貴女に新しい居場所が出来たと聞いた日のこと。
今日、貴女に新しいが居場所が出来たと聞いたよ。
あれから1年経つんだもんね。
さよならを言ったのは僕だったのに。
全部あの時覚悟したはずなのに。
おかしいよね、涙が止まらないの。
今も何かの拍子に連絡が来ないかと思ってしまう。
僕は貴女と知らない誰かの幸せを願えるほど優しい人じゃないみたい。
きっと結婚式の招待状は来ないよなあ。
こんな愚かで哀れで惨めな言葉たちがどうか貴女に届きませんように。
1人で映画を観に行った雨予報の日曜日。
貴女とよく来ていた映画館へ。
僕は何を思ったのか、あの時と同じ帰り道を歩いてみることにした。
貴女が好きだと言ってくれた洋服を着て、貴女がくれたピアスと香水をつけて行こう。
傘は持たずに。
少しでもあの時に近づきたかった。
ニ度と会うことのないだろう貴女をもう一度だけ側で感じたかった。
甚くて苦しいのは分かっていても、自らその境界に足を踏み入れたくなる。そんな日もある。
雨が降ったとしても少し濡れるくらい別に良しとしようと思える日があってもいい。
そんな気分にさせられたのも全部映画のせいにしよう。
映画が終わり、外に出ると雨は降っていなかった。
予報の時刻まではまだ時間があるようだった。
僕は3万円のワイヤレスイヤホンを耳に挿し、音量を80まで上げ、現実から自分を隔絶した。
プレイリストの欄から"名称未設定フォルダ"を選ぶ。
そして、いつものように少し左を空けて歩き出した。
毎回寄って帰った公園とスーパー。
映画好きの僕ら、Netflixに無い映画が観たいからと貴女の家の近くでカードまで作ったTSUTAYA。
ただの歩道、ひとつひとつの信号。
どこを切り取っても貴女がいた。
頭から足先まで自らの傷に塩を満遍なく塗るように感傷に浸った。
甦る記憶、貴女との会話。
たくさんたくさん話した。
今日までにあった事、次のデートの予定、仕事の愚痴、友だちの話、家族の話、昔の話、将来の話、、、。挙げ始めたらキリがない。
あとは貴女の声、笑い声、僕の名前を呼ぶ声。
僕が貴女に告白したのも帰り道にある公園だった。喧嘩したこと、手を繋いだこと、キスをしたこと、数多の貴女の欠片がそこら中に散らばっていた。
全て昨日のことのように鮮明に思い出した。
綺麗に忘れられたらどんなに良かったか。
希薄化した記憶を丁寧に上からなぞっていった。
たった1年ではさほど街は変わらない。
ずっと工事をしていた場所には綺麗な建物があり、見慣れない新しいお店が2,3個オープンしていたくらい。
僕はそれに少し安心した。
なんでもない街並みからも貴女を感じられるから。
ただ、貴女の家の前だけは通れなかった。
君にもらったピアス。
片方失くしたけど今もつけてるよ。
1つしかなくてもその輝きは充分すぎるほどで。
いつもの帰り道、思い出の場所、くだらない喧嘩。
そんな唯一の平凡も、一瞬の永遠も、退屈な幸せも。
全部が僕の記憶に成っていく。
後悔と孤独の結晶として今も僕の右耳で光を放つこれをいつまでも慈しんでいよう。
このピアスをつけ続ける限り僕は君を忘れられない。
予想通り、つらかった、くるしかった。
それでも良いと思えるほど僕はまだ大人じゃないけど。
忘れたくない気がする、この気持ちだけは信じてみる。
ちゃんと僕の中にまだ貴女がいることが分かった。
そんなことを考えながら1人で歩いたあの帰り道は昔より短く感じた。
貴女が今どこで何をしているのかは知りたくない。
僕はまだここにいたい。
僕はあの時、あの瞬間に恋をしている。
愛し続けている。
多分、これからもずっと。
駅前で無数の月を見上げる僕の頬を予報より早い小雨が静かに濡らした。
そうだ。
毎朝、起きるたびに横に居たはずの貴女を思い出そう。
毎朝、眠い目を擦りながら挨拶をしよう。
「おはよう。」
もう返ってくることはないけれど。
毎朝、少し早く起きる努力をしよう。
いつも僕より早く起きていた貴女に倣って。
毎朝、少し多めの朝ご飯を用意しよう。
朝からたくさん食べていた貴女を想って。
忘れたくても忘れられない。
だからずっと覚えていよう。
朝食を終えたら煙草に火を付けつける。
煙草が嫌いだった貴女はもういない。
朝焼けの橙は煙に溶けて揺らいでいく。
貴女が他の誰かの嘘で汚されないように、この記憶の中だけは僕がちゃんと色を塗り続けるから。
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