あなたのために
ナギの願うこと、望むことは、できるだけ叶えてあげたい。その命が短いというのなら、尚更。
でも、自分に一体何ができるだろう、とマリは考える。マリは与えられてばかりで、ナギに何も返せていない。マリの魔法花の効果がわからない以上、ナギに食べさせることもできないし、ナギがマリを食べることを望まないだろう。
そう懊悩していると、ナギの方からマリに声をかけてきた。
「今更、こんなこと言うの、情けないかもしれないけど」
ナギはそう前置く。
「マリとの、子どもを作りたい。マリをそういう目で見てることがあるんだ」
「え」
予想外すぎて、マリはしばらく固まってしまった。
まあ、女の子として見てもらえたことは、それなりに嬉しい。マリとてナギのことをそういう意味で好きだ、と思うことはあるから。
ただ、子どもを残すことに対して、マリは少し抵抗を覚えた。子どもができたところで、少なくともナギは長く生きられない。マリだって、すぐ死ぬかもしれない。
それに……「魔法」という病気を持つ自分たちが産んだ子どもは、魔法にかかってしまわないだろうか。魔法がもし遺伝病だとするなら、子どもも魔法にかかって、苦しい思いをすることになるかもしれない。
でも、ナギが望むのなら、マリは拒めない。拒む理由がない。自分としては歓迎できることだから。
「いいよ」
「そう」
杉の魔法使いに、ナギとの子どもを作ることを告げると、杉の魔法使いは仄かに笑った。
「僕が個人的に調べた範囲だと、マリちゃんの危惧する通り、魔法発症者から生まれた子どもは魔法発症者になりやすいらしいよ。魔法という病気を研究していた友達がそう言っていたんだ」
「研究者がいたの?」
それなら、何故魔法という病気が公になっていないのだろうか。疑問をそのままぶつけると、杉の魔法使いは苦笑した。
曰く、その研究者も魔法にかかって死んだらしい。その研究者の想い人も魔法で死んだらしく、研究者は亡くなった想い人のために魔法について個人的に研究するうち、魔法の使いすぎで死んだのだという。
個人主義で、他の学者たちからは変人扱いされていたため、その研究者は友人が少なかったらしい。想い人が魔法にかかってからは周りは腫れ物のように扱い、更に研究者を遠ざけたという。
数少ない研究者の理解者だった杉の魔法使いは、わりとフランクな付き合いをしていたようだ。時に実験台にされることもあったという。
「大切な人がいたのは同じだったし。あいつはひねくれ者だったから、研究の延長線上って言ってたけど……想い人と結ばれたかったみたいだから」
魔法という病気が引き裂いた命。まあ、死んだというのは植物になったという意味なのだろうけれど、人間として終わったという意味では、死んだ、と表現するのが最適なのだろう。
杉の魔法使いが寂しそうなのは、友人に先立たれたからだろうか。それとも、桜の魔法使いと結ばれることがなかったからだろうか。
「子どもを成す、ということはそれだけでマリちゃんに負担がかかるし、そもそもできるという保証はないよ」
「それでも」
言いかけて、言い淀む。
これを宣言してしまっていいのか、惑う。エゴではないだろうか、ナギを利用しているのではないだろうか、と何度も思い返した。
けれど、マリの中にはその言葉しか存在しない。他にどう表現すればいいのか、わからないのだ。
「……それでも、ナギがいた証を残したい。できるのなら、私が」
少し萎んでしまったけれど、確かにマリから放たれた言葉に、杉の魔法使いは微笑む。それから、ぽんぽん、とマリの頭を撫でた。
「女の子は強いね」
「……?」
杉の魔法使いは、桜の魔法使いから、何を託されたのだろうか。
遺される側になって、それでも死なずに生きることの難しさを、マリはなんとなくわかっていた。ナギの母親を見ていたから。
別に、心が強いことに男も女もない。今まで途方もない年月を一人生きてきた杉の魔法使いだって、充分に強い。心も力も。
「じゃあ、もうお別れになるのかな」
「え?」
「少なくとも、僕にお産を手伝う能力はない。子どもを産むには性交渉が必要だし、さすがにそれをここでやられるのは僕が気まずいからね。……それに、恋人のいる女の子を住まわせてるのは彼氏さんに悪いよ」
医者に行って、ちゃんと産んでおいで、と杉の魔法使いは言った。それはそうだった。マリはナギのことで頭がいっぱいになり、他の現実的な部分がすっぽ抜けていた。自分が恥ずかしい。
「……一人でも寂しくない?」
マリが聞くと、杉の魔法使いはからからと笑った。
「一人じゃないよ、僕は。ずっと胸の奥に生きている人がいる。それにね、杉の花言葉は──」
それはとても素敵な言葉だった。
『あなたがあの人の血を引くかどうかはわかりませんが、あの人の力はそのまま杉魔法の特性として、受け継がれているようですね、杉の子よ』
マリの言葉に、杉原は愕然とした。
もし、それが本当なら、美桜は……と考えかけた頭に、マリの言葉が続く。
『ナギは私の目の前で死にました。無事、ナギとの子はできましたが、私はナギが一本の木になったことに耐えられず、叫んだのです。
返して、と。
それは大きな魔法となりました』




