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ディプシード  作者: 冬ノゆうき
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はじまり


それはとても暗い場所にあった。


それはとてもとても深い場所にあった。


それが単純に生物の多くが立っている大地より奥深くに存在するのか、それともこの世界とは異相な場所に存在しているのかはわからない。

ただ言えることは、人類では手の届かないような深い場所にそれは存在していた。

それは邪悪な者には心地よく、心清らかな者には吐き気をもようす強烈な負気を放っていた。

まるでこの世の邪悪なモノが凝り固まってできた、もしくは邪悪なモノがここから世界に向けて放出されているかのようなだった。


そしてそれは椰子の実のような形状をしていた。

そのため誰がつけたか知らないが、それを人は深い場所にある種『ディプシード』と呼んだ。


ただし、人でこの種を見たことがある者はいない………はずである。



時は2055年。

世界は悪魔の恐怖に震えていた。

悪魔と恐怖されている対象は、21世紀初頭に脅威の的としておそれられていたテロや核兵器―――などでは無い。

ここで言う悪魔とは、ほんの数年前まで神話やゲームの中だけの存在だった、悪魔そのものである。


今から2年前の1月1日。

ニューイヤーに沸く世界の空に突如として悪魔が出現した。

いったいその悪魔達がどこから来たのかについては、現在も調査中でわかっていない。

ただはっきりとわかっていることは、突如現れたこの何十万もの大小様々な異界の生物達は、街を破壊し、人間を殺すことを目的としていたということだ。

もちろん人類も無抵抗にやられたりはしなかった。

しかし人類の兵器が通用するのは悪魔の中でも下級の存在に対してだけだった。これら下級の悪魔は、普通の人間に翼や爪が生えた程度の姿をしており、悪魔軍団の中では先兵のような使い捨ての存在だった。

人類はこれら強さがまちまちな悪魔をレベル分けして対策を立てているが、人類の兵器が効くのは最下層のクラス1とクラス2の一部にのみ。

クラス3以上に分類されている悪魔達になっては機銃の弾もミサイルの衝撃もまったく効かない。それでも抵抗しようものなら、彼らの強靱な肉体から繰り出される攻撃によって人は肉片に、兵器は鉄片に変えられてしまう。

そんな相手に対して武装した兵士達にできる事と言ったら、みんなが逃げる時間稼ぎをする事ぐらいだった。


そんな暗雲立ちこめる時代の大都市『東京』

2年前まで副都心として隆盛の絶頂にあった新宿は、悪魔の先制攻撃によって新年を祝っていた人々もろとも、一夜にして焼け野原となってしまった。

今になっても高層ビルを構成していたセメントと鉄筋が片づけられもせず残骸となって散らばっている。

東京都内でももっとも被害の集中したこの地域一帯を今では『新宿廃墟』と人は呼んでいる。


その新宿廃墟の一角を一台の乗用車が走っていく。

車体には「防衛省」の文字が見える。

一応廃墟の中にも道らしきものは奔っているが、瓦礫をどかしただけで綺麗に再舗装されているわけではない。そんな放置されている道なので、振動によって車体が激しく上下しているのがよくわかる。

しばらくそんな悪路を進むと、瓦礫の野にぽっかり緑の空間が見えてくる。その緑の空間は日本庭園と思われるが、廃墟にぽつんと存在するそれは、どこか砂漠の中のオアシスを連想させる。

