共食いをして繋ぐ命
「た、食べた……?」
予想の斜め上を行く杉の魔法使いの言葉にナギとマリはきょとんとした。
人を食べる、なんて普通に生きていたら聞かない文字列である。上手く想像できないのも無理はない。
「そう、食べたの。たぶん、僕にしかできなかったかもしれない。彼女の植物化した部分を、かじった」
「えっ」
ナギがびくりと体を跳ねさせる。魔法花の咲いているナギからすると、他人事ではない。魔法花は感覚としては植物だが、まだ人間であるうちは痛覚と繋がっている。ナギは何度も、魔法花を切り取れないか試したからわかる。痛いのだ。
人からかじられるのだって痛いに決まっている。けれど、桜の魔法使いと杉の魔法使いはそうするしかなかった。
杉の魔法使いの目的は植物化した部分を他者が取り込むことで、桜の侵食を遅くすることだった。
「そう上手くはいかなかった。怪我をすると体内の白血球なんかがバイ菌を退治するために増殖するみたいに、かじられ、傷ついたことで、彼女の植物化は悪化した。僕は……」
杉の魔法使いは胸の辺りを触り、目を閉じる。
「桜魔法の魔法花を取り込んだことにより、桜魔法の浄化が僕の中の植物性を浄化し続けるようになったんだ」
「そ、れは……」
理論的には、頷ける。植物性を浄化するという桜魔法が元魔法使いであるロストに効くのなら、現在進行形で魔法使いである魔法発症者にも効いて然るべきなのだ。
それを見た杉の魔法使いは体が楽になると同時、絶望した。
「彼女は僕に言ったよ、『生きて』って。だから僕は彼女を食べた。杉魔法の特性なのか、とにかく体が丈夫でね。僕は歯も丈夫なんだ。だから、固い植物部分も難なく食べられた。どんどん、桜魔法を取り込んだ。結果、彼女の死期を早めただけだけれど」
杉の魔法使いは、黙祷しているようだった。あるいは懺悔なのだろうか。告解をしているのだろうか。
「僕の中で、彼女は生き続けている。だから僕は魔法花に侵食されないんだ」
死してなお、生き続ける桜魔法。それが杉の魔法使いを体内から浄化し続けている。だから杉の魔法使いは魔法花が生えてこないのだ。
その説明に、マリはぞくりとした。目の前にある桜。もしこの桜にその効力が残っているとしたら? それをマリやナギが食べたら?
この桜の木が元は人間だった、と知った状態で、食べられるわけがない。それは決して踏み越えてはならない一線だ。それは理解している。
けれども、それでナギの苦しみがなくなるのなら、とマリは思ってしまう。魔法花がなくなれば、ナギはまた普通の人間として暮らしていける。母親に愛してもらえるかもしれない。あの心身喪失した母親が、元気になるかもしれない。
マリはそう考えたけれど、ナギは違うようだった。
「それなら、マリにぼくの魔法花を食べさせれば、マリの魔法の侵攻を緩和できる?」
「──っ」
ナギの目があまりにも希望に満ち溢れていて、マリと杉の魔法使いは言葉をなくす。
自分が木になってしまう運命を既に受け入れているナギは、自分が治るという発想を持ち得ないのだ。
「ナギくんの柳魔法は緩和の力だ。桜の魔法のように浄化とまではいかないまでも、魔法の症状を軽減することはできるだろうね」
杉の魔法使いは淡々と語ってみせたが、その顔色は芳しくない。
何故このことを今まで彼が黙っていたのか、マリにはわかった。ナギはあまりにも自己犠牲に抑制がない。言ったらこうなる、とわかっていたのだ。
人が人を食べることはカニバリズムと呼ばれ、褒められる行いではない。人に限らず、同じ種の生き物を食うことを人は共食いと呼んで疎んでいる。魔法発症者が魔法発症者を食べるのは、いかに植物部分と言えど一種のカニバリズムであり、カニバリズムと呼ばないまでも、共食いであることにちがいない。
ナギはそんなこと、どうでもいいのだ。ナギの中に利己的な愛は存在しない。それがどんなに残酷なことかも知らない、無垢なままのいたいけな魂を持つのがナギだ。
あるいは、だからこそ、選ばれたのかもしれない。魔法が地球そのものの生存本能によるものだとするならば、地球が持つ者と持たざる者の選別を行っていても、何もおかしくはないのである。その中で「性質」「精神性」が項目として篩にかけられていても……とマリはそこまで考えて、首を振った。
自分の考えの及ばないような、あるかどうかもわからない大いなる意思を前提に話を進めるのはよくない。思考が偏ってしまう。
「私はナギを食べたりしない!」
マリが怖くなって、杉の魔法使いの方にすがりつく。が、くん、と腕を引かれた。
ナギの枝のように華奢な腕が、マリの腕をしっかりと捕まえていた。ナギは穏やかに微笑んでいる。そこには邪も悪も一切なく、マリは目を離せなくなる。そんな魅了の微笑み。
す、とナギの顔が近づいてきて、マリは一瞬、何が起こったのかわからなかった。わからないまま、唇にそっと何かが重なった。かり、と木の匂いと土の匂いが口内に広がる。
「う、あ……?」
「ごめんね、マリ。ぼくは今更生きたいなんて思えない。それに、たぶん手遅れだから」
喉の奥に、飲み込んでしまったのは、おそらく木片だった。きっと柳の木の。
魔法を使わなくても、魔法の侵攻が止まるわけではない。魔法を使わないというのはあくまで一時的な延命措置にしかならない。
つまり、ナギは、もう口内が植物化し始めている。体表に花が咲いているだけのマリとは比べ物にならないくらい……植物化が進んでいるのだ。




