私の死
マリの発言にぞっとした。
ナギ……マリが見たままの年齢だった頃に存在した柳の魔法使い。木になって、打ち砕かれてしまった存在。そこへ、旅立てるということは……
マリは最初に自分は魔法花が自分の体と地面の両方から栄養を得ているから、魔法花の侵食が遅いのだと説明していた。土はどこまでも続いているし、ここは植物園。土の管理はしっかりしているだろう。そんな土から栄養を得られる魔法花はほぼ永遠に咲き続ける。だが……
人間の体は、魔法花にいつまでも耐えられるわけではない。他者の魔法花を食べれば、自分の魔法花の侵食を抑えられるというのはあくまで仮説で、そもそも世間一般にそんな話はない。マリが話したことが本当だったとしても、マリと昔の杉魔法使いの二例しか存在しないため、その絶対性を証明することにはならない。
それに、もし、取り込んだ魔法花の魔法の特性が身体に影響するのだとしたら、浄化を取り込んだ杉魔法使いと、緩和を取り込んだマリとでは、結果が全く違うものになる。マリはあくまで症状、魔法花の侵食が緩和されるだけ。侵食がなくなるわけではない。侵食スピードを遅くするだけなのだ。
二百五十年近く生きていて、魔法花の侵食がなかったのなら、マリは今、植物園から動けない状態になどなっていない。
それでも、マリは生き続け、杉原を待っていた、という。
『杉の子と桜の子は離れられない因果の中に放り込まれた。けれど、杉と桜では生きられる年数が違ったのです』
「……杉の魔法使いが、桜の魔法少女を食べたから……」
『その通り』
朗々としたマリの声に、杉原は悲鳴を上げたかった。できることなら今すぐ死にたい。そんな気持ちにさえなった。
かつての杉の魔法使いが桜の魔法少女の肉体を取り込み、能力を取り込んだことによって、杉の魔法使いの体内から咲くはずの魔法花は浄化され続けるようになった。そしてその影響でおそらく、桜の魔法少女は短命の運命を課せられた。
では、杉原が死ねば美桜の寿命は伸びるのか? というと、そんなことはない。美桜は顔の半分を既に魔法花に侵食された状態だ。それをなかったことにはできないだろう。杉原が死んだところで、美桜の魔法花は美桜の体の問題で、杉原との因果関係はない。
桜魔法により、浄化されるから、杉魔法使いは魔法では死なない。仮説として、そのために桜の魔法少女は杉魔法使いの体内に魔法を流し込み続けているから、魔法の侵攻速度が速いのだ、と推測できる。
自分のせいで美桜の命が削られている。そう思わずにはいられない。
『残酷なことでしょうが、私はこれを待っていました。世界が人間を植物化する計画は、これから加速度的に広まっていきます。名前のない花が咲くこともあるでしょう。私はその手助けをしています。
何故、紅葉寺家にオータムコンプレックスなんてものが生まれたか、何故ロスト討伐に役に立たない魔法が存在するか。それを考えたことはありますか?』
マリの話はあまりにも唐突で壮大だった。一瞬、杉原も意味を理解できなかったが、頭が追いついて、恐ろしい可能性に気づく。
マリは人類植物化という世界の大いなる意思による計画を「手助けしている」と語った。マリはロストと言葉を交わせる。マリが口にすれば、大陸が割れ、地形が過去のものに戻ることだってある。
そんな強大な力がもし、種を撒いて「花よ、咲け」なんて言ったなら、花は咲くだろう。それが魔法花でも。
緋月は魔法発症の兆候がある状態を「萌芽」と呼んだ。それなら魔法が発症した人間は「開花」したことにならないだろうか。
頭が嫌な計算を弾き出していく。悪い冗談だと思いたい。笑うにはあまりにも、条件が整いすぎているのだ。
魔法が魔法として定着したのは、ロストと戦える力だからじゃない。科学では説明できない不思議で便利な力が発現するからだ。
そこに、マリが関わっているとしたら……マリは魔法という病気の病原菌といっても過言ではない。