さらにその庭園の奥には現代では珍しくなった平屋の日本家屋が伺えた。

悪路を走りきった車はその日本家屋の玄関の前につく。

中からはスーツ姿の男性が2人降りてきた。2人とも小役人といった風貌で、共にかなり具合の悪そうな顔をしている。

「せ、先輩……すごい道でしたね」

「まったくだ………2回目だがまったく慣れん……」

2人のうち年配と思われる男が、顔色の悪い若い男性の方を気遣いながら愚痴る。

「何でわざわざ新宿廃墟のど真ん中に家を建てたんですかねぇ。しかもこんなレトロな家を……」

「逆らしいぞ」

「どういうことですか?」

「新宿が廃墟になる前からここに住んでいたらしい」

「えっ!?そんなことありえませんよ。じゃあなんでここは廃墟になってないんですか?わざわざ建て直したとか?」

「……それはここの連中に会ってみればわかる」

「はぁ……」

若い男性はいまいち理解できないといった感じで生返事を返す。

年配の男はその態度に特に気にした様子もない。自分でも上手く説明できないことを理解しろと言うのが無茶だと分かっているからだ。

和風の玄関の前に立ち、空に手を翳す。

「それにしても暑いな……」

そう言ってしたたる汗のハンカチで拭う。

8月の炎天下。

今年も例年と変わらず、激しい猛暑だった。

この猛暑だけは悪魔が出現する前から変わることはなかった。



2人が玄関の前に立つと、それを待っていたかのように目の前の古めかしい木の門がすぅーっと開く。

開いた門の向こうには若草色の和服に身を包んだ女性が立っていた。

年頃は10代後半ぐらいに見えるが、そのとても整った顔立ちと、身にまとう静かな佇まいから大人の雰囲気を醸し出している。また、着物と同じ若草色をしている髪も彼女の不思議な雰囲気を醸し出す手伝いをしているようだ。

最近は髪の色を染めるにとどまらず、完全に髪を人工毛に置き換えている者も珍しくはない。彼女の見事な若草色の髪も地毛ではないのだろうか。

「何かご用でしょうか?」

「おはようございます。私達は防衛省対魔室の者ですが、上杉君はいらっしゃいますか?」

そう言って差し出した名刺を女性は受け取り、名刺と目の前の役人との顔を見比べる。

「鈴木様ですね。以前一度伺っておりますよね」

「そうです。対魔室の鈴木です。うれしいな覚えていてもらえましたか。もう半年ほど前に一度顔を出しただけだったんですが………」

「しっかり覚えております。人の顔を覚えておくのが得意ですので」

そこで初めて女性は笑顔を見せる。その笑顔はわずかな微笑だったが、並の男性ならばイチコロの完璧な微笑みだった。それは彼らも例外ではなかったようで、先ほどの暑さに参っていた時以上に顔がゆるんでいる。

ただ彼らがもう少し注意深ければその完璧すぎる微笑みには、どこか偽物もしくは作り物のような印象も受けたかもしれない。

「こっちのは対魔室の山崎です」

「や、山崎です」

先輩の後ろに控えていた青年もあわてて名刺を差し出す。

「ナビです。こちらこそよろしくお願いします」

再び見せるナビの男性を惑わす微笑みに、山崎の顔が赤くなる。

「今日は東京ガーディアンズの方々にお願いがあって参りました。団長の上杉君はいらっしゃいますか?」

「はい、在宅しております。ご案内いたしますので、どうぞお上がりください」

そう言って2人を中に招き入れた。



屋敷の中は外から見た感じより遙かに広く、そして美しかった。

「先輩。今の日本にしかもこの東京にこんな場所が残っているなんて………」

「あぁ……ここだけは特別な力が働いていているからな」

「特別な………力?」

「ここにいる人達と知り合えばよくわかるさ」

「はぁ……」

先ほどからの先輩のよくわからない説明に、疑問が増してしまった山崎。

彼がふと目を向けた庭には、美しい日本庭園と、木に集まってきたであろう小鳥の鳴き声も聞こえた。

そして、木々の奥に日本ではあまり見慣れないものが立っている。

「あ、あの先輩?」

「なんだ?」

「あれって………象ですよね?」

後輩の指さす方には、確かに象がいた。

しかも隣に立っている松の木なんかよりも遙かに体の巨大な立派な象だった。その象は何するわけでもなく、ぼ~っと突っ立っている。ゆっくりと鼻を揺らしていなければ置物かと思えてしまうだろう。

「あれは"いんどさん"です」

先頭をしずしずと歩いていたナビが足を止めて答えた。

「インド産?インド象ですか」

「いいえ、アフリカ象です」

「ぇ?」

「ミュウさんの御友人で、アフリカ出身と伺っております」

「じゃあ何でインド産?」

「いいえ、お名前が"いんど"といいます」

「あ……名前ですか……」

「えぇ」

3人が自分の話題をしているとも知らずに、いんどさんは何か物思いにふけっているような遠いまなざしをしている。でも実は何も考えてないのかも知れない。

「さぁご案内いたします」

いんどさんをしばらく眺めていた2人をナビが先へと促す。

屋敷を歩いていてもう1つ思うことがあった。外から見た屋敷も確かに大きく感じたが、中はホントにとてつもなく広かった。

そして入り組んでいた。

いったいどれだけの廊下を進み、どれだけの角を曲がったかわからなくなった頃、今まで小鳥の鳴き声と3人が廊下を歩く際にでる軋みの音しかしなかった屋敷の中に、人の声が聞こえてきた。



