ウラギリモノ
基本的にロストと戦うのは、これまで通り、杉の魔法使いだけだ。杉の魔法使いの風の効果が届く範囲に留まりながら、時々マリとナギが補助をする。
『なんでなんで!!』
『なんで人間なんか守るの!?』
杉の魔法使いに心無い言葉が投げられるのをマリはただ聞くことしかできなかった。
『ずるい』
「っ、僕は!」
杉の魔法使いに、その声は聞こえているようだ。マリの声も最初から正常に聞き取れた。
杉の魔法使いは、マリの声をナギが聞き取れるようになったのは、魔法を使って植物に使ったからだ、と言った。そんなナギは、木の枝で片目が塞がった状態で、腕にも木の枝が這い始めてようやくマリの言葉がわかるようになったのに、杉の魔法使いにはそれがない。
杉の魔法使いは確実にナギより体が植物に近づいているはずなのに、魔法花がどこにもないのだ。杉は裸子植物だから、花はないけれど、魔法花とはナギのように木の枝のことも指す。マリにすら咲いているのに、杉の魔法使いにはそれがない。動きも普通の人間と変わらず、魔法花を服で見えないように隠しているわけではなさそうだ。
『ずるいずるいずるい! 生きてるからって』
『植物にならないで済むからって!』
「え?」
マリが思わず声を出すと、杉の魔法使いが青ざめる。
杉の魔法使いは植物にならない? つまり、強い魔法が使えるのに、魔法花の侵食がないということだろうか。
何故? 杉が裸子植物だから、というのでは説明がつかない。ナギから聞いたが、同じ裸子植物の銀杏の魔法使いだって、最後は銀杏の木になるのだ。杉にだけ、何か特別なことがあるのだろうか。
「どういうこと? 杉の魔法使いには屋久杉の加護があるからとか?」
『加護なんてないよ』
『カミサマなんていないよ』
『話してないんだ』
『そうだよね、話せないよね』
ナギだけ聞き取れず、疑問符を頭に浮かべているが、ロストの声はマリに告げる。教え、諭すように。
『杉の魔法使いは特別になったんだよ。でも、同じ方法を使えば、あなただって特別になれる』
「え?」
ざわ、と風が揺らいだのは、杉の魔法使いの影響だろうか。それとも、マリ自身の揺らぎだろうか。
知りたい気がしたし、知ってはいけない気もした。たぶん、杉の魔法使いも、聞かれたくないのだろう。だからマリは、わざわざ問うことはしなかった。
『あいつはね、ウラギリモノなの』
その言葉だけが、マリの中に舞い降りて、消えた。凄まじいほどの風の気配が、ロストを消し飛ばしたのだ。
マリはその中にそうじゃないものを感じて、首を傾げる。ナギと温室で過ごしていたものの、マリの魔法発症者としての感覚は衰えていない。杉魔法の中に、杉魔法以外の何かがあるのを感じた。
「ごめん、怖かったよね。大丈夫?」
「ぼくは大丈夫。……マリ?」
ナギが不思議そうにマリを覗き込む。マリははっとして、首を横に振った。
気づいてはいけないことなのかもしれない。マリはそう確信していた。普通は気づかない。そういうレベルの隠し事を杉の魔法使いはしている。
マリも気づかないふりをすれば、杉の魔法使いは笑顔のままでいられただろうか、と考えて、やめる。意味のない妄想をしたって、どうしようもない。
「参ったな。バレちゃうなんて」
マリが気づいたことに、杉の魔法使いは気づいた。
隠し事をするには、マリは幼く、顔に出やすかった。だから、杉の魔法使いに返す言葉がなかった。
止めるべきだったかもしれない。杉の魔法使いは笑っていたけれど、心の奥底では泣いていただろう。きっと、ロストの放った「ウラギリモノ」という言葉を一番自覚していたはずだから。
そよ、と風が柔らかく動いて、ナギとマリを杉の魔法使いの方に引き寄せた。
「帰る前に教えておきたいことがある。寄り道をしよう」
その手を取らなければよかった。
風に導かれて着いたのは、一本の桜の木の前だ。季節感、というものがまるでなかった。今は木枯らしが吹く秋の終わりなのに、桜は満開だ。
桜は妖しく美しいものとして、古来より扱われている。桜の木の下には死体が埋まっている、なんてミステリーが定番になる程度には。
さらさら、と降り注ぐ花びらに触れて、マリははっとする。その桜は普通の桜じゃなかった。……なんてことは、狂い咲いていることから充分にわかるが、何故普通じゃないのかがマリにはわかったのだ。
魔法の気配がする。
「マリちゃんは気づいたみたいだね。彼女は桜の魔法使いだったものだよ」
ひゅ、とナギが息を飲む。それは目の前の桜の木がかつては人間だったことを示すからだ。……どこからどう見ても、狂い咲きしている以外は、普通の桜と変わりないのに。
「彼女は強力な浄化の力を持っていた。僕の風も、ブルーム状態も目にならないくらい、強い魔法が使えて、多くの元魔法使いを浄化したよ。それでも、逃れられないのが……」
「魔法花の、侵食」
ナギが確かめるようにしっかりと発言する。杉の魔法使いは頷いた。
「僕と彼女はロストを退けていた。でも、強い力を持つ代償か、彼女の魔法花の侵攻は速かった。僕は彼女を失いたくなかった」
それから、一呼吸置いて、杉の魔法使いは告げる。
「だから、彼女を食べた」




