知られてはいけない
連れて行かれたのは緋月邸である。
「わー、やっぱり緋月のお家なだけあって、大きいですねー……」
「あ、兄さん、おかえりな……」
緋月の弟、柊兎が出迎えてくれるが、やはり一行を見て固まった。
一行というより……やはり視線を追うと、陽葵に驚いているようである。何故だろう。陽葵の家が実は絶大な権力を握っていたり……はないか、と杉原は否定する。だとしたら、「日下」という苗字に思いを馳せればぴんとくるはずなのである。国会議員にも市議会議員にも、日下という人物はいない。都道府県知事だとか、総理大臣なんてこともない。大体そこまで大物なら杉原が知っていて然るべきなのだ。
「ああ、柊兎。そういうわけだから、奥まで案内してくれ」
「わかりました」
緋月は鞄を置いて、着替えてでも来るのだろう。
緋月の家に来たということは、昨日の話し合い絡み──おそらく、橘の魔法使いのことで話があると見て間違いない。橘の魔法少女、禊の回収は舞桜伝手に陽葵に任されたという話だったはずだ。
昨日とはまた違う、奥まった部屋に案内される。草木が茂っていて、なんだか居心地がよい。
杉原が深呼吸をしていると、柊兎が声をかけてきた。
「やっぱり、植物性の高い魔法使いは植物が近くにあると落ち着きますか?」
「え」
植物性とは、昨日受けた魔法という病気の仕組みの中で出てきた言葉だ。魔法は人間の中に植物の要素が混ざることで発症する。混ざった植物の要素のことをアマリリスの魔女、マリは植物性と呼び、ロスト討伐に向いた魔法の発症者ほど植物性が高いという。
特に意識したことはなかったが……
「おー、確かに前より草花に親近感湧くようになった気がする」
アマリリスの魔女と会ったことにより、魔法の精度が高まったらしい舞桜がそういうので、もしかしたら、そうなのかもしれない。
杉原はあまり実感がないが、指摘された通り、植物が多い方が心が落ち着くような気がする。コンクリート建築の建物より、木造建築の家屋が近くにある方が落ち着くように。
「魔法という病気は最終的に『植物になる』ものなので……植物が近くにいるという意識がリラックスに繋がるんじゃないかって、マリさんが教えてくれたんですよ」
そう言われると、微妙な気持ちになる。
杉原は友人が魔法花に押し潰されて死ぬところを目の当たりにした。舞桜の妹、美桜は現在進行形で魔法花に侵食されている。いつか美桜も魔法花に押し潰されて死ぬのは想像に難くない。改めて、魔法発症者の末路が「植物になる」ことだと聞かされると、なんとも言えない気分になる。
自然は美しい。けれど、自然の一部になることが病気で死ぬこととイコールで結ばれると考えると、それを喜んでいいのかわからない。あれは植物になったというより、植物に殺されたという言葉の方が似合う。
「いいですね。だとしたら、アタシは向日葵の花になれるんでしょうかね?」
陽葵の呑気な一言が、沈黙が気まずいものになる前にこぼされた。柊兎は部屋の戸を閉めると、にこりと陽葵に微笑む。
「どうでしょう。草花魔法の死亡例は少ないので、詳しいことはわかりませんが」
「……少ない?」
杉原の知る限りだと、魔法花による死亡例は樹木魔法のみで、草花魔法での例はなかったはずだが……
柊兎はそれに答えず、陽葵に答える。
「まあ、あなたの魔法なら、一本の綺麗な向日葵というよりは、向日葵畑になりそうですね。
──出てきていいですよ」
「はーい、ね!」
杉原がぎょっとする。陽葵は自分の隣にいるはずなのに、向こうの襖から陽葵の声がしたのだ。どんなに不自然でも語尾に「ね」をつけるところまで同じである。
襖をすたん、と開いたのは──どれだけ見比べても、違いが見当たらない、日下陽葵だ。
それと……
「禊さん!」
「……」
杉原が声をかけると、橘の魔法少女、橘禊はむ、と不機嫌さを露にする。杉原なりに心配していたのだが、会っていきなり睨むのはあんまりではなかろうか。
「おかえりね、二号ちゃん!」
「ただいまね、一号ちゃん!」
禊の険悪な雰囲気はよそに、二人の陽葵がハイタッチをしてくるくると踊り出す。場が混沌としてきた。
杉原は緋月と柊兎の驚きの理由を知った。それは、同じ人物を目撃したら、驚かずにはいられないだろう。
くるくると回るうちに二人はいつの間にか一人になっていた。何度か目をぱちくりしたり、目を擦ったりしたが、陽葵は一人になっている。どうやら双子とかではないらしい。まあ、双子なら、一号、二号呼びはおかしいが、陽葵はノリでやってしまいそうでもある。
驚く舞桜以外の一同をよそに、陽葵は腰に手を当て、ばちこーん、とウインク。ポーズを決める。
「これが向日葵魔法の力ですね。自分の『似せ物』を生み出す魔法です」
予想外だった。
向日葵の魔法。身近にはいなかったので、調べたことがなかったが、まさか自分の分身のようなものを作る魔法だなんて。
でも、そこで杉原がん、と首を傾げる。
「菅くんは陽葵さんのこと初等部から知ってるみたいだったけど、バフ魔法だって……」
「滅多なことじゃ『似せ物』を作る魔法は使いませんからね。向日葵魔法は能力向上魔法ということになっているんですね。『似せ物』を作る分の力を他の人に分け与えているのですね」
「ほー、そりゃ、いいカモフラージュだな」
そこに和装の緋月がやってきた。桑染め色の着物で腕を組む様は堂に入っている。
杉原が唯一驚いていない舞桜にこそこそと問う。
「舞桜さんは陽葵さんのこの能力を知っていたんですか?」
舞桜はにや、と悪戯っぽく笑う。
「紅葉寺には内緒だぞ」
確かに、オータムコンプレックスの解消にはならなさそうだが、紅葉寺は魔法の研究家だ。珍しい魔法や希少な魔法には目がない。そのせいで杉原も狙われているのだし、あの門松も金という盾でもって身を守っているのだ。
「はーあ、舞桜さんや。お前、よくこうも次から次へと厄介事を……」
「緋月側に媚びてんだよ、柳兎さんや」
「ねえ」
飄々とした緋月と舞桜のやりとりに冷たい声が刺さる。
「そろそろ状況を説明してほしいんだけど。私を緋月に連れてきてどうするつもり? 実も一緒でいいっていうから来たけど」
禊が冷えた目で真っ直ぐ舞桜を見ていた。




