この状況を打開する
休養しているうち、マリは基地から出られなかったが、窓を開けることくらいは許された。
本当ならもっと安静にしていなくてはならない状態のマリの回復に軍医であろう医者は驚いていた。マリは敢えて魔法のことは言わなかった。びっくりしてしまうだろう。病気を悪化させて回復した、なんておかしな話だ。前代未聞だろう。
それで、体を調べられるのは嫌だった。医学はそこそこ発展し、通常子どもの出生率は九十パーセント以上である。それが震災前後も維持されている。人は癌や急性の病気でなければ、ほとんどが治療可能の病気となっている。難病は事例が少ないため、なかなか医学的に発展しづらい。
魔法はもしかしたら、癌よりも強い病気かもしれない。人間の細胞としてある癌細胞を、植物の細胞に置き換えることで、もしかしたら癌は治るかもしれない。癌は難しくとも、他の病気や、医療では治せない四肢の欠損などを治すことはできそうだ。マリが自分の腹を魔法花で埋めたように。
そうして利用されるんじゃないか、という可能性を考えると、恐ろしかった。あちらの人間がそれに気づいてしまう可能性があることも、恐ろしかった。もしこの可能性に気づいたなら、ナギもただ神様と奉られるばかりではなくなるだろう。
あのとき、生きたいなんて思わずに、死ねばよかったのだわ、とマリは青ざめた頬に触れる。今魔法花の肉体の代替を知っているのはこの世にマリだけだ。もしかしたら、屋久杉の杉の魔法使いなら知っているかもしれないが、この情報を「マリだけ」が持っているということがとても危険な気がした。
知っていることを明かしてはいけないし、知っていることに気づかれてはいけない。だが、マリが魔法花で腹部を治したところを見られてしまっている。
ほぼ詰みの状態といっていいだろう。この状態から、せめて事態が好転しないまでも、悪化しないように立ち居振る舞わなければならない。この軍にも、あちらの軍にも。
「マリさん、お散歩行く?」
看護師が入ってくる。マリはこくりと頷いた。
マリは厳密には喋れないわけではない。人間の言語が発声できないだけである。「だけである」と言ったが、それがかなり致命的なのだ。
それでも表情の変化や、些細な仕草で気を遣ってくれるこちらの軍人たちといるのは心地がよかった。
あちらでは、コミュニケーションが取れないだけで、簡単に蔑ろにされたのだ。やっていられない。が、致命的なことはマリもわかっていた。
コミュニケーションが取れないということは、孤立を示す。ただでさえ、人と人は助け合って生きていかなくてはならない種族なのに。それは半ば植物化しているマリとて同じだ。魔法が侵攻しても、元が人間であることは変えられない。まだ人の形をしている限り、マリの括りは人間なのだ。
だから、言葉以外のコミュニケーションを頑張った。モールス信号を覚えたし、手話や指文字も覚えた。ジェスチャーも表現力がつくと、よりわかりやすくなるようで、会話が弾んだ。
そのうち、マリの快復を見て、上層部に呼び出された。内容は察していた通り、「マリが何者なのか」ということだ。
「出産直後の女性を投げ捨てたというだけでも、あちら側に人権損害があるのはわかるし、君がスパイであることなんて、疑うべくもない。だが、君にはあまりにも謎が多い。だから君がどういう存在なのか、話してほしい」
話せる範囲で、という指定はなかった。だが、尋問や拷問の用意はない。マリが病み上がりだからかもしれないが、無体に扱う気はないようで、少しほっとした。
『お話しします。けれど、私がこれから話すことは、あまりに突飛で、荒唐無稽なお話です。信じられない、と思うことが多々あるでしょう。けれどどうか、最後まで聞いてください』
マリは手話で話した。軍人だからか、手話や指文字などは覚えているようだ。もしくは、マリに合わせてあてがってくれたのか。どちらにせよ、話すことは同じである。
『簡単に言うと、私は「魔法使い」です。けれど、「魔法」とはあなたたちがファンタジー小説などで見るようなものではなく、病気です。発症することで魔法のような力を使えることから「魔法」という病気として定着しました。あまり知られていない原因不明で、治る見込みのない病気です。
私が傷口に花を咲かせたのを「魔法のようだ」と仰った方がいるようですが、病気の上でも、それは「魔法」を使ったと表現できます。私の体に咲くアマリリスは魔法花といって、私の体を養分に咲いています。私は多量の出血を魔法花を咲かせるための栄養に変えて、花を咲かせることで、一命をとりとめました』
「花を咲かせる? 花咲か爺さんかい?」
随分と骨董ものの話が出てきた。
『魔法花を咲かせる感覚に関しては、私も表現に悩みます。普通は故意にできません。魔法花は体に根づいているものです。なので、抜こうとすると、痛いです』
「人間の体に、植物が生えている?」
『いいえ、人間の体が植物に置き換わっていく現象です。それを病気と呼んでいるのです』
何人かが、顔を見合わせ、ざわつく。聞いたことのない現象に戸惑っているのだろう。もしかしたら、マリは今ここで一つ、アマリリスを引き抜かなくてはならないだろう。
マリは相手のことをあまり信じていない。信じていない相手に信じてもらうのは大変だろう。どれだけ血を流しても、血を流すことが誠意になるわけでもない。
『ロスト、ロストボタニカルという気象異常をご存知ですか? ロストは地球が人類を滅ぼすために引き起こしているものだとされています。人間を滅ぼすには、人間を殺す必要はない。人間を無害なものに変えてしまえばいい。その考えが、魔法という病気です。ただ、魔法はただかかっただけでは侵攻速度はいまいちです。そこで自然災害と戦わせる、という副次効果をもたらすことで、人間の植物化を侵攻させるのです。
例えば、向こうの砦の能力者。彼もまた魔法発症者です。彼の能力はロストによる被害の緩和。その能力を拡張して、兵器による攻撃の緩和をしている、と言ったら、ご納得いただけますか?』
「まさか」
さっと一同が顔色を変える。マリは一気に畳みかけた。
『そうです。あちらの砦の方々は、彼の力を利用しています。彼が文字通り、命懸けで守っていることを知らずに。
──お願いです。どうか彼を、私の連れ添いを助けてください』




