分を一定の分量でこの手法で混ぜ合わせれば――というのが毒や薬の考え方なら、ある薬草の魔力と、ある虫の魔力を一定の分量でこの手法で混ぜ合わせて決まった魔法陣を描けば――というのが特定の媒体を使う上級呪術の考え方。


 毒や薬が肉体に直接作用を及ぼす物なら、呪術や祝福は間接的に作用を及ぼす物――そういう毒や呪術を悪用されないように覚え、皇国の為に禁忌に触れる事を許された家がいくつかある。マリアライト家もその1つ。


 マリアライト家の人間は皇家の厚い信頼の元、魔力の代わりに生命力を利用した『命術』や、人を一定期間意のままに操る強力な催眠術などを扱う事が許されている。

 そしてそれら禁術の中でも特定の媒体を使用した媒体術は『当主』だけに引き継がれていく。


 マリアライト家とて人の血筋。悪の心を持つ者が生まれないとは限らない。


 だから跡継ぎ候補になり得る者には成人するまでにあえて多少の禁術を覚えさせ、悪用する事がないか、更生して立ち直れるか、当主として更に上の呪術を学ぶ資格があるかを見極める。


 それだけ当主が学ぶ上級呪術はリスクを伴う、凶悪なもの。


 人の手で扱うにはあまりに強力すぎる事や媒体が何であるかの情報が外部に漏れれば悪用される事から、本にも断片的な情報をだけを残し、後は見せて使わせて学ぶ――その膨大な量に、教えられる私も教えるお父様も、必死だった。



 呪術の引き継ぎが始まって初めてこの部屋に入った頃から2年半経ち、余命半年を切ったお父様は咳き込む回数が増えた。

 背中もずっと小さくなった。


「……私が学院を卒業するまで待たずともよろしかったのに」


 私が中等部を卒業した頃に呼び戻せば、今頃は己の体に鞭打たず穏やかな死期を迎えていたかもしれない――毒イモリの体から赤黒い魔力を一定量抽出しながら呟くと、それを見守っているお父様が一つ咳をした後に言葉を紡ぎ出す。


「マリアライト家の人間が中退など、恥でしかない……それに、学院でしか詰めぬ経験を積んでほしかった。私はお前に辛い事だけを学ばせたくなかったのだ。良い経験も悪い経験も全て飲み込んでこそ、マリアライト家は呪術を正しい方向へと導き、祝歌で平和へと導ける……」


 お父様の言葉を聞きながらピンクローパーの触手から粘液を絞り出し、コンカシェルの魔力の色より少し薄い桃色の魔力を一定量取り出す。


 手袋越しとは言え、催淫効果を持つピンクローパーの粘液を扱っているせいか、ちょっとクラクラして動悸がする。


「実際、両立は難しいがな……祝歌には感情が強く影響する。人を呪い慣れた身で穢れも悔いもない感情でいろ、というのは酷な話だ。愛しい人や子の幸せを願う事でそれが可能になる時期もあるが……」


 先程の赤黒い魔力と桃色の魔力を、水が持つ不純物や本来の魔力を取り除いた精製水に漬け込むと、透明だった水が毒々しい桃色の水になる。


 毒や催淫効果を持つ物から取り出したとはいえ『魔力を混ぜ合わせた物』でしかないので、この水を飲んでも特に害はない。


 体の中に毒々しい桃色の魔力が入り込むだけで、それも1日も経てば自然に排出される。


「大人になった子は親から離れていく。親が抱く愛も自分が命を賭けてでも守ろうとする絶対的な愛から、子の背中を見守り信じる愛に変わっていくのだ。その変化は人としてごくごく自然なものだが、祝歌を歌う点においては致命的な劣化でしかない」


 素っ気ないけれど温かみのある寂しい言葉を心に染み入らせつつ、スポイトで抽出した魔水を魔紙に垂らしていく。

 陣が完成したので発動させてみる。


「……だから、お前達が成長して自分の引き際を悟った今、例え余命が10年20年残っていたとしてももう祝歌の伴奏はできん……ああ、成功だ。それが相手の理性を奪い見境なく発情させる<狂情の呪い>だ。事を成せば、効果もすっかり消え失せる……ごほっ……まあ媚薬と同じだ。こちらは証拠が残らないのを良い事に、受胎魔法と合わせて既成事実を作ろうとする貴族達が使う事が多い」


 呪術の対象となっているネズミ達を見ながら、淡々と呟くお父様の温かい言葉をこんな卑猥な呪術の再現中に聞く事になるなんて――と思ったけれど、残された時間は少ないのだから仕方ない。


 引き継ぎを全て済ませた後すぐに亡くなられるのは、あまりにも寂しいもの。


 一日でも早く全ての呪術を学んで、少しでもお父様に穏やかな時間を提供してあげなくては。


「今回は手に入らなかったが、陣のここにヒールスライムの魔力を垂らす事で被術者が術にかかっている間の記憶も消せる。まあ、当人の記憶すら隠滅させる呪術など滅多に使う者はいないが……知識として覚えておけ」


 指で陣の中央近くをくるっと囲う仕草をして、お父様はまた1つ咳をする。


「それにしても……お前は本当に物覚えが良くて助かる。そろそろお前の爵位継承の日を決めても良い頃合いだろう……それに合わせてフレンヴェール君との結婚式も考えなくてはな……」

「結婚式、ですか……」


「ああ……前に言っただろう? 私は、お前達の幸せな姿を見届けてからリラに会いたいのだ」


 そう言うとお父様は私の顔をゆっくりと覗き込む。

 短剣一本くらいの距離で止まって、懐かしそうに目を細める。


「魔力での視力調節ももう限界でな……もうこのくらい近づかないとお前の顔もハッキリ見えん……お前の結婚式のドレス姿をちゃんと見られると良いんだが……」


 口元を緩め力なく微笑むお父様に対して、私は少し口角を上げる事くらいしか出来なかった。



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「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~」ではウィスタリアも子ども達も出てきます。

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