夢を描く今
【逃げるなら今?】から始まった短編の6作目です
キャーキャーと窓の周りが騒がしい。
「どうしたの?」
「なんかキレイな顔の冒険者が通りをウロウロしてるんだってー」
「あれならお客できたらサービスしちゃう」
「娼婦よりキレイな顔ってどうなのよ」
「男だから、あれすっぴんでしょ?」
「うらやましー」
「大剣持ってるし冒険者よね?貴族かしら?」
「ふーん」
窓の近くに、更に女性が集まる。
ここは、王都の花街にある高級娼館だ。
私は、二ヶ月前にここに来た。
私の生まれた家は、この国の侯爵家だった。
家族仲は冷え切っていて、12歳で母が亡くなると、父は愛人を後妻にした。
後妻の連れ子は私の一つ上で、どう見ても父の血は継いでいないのに養子になった。父に愛人がいた事にも吃驚したが、騙されてることに気付かないことにも吃驚した。
あらゆることに無関心な父に忠告は無駄だったようで、あっという間に図々しい後妻と連れ子に家は掌握された。
潤沢な資産のあった侯爵家は、二人の散財で年々資産を減らしていった。
第三王子との婚約は、私が八歳の時に決められた。
父は無能な王子を王家から押し付けられたんだなと幼いながら察した。
初対面から、王子のマナーも言葉遣いも酷い有り様だった。婿入りの王子が傲慢で無能なんて、王家は侯爵家を潰す気なのかと考える程だった。
そんな無能な王子と図々しい連れ子は、出会ってすぐに見事に意気投合した。
婚約解消はいつだろうと数年待っていたら、ある日、王子に毒を盛ったという冤罪をかけられ牢屋に入れられた。そして、処刑を覚悟していたら娼館に売られていた。
たぶん、連れ子が娼館を勧めたのだろう。私を甚振るのが好きな子だったから。
まあ、婚約解消後は修道院行きを予想していたから、この展開には吃驚した。あの悪魔のような人達を、私はまだ理解しきれていなかったようだ。
私が売られたこの娼館が高級娼館だったのは奇跡だ。正直に言って、侯爵家よりものびのび過ごせている。
誰かが手を回してくれたような気もするが、売られて数日後にお客を取らされた後には、よくわからなくなった。
冤罪を晴らす気があったなら、お客を取らせずにここで匿う選択があったはずだ。だから、たまたま高値をつけたのがここだったってことなのだろう。
他の娼館を知らないから比べられないが、宛てがわれた部屋は広い方なのだと思う。部屋には大きなベッドと二人掛けのソファとローテーブル、トイレに浴室、クローゼットには質素なワンピースと仕事着のランジェリー、鏡台がついていた。
数日に1〜2人の客を取り、時間がある時は自室で読書や刺繍をするか、待機室で同僚とおしゃべり。
うるさい王子と陰湿な令嬢の相手をしなきゃいけない社交界や、後妻と連れ子の嫌味やヒステリーで頭痛が絶えなかった侯爵家と比べれば、ここは楽園だ。
「あ、またこっちくるよー」
「なにか探してるのかな?」
なんとなく、窓に近付いた。
外には、綺麗な銀髪の男性が歩いていた。
革の編み上げブーツに何かの魔物の革でできている高そうなロングコート、背中には大剣を背負っている。服装は見るからに冒険者なのに、手入れの行き届いているサラサラの髪と整った横顔が貴族のようにも感じさせた。
ぼーっと眺めていたら、急に彼がグリンッとこちらに顔を向けて目が合った。彼は私を見ると破顔して走り出した。
心臓が痛いくらいにドキドキする。
何かが「彼だ!」と告げている。私は、初めての感情に混乱した。
しばらくすると、オーナーが待機室に私を呼びに来た。
「フィーナ、お客様です」
「はい」
窓際にいた同僚達が騒いでいたけど、まだ混乱していた私には聞こえていなかった。
「お客様は、フィーナの身請けを希望されている。見極めなさい」
お客様の待っている応接室のドアの前で、オーナーが振り向いて言った。
そして、ドアの向こうにいたのは、さっきの彼だった。
「やっぱり君だ!」
銀髪の彼は、私を見ると嬉しそうに笑いながら近付いてきて、私を抱き上げた。
「きゃっ、なに!?」
「ああ、急にゴメンね」
銀髪の彼は、シランと名乗った。
そして、いきなり求婚した。
「ちょっと歳が離れ過ぎかもしれないけど、たぶん俺長生きするから大丈夫!」
「いや、えーっと?お幾つですか?」
「ああ、39歳だよ。フィーナは?」
「17歳です」
「若いな〜オジサンはダメかな?」
どう見ても20代前半にしか見えない美青年が、全く似合わない台詞を吐いた。困った顔をして首を傾げる姿にキュンとする。
どうしよう、騙されてるのかしら。
私の困惑を察したのか、どう説明したらいいかな?と彼は悩み始めた。
「あ!ここにいま両親を連れてきてもいいかな?」
「ここ娼館ですけど…」
「気にしないと思うから連れてくる!少し待ってて!」
言った瞬間、彼は目の前から消えた。
《転移》の存在は本で知っていたけど、まさか見る機会がくるとは…
10分もしないで、彼は戻ってきた。でも、連れてきた二人はどう見ても若い。
男性の見た目は20代半ばくらいの美丈夫だし、女性の方は同い年くらいにしか見えない美少女だ。
『ハーイ!初めまして、シランの母のリリーよ』
『初めまして、フィーナです』
「ちょっと母上、ここ西大陸!」
「あら、ごめーん。フィーナちゃん、南大陸の言語わかるのね?」
「少しだけですがわかります」
「良かった!我が家は南大陸にあるから、お嫁に来たら覚えることになるの」
「えっ」
一応、王子と婚約してたから、他大陸の言語を少しだけ学ぶ機会があった。でも、自己紹介や挨拶くらいの軽いものだ。
まさか他大陸の人達だったなんて。もし、身請けをされてから捨てられたら、簡単にはこの国に帰ってこれない。言葉も通じないところで、生きていける…?
