表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少年ボタニカル★フレンズ  作者: 九JACK
アマリリスの魔女編
48/72

杉の風

 杉の魔法使いと名乗る素朴な青年は風を操る力を持っていた。ナギのように体の一部が植物になるような状態異常は見られなかったが、その病気が魔法と呼ばれる理由をマリは実感した。

 魔法で空を飛ぶなんて、絵本みたいだ。緑がざわざわとさざめく中を泳ぐように飛びながら、マリは心をときめかせていた。

「小さい足で大変だったでしょう。地殻変動の影響でね、ここいらの木もちょっと形がおかしくなっているんだ。それでも山が崩れないのは、屋久杉のおかげだね。もう屋久島を支えているのが屋久杉といっても過言じゃないよ」

 さすが長寿の木だ、とマリが思っていると、青年は悪戯っぽく笑った。

「今、屋久杉のこと長寿の木だって思ったでしょう? 違うんだよ」

「えっそうなんですか?」

 マリの問いに答えるより先に、青年は地面に降り立った。ナギとマリも地面に降ろして、ここからは歩いていこうか、という。

「屋久杉だけが長寿の木なんじゃないよ。木はみんな、人間から見たら途方もない年月の寿命を与えられている。でも長く生きられないのは人間とおんなじように、災害に遭ったり、事故に遭ったり、病気になったりしたら死んじゃうから。──切られたら死んじゃうから」

 そのとき、青年は少し寂しげな顔をしていた。

 社会の先生が言っていた。人間は火を使うことができるようになって、文明が大きく発達した、と。火を使うためには燃料が必要で火で燃やされるのには木が主に使われた。

 紙を使うことも多いが、紙も木を原料にして作られているのだとか。薪も木だ。炭も木だ。木は燃えるものの代表だった。

 また、木というのは丈夫だった。丈夫故に、雨風凌ぐ家の材料としてたくさん使われた。木が使われるということは木が切られるということ。伐採される。人間は増え続け、木を必要とした。木はたくさん、生き残る方法を持っているけれど、人間の数が増えるのに、だんだん追いつかなくなってきた。それが原因の一端とされるのが環境汚染の中でも大元を占める地球温暖化だ。

「本当は長く生きられた木も、人のために切られて、殺された。知ってたかい? 殺されたら死ぬんだよ。死んだ命が返らないのは、人間も木も一緒。その中で運よく人間に切られずに長生きできたのが屋久杉という木なんだよ」

 殺されたら死ぬ。その言葉が幼いマリの中にずしりと鉛のようにのし掛かった。殺されたら死ぬ。そんなの、当たり前だ。そんな当たり前のことを、どうして人は忘れていたのだろう。

「男の子の方はもう長くはないね。地球の意志だかなんだかは知らないけど、男の子はそう遠くない日に柳の木になるよ。全身の半分以上が植物になりかけてる。左目が枝で開かないのなんて、ほんの一端さ」

「そんな……木になるって、ナギは死んじゃうんですか?」

 現実味のない話。けれど、ナギが人間でなくなるということを人間として死ぬ、と捉えたマリは涙を浮かべながらそう問いかけた。

 青年はうーん、と少し考えてから答える。

「人じゃなくなることを死ぬっていうんだったら、死んじゃうってことになるのかな。魔法という病気はね、人を植物に変えて生き永らえさせるっていう考え方もするんだよ。人から人より寿命の長い木にすることで、人でいたときより何倍も何十倍も長く生きられるんだ。それを素敵なことだとは思えないかな?」

 マリは悩んだ。

 父や母、祖父母に「長生きしてね」と思うのは自然な感情だった。でもそれは人じゃなくなってまで長生きしてほしいということではないと思う。

 そんな一方で、例えば屋久杉のように、人間では得られないほどの長い時間を生きられるのも悪くないことではないか、とも思うのだ。屋久島跡のこの山はとても空気が美味しくて、木々の緑やさざめきが豊かで、自然を感じられて心地よい。人間同士が国境がどうとか、宗教がどうとか、力関係がどうとかで戦争を起こしそうな人間の世の中よりよっぽど気楽に生きられる空間のように感じた。

 人間として死にたいか、なんて言うのは人間としての矜持の強さが持たせる考えであり、まだ幼いマリは人間として死にたいと胸を張って断言できるほどの矜持を持ち合わせていなかった。

 だから青年の問いに答えられなくて、咄嗟にちら、とナギの方を見る。ナギはマリの視線には気づかず、ほわあっとした顔で大きな木を見つめていた。

 ナギの視線を追ったマリは大木に気づき、そこからさわあ、と風が吹き抜けたような錯覚がした。同時に察する。普通の杉の木のように細く真っ直ぐ直立している生真面目な印象はないが、この立派な木、マリやナギなどの子どもが十人集ってもこの大木の質量には到底敵わないであろう大きな木、これこそが屋久杉だと。

