橘の行方
禊からの圧は強く、視線を向けられているわけではない杉原があわあわし出す。舞桜は禊の方にしっかりと体を向けた。
「逃げ隠れるのも限界があるだろ。緋月の家なら、紅葉寺は手出しできない」
「どうだか。緋月と紅葉寺は切っても切れない仲だって聞いてるよ。あんた、紅葉寺に続いて緋月にも弱味握られたの?」
禊の口調は嘲るようで、聞いていて快くない。杉原が思わず声を上げそうになるのを、舞桜が制した。
おもむろに、舞桜が口を開く。
「やはさまはかやはまはたまかかあやたたはがあさやかはあわた、たかさわたさなたなたあさわなはたらさあらだわ、は、さゆはわほやさや」
「!!」
一同が驚く。何を言っているのか、まるでわからない。が、緋月の二人と杉原は察していた。舞桜が察したのはアマリリスの魔女が扱うロストと話せる言語だ。魔法を使うときじゃなくても使用できるらしい。
まあ、アマリリスの魔女がロストに対してのみこの言語を使うわけではないのだから、普段遣いできても何も不思議ではないのだが。
さらっと使いこなしている辺り、やはり舞桜は魔法発症者として優秀、ということか。
だが、禊が目を見開いた理由は違った。
「そんな! 実が……」
「にたむのるしそ「て」
「それは、そうだけど……」
緋月と柊兎が顔を見合わせる。舞桜と禊は会話が成立している。杉原たちには意味不明にしか聞こえないこれらが、禊には聞き取れているということだ。
杉原はあ、と気づいた。禊の髪に隠れて見えないが、禊は橘の魔法花の侵食を受けている。
ロストとは、無念のうちに死んだ樹木魔法使いの亡霊だ。つまり、死に近いほど、魔法発症者はロストに近い存在となっていく。アマリリスの魔法はロストと話すためのものだ。ロストに近ければ近いほど、言語への理解が高まる、という可能性は大いにあり得る。
魔法花の侵食を受け植物性が高くなっている禊だから、聞き取れるのだ。
咳払いを一つすると、舞桜は言葉を戻す。
「お前と、お前の弟を守るためだ」
「……舞桜……」
「大事な人が、魔法で死んで成ったロストと戦いたくなんかない」
「っ……」
禊が強く唇を噛む。握りしめた拳は震えていた。
「そんなこと言われたら、拒絶できるわけ、ない……! 馬鹿舞桜……!」
禊は舞桜の肩を殴った。ぐーで。とん、という音で叩きつけられる拳を舞桜は黙って受け止めていた。
杉原が舞桜さんはおんな泣かせだなぁ、と思っていると、ちょいちょい、と服を引っ張られる。
陽葵がこそこそと問いかけてくる。
「もしかして、あの方が夜長センパイのコレなんですかね?」
小さく控えめに立てられた小指。今朝ランデブーと宣った口で何を言っているのか、と杉原は軽く憤怒を覚えたが、よく考えるとYESともNOとも言えない。舞桜と禊がどういう関係なのか、詳しくは知らないのだ。
禊はちょっと目付きは悪いが、和系美人だろう……とか考えていると、舞桜がぎろりとこちらを振り向く。あまりもの目付きの悪さに悲鳴を上げるところだった。
「邪推はほどほどに」
「……ハイ」
陽葵が縮こまる。杉原もぶんぶんと首を縦に振った。
が、気になるものは気になる。おんな泣かせである以前に男泣かせである舞桜。ただ、見た目は美人なことは確かなので、綺麗系の男性が好きな女子には刺さるはずだ。中性的な人物というのは昔から神秘的な魅力を持っていて男女問わず人気である。性差別というのが薄くなってきている現代において、舞桜はものすごくモテる要素を秘めているのだ。
杉原の知らない数年間に夢敗れたモブが何人いたかは知らないが、舞桜だってお年頃。好きな人の一人や二人、いたっておかしくないのは確かである。
それに、陽葵の言い方が気になる。考えすぎかもしれないが、舞桜に好きな人がいると知っているかのような発言。舞桜の弟的ポジションの人間としてはとても気になるところだ。
好きな人がいると知っていて、逢い引きを仄めかした陽葵の発言の信憑性はさておき。
「ま、お二人さんは積もる話もあるだろうから、遠慮なくこの部屋使ってくれ。辺りに植物が茂ってっから、防音機能が高いんだ」
「植物で防音……?」
「マリさんの能力の一つです。アマリリスの花言葉は『おしゃべりな少女』マリさんはおしゃべりをする相手を作ることができて、それで作られた植物らは人には理解できない言語を話します。つまりは、室内の声を拾っても、外には理解不能の物音に変換されて伝わるということです」
柊兎の説明に、便利だな、と杉原が関心する。
そんな杉原を緋月が呼んだ。
「杉の。お前は俺と来い」
「え、はい」
言われて、杉原は緋月の方へ行く。緋月はついて来い、と言って、屋敷の廊下を歩き始めた。杉原はとてとてとついて行く。
「橘のはお前に特に反応しなかったが、会ったことはあるんだよな?」
「はい。まあ、舞桜さんに繋いでもらってですから、記憶を直した相手ということで特に覚えようと思わなかったんじゃないですかね」
禊は弟の実と共に紅葉寺から逃げ回っていた。特定の人物と接触し続けるのは危険だ。杉原が出ていったら、また次の場所に引っ越す、と話していたから、顔を覚えられたり、能力を使ったりしたら、すぐに逃避行に移っていたのだろう。根なし草だ。
忙しなく変わる環境の中で、わざわざ深く関わりのない人物の顔など覚えないものだろう。寂しくはあるが。
それを考えると、今回真の能力を隠している向日葵の魔法少女に迎えに行かせたのは、紅葉寺の目を掻い潜るいい手だ。舞桜は美桜を人質にされたが、ただでは起きないということだろう。学内で人脈を作っていたのだ。緋月だって、その一人である。
「舞桜の人脈は恐ろしいな。これが紅葉寺に漏れていないのがすごい」
「まあ、学校で友達作ったり、後輩の面倒見たりするのは普通の行動ですからね」
「それを自然に溶け込ませるのがすごいって話だ。こりゃ、ほっときゃそのうち紅葉寺も丸め込むかもな」
簡単に言うものだ。それができたら苦労はないだろうに。
「と、話は変わるが」
緋月は菊の絵が筆でさらさらと描かれた障子戸の前で立ち止まる。杉原も止まった。なんとなく、空気から、中に誰かいるのがわかる。
「こっちはお前さんのこと、覚えてるかねえ。ちと厄介なことを言い出してな……」
そう言って、緋月が戸を開ける。中にいたのは禊と面差しの似た男の子。
「! 杉原さん!!」
「おー、ビンゴ」
口笛を吹く緋月の存在などお構い無しに、実は杉原に飛びついてきた。
「お願いします! 姉ちゃんのために、杜若の魔法使いを探してください!!」




