それなら
「アマリリスの魔女、美人だったなあ。人間の言葉喋れないのはびびったけど」
「男子はすぐそういう物差しで見る……っ」
「大丈夫かよ、紫? 頭痛いなら副会長に頼んで、もう少し休ませてもらった方がいいんじゃねえの?」
特別課外授業からの帰り道、クラスメイトたちが列を成して帰る中、菅と紫が話していた。マリの声を聞いて体調不良を起こしていた紫はまだ顔色が悪い。そのことを菅が心配するが、紫は首を横に振った。
「学校戻ってから保健室でもいいし」
「やっぱ無理してんじゃんかよ」
「違うの」
咎めようとする菅に、紫は振り絞るような声で告げた。声も体も震えている紫の姿に、菅は出かけた言葉を飲み込むしかない。
紫の目には何かを恐れるような光があった。ハイライトと呼ぶには、暗い色だ。
紫には予感があった。その予感は、良くないものだ。良くない予感ほどよく当たるというから、不安で仕方なくて、震えてしまう。
「あそこにこれ以上いたら、その方が具合悪くなる。それくらい、尋常じゃないんだよ。あんたにはわかんないかもしれないけどさ、アマリリスの魔女って……怖いよ」
紫がもう遠い植物園に振り向く。
「大丈夫かな、杉原くんと姫川さん」
杉原と姫川はアマリリスの魔女直々の指名ということで、植物園に居残ることとなった。そのことが紫は不安で仕方ない。
菅が首を傾げる。
「別に大丈夫だろ。優しそうな人だったし、なんかあれば、緋月副会長がついてるだろ?」
「うん……」
紫のどうしようもない不安が現実になるまで、あと……
「いらっしゃい。杉の子。そして杜若」
マリが普通に声を出したので、杉原はぎょっとする。姫川を見ると、彼女は平然としていた。
杉原の視線に気づき、姫川が肩を竦める。
「植物性云々の話は未だに飲み込めないけれど、私にもアマリリスの魔女の声は問題なく聞こえます。聞こえないふりをするのが大変でしたよ」
つまり、マリが杉原に話した内容は姫川には筒抜けだったということである。あまりにも壮大な話で、途方のない話で、驚いたはずだが、姫川は「聞き取れる」とバレてはいけなかった。紅葉寺に利用されるわけにはいかないから。
それに、姫川にとって、敵は紅葉寺だけじゃない。両親にすら自分が「杜若」であることを明かしていないのだ。杜若の力を求める連中は多い。だから、明かすわけにはいかない。楠魔法の儚に頼るのだって、危ない案なのだ。
「……正直、日本大震災というのも歴史の教科書にすらないですし、半信半疑です」
「ええ、記録に残らないように、当時の情報機関の人間は花にしましたから」
マリの口からさらりと放たれた言葉に、杉原も姫川も顔色を失くす。魔法を発症させる、以外にも、マリにはできることがあるようだ。緋月家がマリの存在を表に出さなかった理由がわかる。表面上はロストに対抗できる最大戦力だが、あまりにも後ろ暗いことをしすぎている。
紅葉寺のオータムコンプレックスを緋月は笑うこともできないだろう。その主犯が緋月の中にいるのだから。
「一応念押ししておきますが」
緋月が口を開く。
「緋月家はマリさんの存在を後ろ暗いだなんて思っていません。緋月家の方針は『自然の移ろうままに身を委ねること』です。マリさんそのものが自然、大いなる意思になりかけているのなら、その意思に従うことは間違っていない、という考え方をしています」
「……大層な名分で」
姫川は思わず憎まれ口を叩いた。が、下手に言い訳されるより、これくらい開き直っていられた方がいいだろう。
マリが笑う。
「ふふふ。自然の移ろうままに、ね。あなたもその一部なのよ、杜若」
「……え?」
マリがもうアマリリスに侵食されたような赤い目で、姫川を真っ直ぐ見据えた。射竦められたように、姫川は動きが取れなくなる。
言い様のない恐怖、予感が姫川を支配した。先程マリが杉原に話していた、大陸がついたり離れたりするよりも、とんでもない話の水を差し向けられたような気がしている。
それは残念なことに当たっていた。
マリは姫川に微笑みかけ、つらつらと述べる。
「なんでも願いを叶える杜若。私が利用していないとでも思っていましたか? 日本大震災から、私が起こした更に大規模の悲劇。人が大量に死んだのに、誰も記録に残していない。口伝すらないはずです。
だって、私が杜若に頼んで、全ての人間の記憶から消し去ったんですもの」
「なっ」
杉原も姫川も、言葉を失くし、息を飲む。
マリが杜若を利用した?
「私が起こした大災。そこから難を逃れるため、人がすがるものは何だと思いますか? 杜若の魔法少女の行く末を、あなたは知っているでしょう、杜若。杜若の魔法少女はなんでも願いを叶えられる。一時的な全知全能の神様です。人は人智を越えた何かを目の前にしたとき、最後の最後にすがるのは神です。杜若は神足り得た」
「あ、あ……」
姫川の声が震える。
知りたくない。聞きたくない。だが、そんな姫川の心情など知ったことではないというように、マリが「言葉」を放つ。
マリは言葉を使う魔法使いだ。その一言は重く、苦しい。
「覚えているでしょう、杜若。その宿命に生まれた少女、あなたは必ず魔法を失い、人として死ぬ。私がそう定めたから、そうなった。人として死ぬことを許された魔法使い」
「や、やめ、て」
「自然に許されたから、あなたは人であることを許される」
姫川の脳内に言葉と共に、記憶が流れてくる。
杜若の魔法少女。赤い花をドレスのように纏う少女。
「あなたも魔法使いなのですか?」
「ええ。あなたが魔法使いですか? どんな願いでも叶えられる神様のような魔法使いがいると聞いてきたのですが」
「神様だなんて、そんな大それたものではありません。最近は、その力も、上手く使えなくなってきて……」
翳る少女の顔に、マリは手を差し伸べる。頬に触れて、それに反応して上がった少女に、マリは慈しみに満ちた笑みを向ける。
「私がお手伝いしましょう」
「え」
そんなこと、できるんですか、という希望の眼差しが少女に浮かぶ。マリはやけに綺麗に頷いた。
「ただ、力を貸す代わりに、あなたに私の願いを聞いてほしいのです」
「やめて!!」
姫川が絶叫する。自分のものではない誰かの記憶が流れてきて、彼女は錯乱しているようだった。
杉原には聞こえず、見えないあたり、マリが調整しているのだろう。だが、それはつまりマリが意図的に姫川を錯乱させているということで……
姫川を助けなければ、と考えたところで、杉原は気づく。
ぞっとした。マリは魔法を開花させることもできれば、魔法花を撤去することもできるのだ。それは姫川から強制的に魔法を消し去ることができるということ。
姫川は杉原の切り札の一つだ。それがマリの手中にある。
手中に収められることをマリは予めわかっていたはずだ。その上で、杉原の提案を受け入れるかのように、蹴ろうとしている。
深く考えることも、ゆっくり考える時間も許されなかった。
「やめてください、マリさん! あなたがしたいのは、そんな話じゃないでしょう!?」
杉原の言葉に、マリが止まる。呻いていた姫川が、どさり、と崩れ落ちた。
杉原はマリの言葉を待たずに続ける。
「僕は美桜ちゃんに、人殺しをさせたくない。どんなに植物に近くても、あなたは人の形をして、話せる。そんな人を殺させることを、美桜ちゃんにさせたくない。だから、時間が欲しい」
「時間はありません」
「それなら!」
杉原は叫んだ。
「僕があなたの命を摘みます!!」