 数千年もの時を生きた木は佇まいだけで神聖さと荘厳さを感じさせる。圧倒されるとはこのことだろう。年月の重みと共に積み重ねられた「自然」という形質がそこにはあった。

 マリは感動した。神様がいるかどうかもわからない世界で、これが神様かもしれないという存在が国内に佇んでいることに。今、自分の目の前に存在することに。

 青年が最初「屋久杉詣りに来たの?」と問うた意味がわかった。お詣りというのは、神を参拝する行為だ。屋久杉はただそこにあるだけで拝みたくなるような神々しさを持っていた。

「ナギ、ナギ、屋久杉様だよ」

 マリはナギの裾を引いて、ナギに声をかけた。ナギは呆然と立ち尽くしたまま、動かない。マリがナギの肩を揺さぶってもそのままだ。

 どうしたのだろう、とナギの前に回って、ナギを見て、マリは驚愕した。目を縫いつけていただけの枝が、ナギの顔を這い、ナギの顔半分を覆っていたからだ。襟裳からちら、と見えるナギの首も木の根が張っていた。

 それは神秘的で恐ろしい光景だった。

「ナギ、ナギ、ナギ! 返事をして!」

 マリの口から焦燥に駆られたように、ナギへの呼び掛けが出る。本能的に理解したのだ。ナギを呼び戻さなければ、ナギは今ここで木になってしまう。そんなのは嫌だ、とマリは懸命に呼び掛けた。

 何十回、呼び掛けただろうか。ナギが徐に口を開く。

「杉の魔法使い様は、屋久杉の精霊様なのですか?」

 ゆっくりと紡がれた言葉に、マリはすとん、と内腑に落ちるものを感じた。

 杉の魔法使いを名乗る青年はナギよりもずっと魔法という病気の仕組みについて深い造詣を得ていた。風を操り、人の一人や二人を抱えて易々と空を飛ぶような本物の魔法のような卓越した能力。それは確かに屋久杉という神秘で人智の及ばないようなものの眷属でもおかしくない。

 青年はゆらりと首を横に振った。

「僕は人間だよ。人間の父を持ち、人間の母の腹から生まれたれっきとした人間だ。ただ、杉の魔法にかかったから、少なからず屋久杉の加護を受けているのかもしれない。その証拠に僕は魔法として強い力を持ちながら、植物になる兆候が見られないんだ」

 魔法という病気は魔法の力が強くなっていけばいくほど、体内の植物性が高まり、ナギのように高まった植物性が体表に出てくるもの。けれど杉の魔法使いだけはどれだけ高い魔法の能力を持っていても、体が木になることは今のところないらしい。

 それを屋久杉の恩恵ではないか、という仮説を立ててはいるが、そもそも魔法という病気が人間を植物に変えるためにもたらされた病気だ、という突飛な話が人々に信じてもらえず、研究があまり進んでいないらしい。

「僕だけがわかる感覚を他の人に説明しても、なかなか理解してもらえないんだ。ただ、魔法という病気はこれから人々に広がっていくだろう。そうすれば、魔法を研究する人間は現れるはずだ。譬、後世に僕の発言や言葉が残らなくても、やがて人間はわかると、僕は信じてる」

 噛みしめるように言うと、青年はマリの肩をぽん、と叩いた。

「君はもう、魔法を発症する前兆の萌芽が始まっている。近く、君は魔法を発症するだろう。それはきっと誰も目にしたことのない魔法の力になるはずだ」

「えっ」

 魔法使いになれる。その言葉だけを聞けば、夢のようなことである。が、魔法という病気の真意を知った以上、手放しには喜べない。

 そんなマリに青年は告げる。

「何か、君が強く願うことがあれば、魔法の力は開花する。僕の風もそうだった。風を操ることができたら、台風などの自然災害を和らげることができる。竜巻や突風などを和らげられる。空を飛ぶことで俯瞰的に状況を見られて、被害の甚大なところを助けに行ける。……そんな思いが、僕に風の力をもたらしたよ」

 青年はマリの頬を優しく撫でた。

「魔法という病気は人間を人間じゃないものに変える残酷なものかもしれない。でもね、最後まで人でありたいと思うのなら、人のためになれるような力を祈っておくれ。それが僕の願いだよ」

 そうして、青年はマリとナギを力いっぱい抱きしめた。その抱擁はなんだかとても心がぽかぽかするものだった。

「さ、子どもはもうお帰り。山の天気が変わってしまう前に、君たちの待つ人のところへお帰り」

 風がざああ、と吹き、青年の姿が霞んで消えていく。

「君たちが来てくれて、本当に嬉しかったよ」

 その声を最後に青年の声は消え、二人は屋久島の外の湖の前に立っていた。

 抱きしめてくれた青年の温みが体に残っていて、ナギとマリは二人でわんわんと泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