私の顔が青褪めたのを見て、リリーさんが慌てて抱き締めてきた。ソファに座らされると、リリーさんが話し始めた。
「ごめんごめん、大丈夫よ。不安に思った事は言ってちょうだい。先に少し私達家族の説明をするわね?私と彼がシランの親なのだけど、見た目が若いのはレベルか魔力が関係してるの。これはまだ研究中だけど、寿命が延びた為に老いるのが遅くなっていると考えているわ。彼の実年齢は64歳で、私は55歳よ」
私は絶句した。
無理、見えない。どう見ても10代の美少女です!
「それと、私達夫婦は冒険者をしていたの。【救いの魔女と魔女の守護者】って知ってるかしら?今は、南大陸で【学園都市】を運営しているわ」
知ってる!嘘でしょ!すごい有名人!
私、学びに行きたかったです学園都市!
ああぁぁァ、私、いま人生で一番混乱してる。
「私達の家族は4大陸の言語が話せるから、フィーナちゃんが覚えるまでは、西大陸の言語で問題なく過ごせるわ。お勉強は、学園で学んでもいいし、家で学んでもいい。シランとすぐ結婚してくれるならシランと一緒に住めばいいし、不安なら客室で過ごしてもいい。どうかしら?他に不安な点はある?」
「あの、何故私なんですか?」
「あら?シラン?」
「《直感》なんだけど、説明が難しくて」
「うーん、そうねえ。シランには《直感》のスキルがあるんだけど、これは簡易な神の導きなの。すごく胡散臭く聞こえるかもしれないけど、貴方はシランの【運命の人】ってこと」
「運命の人…」
確かに胡散臭く聞こえる。でも、すごく納得した。
「ふーん?フィーナちゃんも何か感じたのね?」
「ぁ、ハイ。最初に目が合った時に…」
「その感覚は無視しない方がいいわ」
「でも、私、娼婦ですし…」
「仕事でしょ?気にしなくていいわよ」
「それに、冤罪ですが、罪人なんです…」
「なにそれ詳しく!」
私はリリーさんに問われるまま、いつの間にか生い立ちを話していて、ここに来るまでの経緯を語っていた。
リリーさんは、聞き上手過ぎた。
「ふーん、ムカつくわね。そいつらに復讐したい?」
「…うーん、正直なところどうでもいいです。あの人達から離れられて良かったと思ってますし」
復讐は、考えた事なかったな。
あの王子と結婚するのは嫌だったし、義母と連れ子がいる家にはもう戻りたくない。父も別にどうでもいい。
領地が心配だけど、私が戻ってどうにかできるとは思えない。
「うん、シランのことを抜きにしても身請けしましょう。そいつら、フィーナちゃんにまた何かする為に生かしてる可能性が高いわ」
「ちょ!母上!俺を抜かさないで!」
「じゃあ、いま口説きなさい」
リリーさんに焚きつけられて、慌てて駆け寄ってきた彼が跪き私の手を握った。
「フィーナ、大切にする。俺と結婚して欲しい」
「私、純潔じゃないですよ…?」
「ああ、貴族は気にするみたいだけど、そんなこと平民は気にしないよ。流石に、こんな歳じゃ俺も初めてじゃないしね。大丈夫!」
「私、お料理はできません。お洗濯やお掃除も下手です。刺繍くらいしかできません」
「料理は俺が出来るから、一緒に作ってみよう。洗濯や掃除は魔導具や魔法があるから教えるよ。刺繍は今度プレゼントして欲しいな」
「…私、普通の家族がわかりません」
「うーん、俺の家族は仲が良いけど、普通ではないから、そこは気にする必要ないかな?」
「私、貴方を愛せるかわかりません」
「いいよ、一緒にいてくれれば。もし、本当にダメな時は話し合おう」
「ぐす…私でいいのでしょうか…」
「フィーナがいいんだ!やっと君を見つけたんだ」
いつの間にか溢れた涙の理由はわからない。
背中を撫でてくれるリリーさんの手の温もりと、ずっと握ってるシランさんの手の温もりから離れたくない。
「君を歓迎する。シランが君を守るよ」
ずっと黙っていたシランさんのお父様が、私の背中を押してくれた。
私はボロボロ泣きながら、肯くことしかできなかった。
初めて知った私の身請け金は、吃驚するほど高額で、侯爵家でも一括で払う事はできない程だった。
身請けに同意してしまったことを後悔する私に、リリーさんは笑って言った。
