人か、植物か
看取ってほしい。マリのその言葉に、杉原はぞっとする。
マリは二百五十年ほど生きた。人間なら、長すぎるほどだ。その間、魔法を使って、魔法を開花させ続けて、魔法花に侵食されきらず、人の形を保っていたのは奇跡とさえ言えた。おそらく、ナギの魔法花を食べていなければ、大規模に影響する魔法を使い続けたマリはとうの昔に魔法花に潰されていたであろう。
けれど、魔法花の侵食を抑えるのにも、限界がある。杉の魔法使いが桜魔法の力で浄化され続けているのとはわけが違うのだ。ナギの魔法花の効果は一時的な延命措置に過ぎない。
だから、もうマリという魔法使いは長くないのだ。それで、心残りだった杉と桜の再会を目にして、ようやく生にしがみつくことも、人間への復讐も、やめることにしたのだろう。
『気づいていると思いますが、人間の植物化を強制するという私の行いはロストより質が悪いものです。私は魔女なぞと呼ばれていますが、半ばロストのようなものとなりつつある……それなら私の死後、私の力がロストとして暴走する可能性は高い。その芽を潰すことができるのは、桜の浄化だけです。桜の子には、看取ってもらわなくてはならない。けれど桜の子だけに背負わせるには重荷です。だから杉の子、あなたも共に、私の死に立ち会ってください』
ひどく残酷な願いだ。身勝手でもある。けれど、マリの人生を知ってしまった今、杉原はそれを拒絶することができなかった。
永くの時間を孤独に生きた魔女の最後の願いを、聞き届けないなんて、できない。
それに、そんな過酷な役目を美桜一人に背負わせるわけにはいかなかった。美桜と一緒にいてくれ、というのは願ってもないことだ。
ふと、気づく。マリは魔女と呼ばれるほどに、長い間魔法という病気に侵されてはいるが、人間だ。少し長生きしただけの人間だ。それを「看取る」と柔らかい表現をしているだけで、これはもしかして、人殺しなのではないか?
そんなことを、美桜にさせるのか?
そんな疑問がよぎって、杉原は頷きかけた状態で固まった。美桜に理由はあれど人殺しをさせる。それを自分が容認してしまっていいのか。事情を説明すれば、美桜はわかってくれるだろう。けれど、わかってくれることにかまけて、人間として越えてはいけない一線を、容易く越えさせてしまっていいのだろうか。
これは杉原が「人間だから」考えなければならないことだった。杏也然り、魔法花の侵食を深く受ければ受けるほど、魔法発症者は「人間」の考え方から解離していく。大いなる意思の目的通り「植物」のような意識になっていくのだろう。マリが魔法発症者を生み出すのも、魔法に浸りすぎたからだ。マリの意思が大いなる意思のそれと同化しつつある。そういうことなのだろう、と思う。きっと、美桜もそうだ。
美桜の半顔を潰す桜の魔法花。あれだけ侵食を受けていたら、きっと美桜も植物に近い意識になっているのだろう。そう思うと、少し寂しい気もするが、植物のような考え方になることは、人間としての思考が消えることとイコールではない。実際、マリは人間としての心をまだ持っているからこそ、杉原に「命令」ではなく「お願い」をしているのだ。避けられないことなのに。
きっと、植物の意識が大きくなりすぎて、自分の人間としての心の声が聞こえづらくなっているだけで、人間としての心はまだ残っている。だから少しだけ心苦しさを感じて、懇切丁寧に杉原に説明するのだろう。
そう考えて、杉原は──
「駄目です、マリさん」
そう答えた。
間違っているかもしれない。そんなことはわかっていた。マリほどの魔法使いがロストになったとしたら、どんな災害がもたらされるか、わかったものではない。大陸を分断するほとの地震を魔法使いの状態で起こした彼女がロストになってしまったら、それこそ世界を揺るがすほどの災害が起こるだろう。世界が滅んでもおかしくない。世界が滅ばなくても、この日本というちっぽけな島国くらい、簡単に消えてしまうだろう。
その原因がもし、地震だとして、風を操る力である杉魔法で止めることは叶わない。桜魔法の浄化や銀杏魔法の鎮魂くらいでしか止められないだろう。桜魔法は美桜しか使えず、銀杏魔法は杏也が死んでから現れたと聞かない。美桜に無茶をさせるなんて、考えたくない。
それでも、杉原の意思だけで、マリに答えたくなかった。きちんと、美桜にも共有して、舞桜にも共有して、二人の感情も踏まえて答えを出すべきだ。人の命をどうこうするというのなら。
『ですが杉の子。私には時間がありません。見てわかるでしょう』
マリの言うことも、もっともだった。マリの全身をまるでドレスのように真っ赤に覆っているのは、全部アマリリスの魔法花だ。二百五十年という月日を経て、魔法花はマリの全身を埋め尽くそうとしている。それはマリが人間でいられる割合が減っていることを示した。
もうすぐ、人間じゃなくなるから、マリは杉原に「お願い」をしているのだ。
「方法はあります」
杉原には手札があった。おそらくマリも知っている手札がいくつか。
一つは松の魔法少女、門松紀子を頼るというもの。松魔法なら、少しの延命はできるかもしれない。見た目年齢は杉原よりも幼く見える門松だが、あれで杉原の何倍も生きているのだ。それにアマリリスの魔女の事情も知っているかもしれない。そうしたら、いくらか融通が利くだろう。
もう一つは、舞桜だ。舞桜はマリと会ったことによって、強い浄化の力を手に入れている。桜の魔法少女に匹敵するほどの。だとしたら、マリの魔法花を浄化できるかもしれない。もちろん、舞桜にマリを殺させるなんてことはさせない。少しの延命を計る。門松と同じ意味だ。
そして、最後の一つは。
「会場内に、杜若の魔法使いがいます」
姫川菖蒲だ。
杜若魔法は、どんな願いでも必ず叶えること。時と場合によっては神のように崇められるような力である。それは松魔法や桜魔法よりもずっと、可能性を秘めていた。
姫川には悪いけれど、事情を知れば、マリがもう少し生きられるように、魔法を使ってくれるのではないだろうか。
マリが興味深そうな、伺うような空気を放った。杉原は食いついた、と思った。
『……そうですね。杜若とも、話がしたいと思っていたところです』
その後、特別課外授業が終了し、杉原と姫川は共にマリと面談することになった。
──マリの過去を知って、語られたから、全てをわかった気になっていたのだ。