時間は少し戻って、屋敷の中のある一室。

八畳ほどの和室には、卓袱台と部屋には似つかわしい大型液晶テレビが置かれていた。そのテレビを前に3人の女の子が何かテレビゲームに夢中になっている。ゲームの内容はシューティングゲームのようだ。

「うっ!あっ!もぉぉぉ!このゲーム難しすぎるヨ!!」

無駄にコントローラをカクカク振り回しながらゲームに文句を言いつつも熱中しているのは、10代半ばの中華風の衣装を身に纏った少女。小柄な身体と可愛らしい顔立ちで愛らしい少女だ。

ただしゲームの機体がダメージを受けるたびに歪む顔はあまり人には見せられないものだった。

「リンリンの動きおもろぉい!」

そのリンリンと呼ばれた中華娘の隣では、Tシャツ短パン姿の野性味あふれる少女が飛び回りながらゲームをしている。歳は中華娘よりも下に見える。動きの激しさなら中華娘リンリンに負けていない。ただしこの動きはゲームにはまったく関係ない。

そしてそんな動きの激しい2人に挟まれながらも、器用に身体を逸らしながら黙々と高得点をたたき出してる女の子。両隣の子がラフなかっこをしているのに対して、きっちりとした黒いスーツで身をつつんでいる。見た目は幼いが、漂わせている雰囲気からその服装に違和感は無かった。

違和感があるとしたら、スーツ姿のその子の腰元にアンティーク風の西洋人形が寄りかかっているということだろうか。

「リンリンもミュウも落ち着いて。もうすぐボス戦ですよ」

「もう!ルカなんでそんなに上手く弾よけれるのっ!?」

「ミュウも一回も弾にあたってないぞぉ~!」

「それは実際の戦いと一緒。相手をよく見て……」

「え?はっ!うっ!!あぁぁ~落ちる!!」

「あと冷静に……」

「この!この!!むかつくネ!!」

「………」

リンリンの機体の耐久度が今にもつきるかと思われた時、部屋の障子が開く。

「あ~いい汗かいたぁ~」

入ってきたのはリンリンより少し歳上のスラリとした長身の黒髪少年だった。肩には竹刀を担いでいる。少年の顔はまだ幼さを残しながらも精悍で整ったな顔立ちをしており、かなり美形に分類できる青年だった。

今はその顔を流れる汗をタオルで拭っている。

「剣の鍛錬、お疲れ様。竜之介」

「おつかれなのだぁ~」

「くっ!くうっ!!」

「なんだ、まだゲームやってるのかよ」

顔こそ向けないがルカとミュウが声をかける。ただリンリンにはそんな余裕もなさそうだ。画面を見るとボス戦に突入している。

そんな3人と一緒に卓袱台に座って画面に目をやる竜之介。

「そんなにおもしろいのか?このゲーム」

「結構おもしろいです。それに集中力の向上とか見込めるように作成されているようです。竜之介もいかがです?」

表情を一切変えずに、面白いと薦めてくるルカ。

「(そこまで考えて作ってるかな……)その割には、ルカには簡単すぎるんじゃないか?………残り2人は集中してるみたいだけど」

「私だってそれなりに集中してます」

「そうか?」

竜之介と話しながらでも、ルカ機はノーミスでボスのHPを確実に削っていた。仲間内でも最もクールで、冷静という言葉が一番似合う娘だった。

そんなルカにはあまり効果が無いゲームな気がするが、対称的にあとの2人は特に冷静さが欠けてるメンバーだからな。と心の中で思う竜之介だった。

ボス戦に突入してリンリン機がいよいよ耐久力が0になりそうになった頃、廊下を複数人が歩いて来る音が竜之介の耳に届いた。

「竜之介。ここにいましたか。訓練は終了しましたか」

障子が開けっ放しの廊下から女性の声がする。

「ああ。ん?ナビか。どうした?」

廊下に立っていたのは若草色の髪と着物を着た女性だった。

「竜之介。お客様ですよ」

ナビの後ろには先ほどこの屋敷に着いた役人の2人が難しい顔で立っていた。その顔には明らかにこの部屋の状況に困惑した表情が浮かんでいた。

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