「ああ、これくらい端金だから気にしなくていいわよ。フィーナちゃんが気になるなら、ウチでお勉強や訓練をしてから稼げばいいわ」
美少女にしか見えないリリーさんのその言い草に、いつも微笑んでいるオーナーの口元が引き攣っているのをみた。
学園都市に移動してからの日々は、まだ楽園の上があったのかと思うほどに素晴らしかった。
慣れるまではと、リリーお義母様とシルお義父様の家に同居となった。
シランさんがお仕事をしている昼間は、シランさんの二番目の妹のミシェルちゃんと一番目の妹のアイリスさんの子供たちと一緒に勉強や訓練をした。
教師をしてくれたのはシランさん、リリーお義母様とシルお義父様、一番目の妹のアイリスさんとその旦那様のクラウスさん、弟のノエルさんだ。
色々なことに挑戦させてもらった。その中で私は、魔法薬作りと魔弓に適性があったようで、本格的に習い始めた。
苦手だった料理は、毎日みんなでご飯を作ったり、お菓子を作って食べていたら、自然と出来るようになっていた。
マナーを気にせず家族と一緒に食事をするのは、とても楽しいことだったらしい。そういえば、実家では料理の味がしなかったなと、ふと思い出した。
シランさんのお休みには、学園都市を案内してもらったり、《転移》で他国にデートに連れてってもらった。今まで生きていた世界が、とてつもなく狭かった事を知った。
リリーお義母様が作ってくれたり、買ってくれる服や装備は、侯爵家で買っていたドレスや装飾なんて目じゃないほどの高級品で、私の身請け金が本当に端金だったのだと実感した。
学園都市の図書館はとても大きくて、本の数も膨大だった。一生をかけても読み切れない気がする。
興奮して見て回る私に、リリーお義母様が言った。
「フィーナちゃんは本が好きなのね。シランとの冒険に満足したら、ここの司書として働くのもいいんじゃない?それとも、何か編纂してみる?」
私は初めて、将来の夢を持った。
決められた未来はもうとっくに白紙になっていて、私が描くことができると気づいた。
「フィーナ」
私の名前を甘く呼ぶ彼は、確かに運命の人だ。
私達はお互いを、幸せにも不幸にも出来る存在。
もう、彼のいない未来など考えられない。
「シランさん、私、貴方との子供が欲しい。でも、まだまだ外の世界もみたい。それに、いつか司書として働いてみたい。他にもね、たくさん叶えたい夢ができたの」
「フハッ、そうか!全部教えてくれ。俺が叶えてあげられる夢はどれくらいあるかな?」
「あのね、お義母様がつけてるみたいな指輪が欲しい」
「ああ、それならホラ。お揃いの指輪が出来上がったんだ」
プラチナの指輪には、ルビーとオニキスが嵌っていた。繊細な彫刻が美しい。
「母上が言うには、夫婦がつけるお揃いの指輪は結婚指輪って言うらしい」
指輪を嵌めた手を重ねた。私は、心からの笑顔を浮かべた。
「ありがとう。一つ夢が叶ったわ!」
学園都市にきて一年が過ぎた頃、リリーお義母様が祖国のことを教えてくれた。
学園都市が開発した親子鑑定の魔導具と血統管理の法案を提供した国に、私の祖国も入っていたらしい。
そして、私の元婚約者の第三王子は側妃の不義の子だったことが発覚した。
側妃と第三王子は処刑され、調査の際に国庫に手をつけていたことが発覚した国王陛下は幽閉され、第一王子が先日即位したそうだ。
他の貴族家でも、親子鑑定の魔導具は秘密を浮き彫りにすることとなった。
それは私の実家の侯爵家も同様で、結果として父の弟が侯爵家を引き継ぐことになったそうだ。
義母と連れ子は離縁後に逮捕され、父は領地に引きこもり、領主代行の書類仕事を黙々としているらしい。
私のことを祖国で探していたらしいが、第三王子と連れ子が冤罪で投獄後に無断で娼館に売ったことが発覚。身請け後の足取りを追うことは諦めたらしい。
連れ子も、近々処刑されることになりそうだ。
彼らの末路を聞いても、特に気分がスッキリするようなことはなかった。
だって、彼らは私の人生からもうとっくに退場している。私は今、彼らとは別の場所で幸せに暮らしているのだ。
「フィーナ、大丈夫?」
私の運命の人。幸せを教えてくれた人。夢を叶えてくれる人。
「ええ!大丈夫!私は今、幸せだから!」