この憶測を本人にぶつけるのはあまりにも怖すぎた。が、マリは杉原の恐怖などお構い無しに言い切ってしまう。
『私と世界の繋がりは深い。私の扱う言葉の力は謂わば世界の意思そのものなのです。世界の意思とは、「環境を破壊することしかできない人類の無力化」私はその手助けをしている。全人類が魔法を発症するように、手助けをしているのです』
世界の意思。それがどれだけ信用できるものかは、杉原にはわからない。だが、マリの表現が正しいのだとするならば、マリはロストと戦い、表向きは世界を救いながら、裏では世界を、人間を滅ぼそうとしている、人間から見たら、紛うことなき「悪」である。
そんなことを明かされても、と杉原は思う。明かして、マリは杉原にどうしてほしいのだろう。マリが悪だとしても、その確証がない限り、杉原はマリを傷つけたくない。「魔法」という同じ病気に苦しむ人を殺めなければならないなんて、考えたくない。
『オータムコンプレックスも、私が意図的に起こした現象です。人々に魔法を認知させ、魔法が普通のものである世界にするためには、魔法の罹患者を増やす必要があった。けれど、魔法を広めるには「異常気象を鎮められる神秘の力」より「身の回りで使える便利な力」の方が人間は受け入れやすい。そうして、ロストと相対するのに役に立たない植物を開花させ、その歪みをとある家系にまとめた。それが紅葉寺家のオータムコンプレックスです』
マリは魔法を発症させるだけでなく、発症する魔法の種類まで操れるということか。
それなら、マリを囲う緋月家が紅葉寺家にマリの存在を秘匿してきた理由もわかる。オータムコンプレックスの原因がマリにあると知れば、オータムコンプレックスに苦しんできた一族はマリを許さないだろうし、可能性として、マリを殺してしまえば、オータムコンプレックスからの脱却が計れる。しかも、魔法発症者の現象まで見込めるとなれば、紅葉寺家は一躍英雄になれる。
「そんな、ことを……どうして僕に?」
杉原は掠れる声で懸命に返す。マリの過去は人間を憎んでも致し方ないものであった。けれど、それが人間を滅ぼしていい理由にはならない。特定の誰かを陥れていい理由にもならない。
杉原は確かに、舞桜と美桜のことがあり、紅葉寺家を警戒しているし、敵視している。だが、緋月が裏側でマリの悪行を黙認しているのだとしたら、それも許せるものではない。
その断罪を委ねるような告解を、何故、杉原にしたのだろうか。
マリは淡々と答える。
『私はある程度、生まれてくる魔法発症者の植物を操作できます。が、杉、松、桜、銀杏だけはどうしても開花させることができませんでした。強制開花ではなく、自然開花……世界が生み出すのを、待つしかなかったのです。
そして、もし、私を罰するのなら、杉の子に罰してほしかった。私を許すのは柳の子だけ。私を罰していいのは杉の子だけ。そう心に決めていました』
許すのは、柳と言ったが、現在の柳の魔法使いである緋月柳兎はマリの声が聞こえない。きっとマリはそれでいいのだろう。柳の魔法使いに許してほしいのではなく、人間に滅ぼされてしまった最愛の人にだけ、許してほしいのだろうから。
断罪を杉に委ねるのも、マリに魔法を教え、諭したのが杉の魔法使いだったからだ、きっと。
『これは、私の勝手な夢なのだけれど』
マリは語る。
『私が生きているうちに、桜と杉に再会してほしかった。だから、待っていました』
桜と杉はマリの操作の及ばない魔法。それに桜は短命で、杉は長命と決まっているため、同年代で生まれることが難しいのだという。
杉原は唇を一度噛んでから問いかける。
「それで、僕たちを待って……何がしたかったんですか」
杉原は杉原健であって、マリが過去に会った杉の魔法使いではない。生まれ変わりという概念があろうと、今、ここに立ち、マリと言葉を交わしているのは杉原自身の意思である。
マリは困ったように息を吐き、苦笑交じりで答えた。
『看取って……ほしいんです』




