声、頭痛、悲壮
『キャアアアアアアッ』
杉の魔法使いによって引き裂かれていくロストの悲鳴がマリの脳内に谺する。耳を塞いでも意味がないのはわかりつつも、そのあまりの泣き声に、マリは耳を塞ぐ。
この声が聞こえるのは、マリだけだ。マリの魔法による特異体質。杉の魔法使いには聞こえないから、こんな悲惨なことができるのだ。
杉の魔法使いがしていることは正しい。ロストが本土に到達する前に散らす。そうすれば、本土はロストの被害を受けなくて済む。正しすぎるほどに正しい。
だからこそ、ロストの声が聞こえるマリは苦しかった。どんなに悲壮感溢れるロストの断末魔を聞いて、同情したとしても、ロストの存在はどうしたって害悪で、害悪を排除することは正しく正義だからだ。だから、悲しくてもつらくても、杉の魔法使いの行いを非難することはできないのである。
「大丈夫?」
ナギがマリを気遣わしげに見る。ナギの目の優しさに泣きそうになりながら、マリは大丈夫、と頷いた。
それに続いて、杉の魔法使いがばっと振り向く。
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
その服装はしゅるしゅると元のシンプルなものに戻っていく。マリはあ、勿体ない、と思った。
魔法少女みたいな普段はなかなか見られない愛らしさのあるファッションは、震災後の時代ではなかなか見られないものだった。山奥に住んでいれば、尚のこと。
「写真、撮りたかった……」
「え?」
「さっきの格好、可愛かった」
マリが率直に伝えると、杉の魔法使いはああ……と曖昧な返事をし、照れたように頬を掻く。
「ブルーム状態、見るの初めてだったよね。あれは一時的に魔法の効力を高める呪文を唱えることで変身するんだ」
「変身!」
本当に魔法少女みたいだ。無垢なマリは目を輝かせる。
「私もやってみたい!」
「駄目!」
ぱしん、と手を払われて、マリはきょとんとする。杉の魔法使いが叩いた手が、痛みはなく、じんじんとした。
マリは手の痛みなんかより、杉の魔法使いの目から光が一瞬消えたことが気になった。いつも優しく明るく、お日さまみたいに笑う人が表情を失う理由。
「魔法は体を蝕む病気なんだよ。僕は変わりにくいだけで、君たちがブルームなんてしたら」
そこまで言ったところで、杉の魔法使いははっとして口を押さえる。
後悔したような顔をする杉の魔法使い。もしかしたら、以前にも同じやりとりをしたことがあるのかもしれない。はたまたブルーム状態になって魔法が侵攻して、死んでしまった友達がいたのかもしれない。
つらいことを体が頑丈で生き残ってしまうから、一人で抱え続けなければならない。そのことを察して、マリは杉の魔法使いに手を伸ばした。
「大丈夫、大丈夫」
きっと、全然大丈夫なんかじゃなかったけれど、マリは杉の魔法使いの頭を撫でる。
「私ね、魔法のお話いっぱい聞きたい。私が私にできることを知りたい。だからできないことも、やっちゃ駄目なことも知りたい。教えて、魔法使いさん」
マリの言葉に魔法使いは静かに頷いた。
「魔法には二つの種類があります。樹木魔法と草花魔法です。草花魔法には花紋と呼ばれる紋様が体に浮かびます。マリちゃんの場合は体に浮かんだ赤い花の紋様だね」
マリは腕にびっしりと咲く赤い花の紋様を見る。見たことのある花だ。名前は確か……
「アマリリス?」
「そう。マリちゃんが使う魔法はアマリリス魔法。詳細はまだまだ調べていかないとわからないけれど、ロストと話せる能力みたいだね。僕も初めて見たや」
アマリリス。故郷に咲いていた花だ。確か、お喋りな少女、という花言葉がある。
マリがロストとの対話を望んだから、そうなったのだろうか。偶然にしてはよくできた話だ。
「厳密に言うと、植物性……うーん、魔法の侵攻度が高い生き物と話せるっていう感じかな。ナギくんや僕がマリちゃんと話せて、他の人がわからないっていうと、魔法という病気がマリちゃんの言葉を聞き取るのに関わりがあるのかも」
「樹木魔法は?」
「僕やナギくんの魔法だね。簡単に言うと木に由来する魔法が樹木魔法で、草に由来するのが草花魔法だよ。杉は例外として、樹木魔法は草花魔法より侵攻速度……体が植物になっていく速度が速い」
マリはナギを見る。ナギはなんでもないことのようにぼーっとしているが、その左目が開かないのは魔法が侵攻しているからだ。左目以外の部分にも根が露出し始めているのは、露出したというより、肌が木になり始めたからそう見えるようになった、と表現する方が正しいのだろう。
杉の魔法使いは語る。
「魔法がまだ世間に理解されないのは、突然体の中から異物が生えてくる、みたいな症状のある病気が大昔から存在するからだよ。実際には生えてくるんじゃなくて、無意識の自傷行為みたいなもので、自分の体の中に詰め込む夢遊病のようなものなんだ」
実際、精神障害により、寝ているうちに腕に針金などを入れ、本人の記憶のないうちにやっているために、体内から入れたものが表皮に出てくるという例はあるらしい。
植物が体表に露出しているように見える魔法もそれに類するものなのでは、と考えられているため、人々に広く知られていないのである。
魔法のことを説明したときの人々の生温い目を思い出す。他人事の妄言、精神を病んでいる子だと憐れめば、自分はさも「いい人」であるかのように見える。だから深く考えることなくそうする。人の浅はかな目が、マリには悲しかった。
「まあでも、信じられないのも仕方ないよ。魔法にかかった僕たちは本能的に理解できるけど、人間の体が木や花になる、なんてあまりにも突拍子もなくて、非現実的だ。それに、症例も少ないから……」
『困ったときにばかり都合よく力あるものの力を求めて、どれだけ使い捨ててきたと思っている?』
マリの脳裏に初めて聞いたロストの声が蘇る。
……恐ろしい未来が見えたような感覚がした。
今は信じられないというのに、魔法の使い勝手の良さを人々が知ったら、魔法使いたちは使い潰されるのではないか。
『ヤメテ、ヤメテ!!』
あの悲鳴は、その意味は。
マリの首筋を嫌な汗が伝った。




