宿命を知る
「とまあ、ずっとこんな調子なんだ」
杜若の魔法使いを実は探し求めている。姉の禊を救う一縷の希望として。
特に違和感もなくやってきたが、今日姫川が呼ばれなかった理由がわかった。緋月は「悲しみの目」で姫川が杜若の魔法少女であることを知っている。杉原も、舞桜も。
杜若の魔法使いを求める者の前にご本人を連れてきてしまうと、それはそれはたいへん面倒なことになる。そんな目に見えている面倒を招くほど、緋月は馬鹿じゃないということだ。
杉原はすがりついてくる実に問う。
「杜若の人に会って、どうするの?」
「姉ちゃんの魔法を治してもらうんです!」
杉原は後方で緋月が柄悪く舌打ちしたのを聞いた。実と視線を合わせ、実の頭を撫でながら、実の主張を聞く。
「姉ちゃんは平気そうに振る舞うけど、平気なんかじゃない。僕は姉ちゃんが夜中、苦しそうに呻きながら寝ているのを知っている。姉ちゃん、なんて言ってると思います? 『まだ死ねない』って言ってるんですよ? 『実を一人にするわけにはいかない』って。『実にこの力を背負わせるわけにはいかない』って。そんなこと、どうでもいいのに! 姉ちゃんにこれ以上、苦しんでほしくないのに。姉ちゃんの足枷になんか、なりたくない」
それでも、病気の侵攻は簡単に止まるものではない。病院を受診していないのなら、尚更。根なし草の二人が、まともに医療を受けているとは思えなかった。
禊は魔法花による侵食が始まっており、魔法花は癌細胞より質が悪い。治療法がないことが魔法では有名だが、魔法花に効く薬はある。ただ、それは人にも害を成してしまう。
魔法という病院が植物による人体の侵食なら、その植物を枯らしてしまえばいいのだ。簡単な話、除草剤を使えば、魔法花は枯れる。だが、除草剤で皮膚が爛れる者もいるし、間違えて口から摂取したら、死に至ることだってある。
だが、魔法はただ植物を人の体から生やすわけではない。人の体、人が元々持つ細胞を植物の細胞に書き換えていく病気なのだ。だから、魔法花に除草剤をかけてなくしても、その根はその人の体全体に巡ってしまっている。つまり、魔法花を根絶やしにしたいなら、魔法にかかった人物は、除草剤を飲まねばならない。
治療の過程で死んでしまったなら、それは治療とは呼べないのだ。
故に、魔法には治療法が存在せず、魔法は不治の病なのだ。
大切な人が、魔法花に押し潰されて死ぬのを見たことがあるから、杉原は実の気持ちを否定できない。そもそも、魔法であろうがなかろうが、大切な人には死んでほしくないし、苦しんでほしくない。病気で苦しんでいて、治す方法があるのなら、手を伸ばさずにはいられないだろう。
「おい、ガキ」
杉原が返す言葉に悩んでいると、ものすごく柄の悪い声がした。学校では爽やか系イケメンとされている緋月柳兎から出ている声だとは、知っていても未だに信じられない。
振り向くと、緋月は腕を組んで仁王立ちをし、ものすごいオーラを醸し出しながら、眼鏡の奥から険しい目を実に向けている。
「黙って聞いてりゃ、ただの独善じゃねえか。姉の病気を治してほしい? お前、お前の姉が抱える病気がどんなものかわかって言ってんのか?」
「橘魔法が血縁に継がれていくのは知っています。姉ちゃんが死んだら、僕が発症するんでしょう」
「そこまでちゃあんとわかってんならよ、ガキぃ……」
緋月は怒りを孕んだ声で、組んでいた手を解き、実の襟首をぐい、と掴まえる。
畳から足が浮くほどに持ち上げられた実は怒気を隠そうともしない緑色の眼光を直に受けていた。杉原は思わず「緋月先輩!?」と叫ぶ。
「姉ちゃんの病気が治って、代わりにお前が魔法を発症したとき、姉ちゃんがどう思うか、考えたことあんのか?」
「……」
実の表情がぎくりと固まる。
姉を救うことに必死すぎて、救った後のことなんて、考えていなかったのだろう。それくらい切実な願いだったとも言えるが……緋月は甘くなかった。
「俺の目は悲しみの目っつってなあ、誰が何の魔法にかかっているのかわかる。どれくらい植物が根づいて、どれくらい植物が育っているのかわかる。時にはかかる兆候さえ見える」
その一言に杉原が目を見開く。
緋月は空いている手で、実の胸をとん、とついた。
「植物はまず種から目を出す。お前の胸にはもう芽が生え始めてる。萌芽だ。同じ植物の魔法使いは同時に存在しないから、お前は魔法にかからずに済んでいる。お前の姉が死ねば、お前の中の芽が成長し、魔法が開花するだろう。では姉の魔法が治ったら? お前の中から芽が消えたわけではない。芽は成長し、開花するだろう。お前の姉は拾った命で、お前が魔法で苦しむ今後を見届けねばならない。そんな延命をさせられて、果たしてお前の姉は幸せになれるのか?」
「そ、れは……」
「苦しむのはお前の姉だけではない」
緋月の拳はぎりぎりと音を立てていた。歯噛みしているみたいに。
「自分が叶えた願いの結果で、その人が不幸になることを杜若が望むと思うか? 魔法にかかるのは皆、人の子だ。杜若もまた、人の子なんだよ」
「っ……」
ずだん、と実が投げ捨てられる。杉原は畳に叩きつけられた実を抱き起こした。
緋月はそれを睥睨し、続ける。
「あまり知られていないことだが、杜若もまた、桜と同様『魔法少女』しか存在しない。女性の発症例しかないということだ。どんな願いでも叶えるなんて、人には過ぎた力を手にして生まれてくる。ロストと戦う義務はないが、彼女らはロストを鎮めることもできる。『願いは必ず叶う』からな。
そんな彼女らは時に神として崇められた。人のために、人のために。彼女らは人のために力を使い続けてきた。だが魔法は自然治癒する場合がある。草花魔法使いは特にな。杜若は草花だ。不意に魔法が治ることがなる。杜若の魔法少女は願いを叶えることができなくなる。するとどうなる? ──今まで願いを叶えてもらってきた人々にとって、願いを叶えられなくなった少女は無価値だ。無価値なものを、人はどうする?
石ころみたいに蹴飛ばす」
緋月はつかつかと実の前にやってくる。杉原に抱えられた実に、ぐい、と顔だけ近づける。
「魔法はそういう業の上に成り立つ生き物だ」
それが杜若の魔法少女がその身分を隠す理由。
緋月は実の髪をがっと掴む。
「そうして自分の宿命と戦う少女をてめえの自己満足のために使うんじゃねえ」




