アオハル
放課後、図書館に行くと、そこには舞桜と美桜と陽葵の姿があった。
「よぉ、健。新しい友達ができたんだって?」
いち早く杉原が来たのに気づいた舞桜が、参考書から顔を上げる。
友達と言われてぽかん、とする杉原に美桜が微笑みかけた。
「近くの席の子と仲良くなってたって、陽葵ちゃんから聞いたの」
「ああ、菅くんと紫さん」
下の名前呼びにそれまで本を読みながら何やらぶつぶつと呟いていた陽葵がばっと顔を上げる。
「まあ! 今日話したばかりなのに下の名前呼びなんて大胆ですね!」
「えっ」
陽葵の言葉に反応したのは杉原ではなく、何故か美桜である。
参考書を閉じた舞桜がうんうん頷く。
「健にもとうとう来たか、アオハルってやつが」
「エル、オー、ブイ、イー、ですね!」
「えっ……えっ」
「ちょちょちょちょ、な、何言ってるんですかあ!?」
美桜が顔色を失くしていくのを庇うようにして、杉原は邪推する二人組と相対する。
年頃の男の子が同じ年頃の女の子をいきなり呼び捨てにするというのはなかなか勇気のいることである。実例を挙げると、入学前からの付き合いである姫川のことを杉原はまだ「菖蒲さん」と呼んだことがない。
陽葵に関しては陽葵によるほぼ強制なのだが、そこについてはノーカウントらしい。
「いや、あの、紫さんは苗字が好きじゃないから下の名前で呼んでって……」
「どうでしょうね? 弓田紫さん、身長一六二センチ、体重五四キロ、スリーサイズは」
「なんでスリーサイズ知ってるの!?」
聞いてはいけないことを陽葵が口走ってしまう前に、杉原は陽葵の口を物理的に塞いだ。
「杉原くんの~、えっち~」
「どこが!?」
手で口を塞いだだけなのだが……
何故か杉原の背後で美桜がわたわたするというなかなかカオスな状況の中、舞桜が陽葵の頭をぽんぽん、と撫でる。
「はいはい、そこまで。健も美桜もそろそろかわいそうだ」
「はーい、ですね」
舞桜は自分が絡まなければ、こういう悪のりは好きらしい。年齢を経るとそうなっていくものなのだろうか、と考えて、脳内に高笑いする儚が現れ、ぞっとした。深く考えないことにしよう。
杉原が美桜を振り向くと、美桜がぽそっと「スリーサイズはちょっと気になるかも……」と呟いていた気がするが、杉原は聞かなかったことにした。女子という生物には踏みいってはいけない領域がある。
「冗談はさておき、ま、健も学校に馴染めてきたならよかったよ。入学からろくなことがなかったからな」
「あはは」
乾いた笑いが零れる。確かに、ろくな目に遭っていない。
それでも、この兄妹と再会できたのは大きい。
「今日はここで緋月と待ち合わせてるんだが、あいつまだ来ねえな」
「緋月先輩?」
「ま、どーせまた紅葉寺とじゃれてんだろ」
「魔法科学校のツートップがイチャイチャですねー。そんなの学内で噂になっちゃいますね」
「いや、あいつらはそういうんではねえから」
杉原にとっては印象最悪な紅葉寺も、学内ではあの紅葉寺家の息女ということで、なかなかの人気者である。あの深紅の髪は見るものを惹き付ける艶やかさがあるし、生徒会長なのもあって、そのカリスマは計り知れない。
「紅葉寺明葉。身長は一六九センチ、体重は六八キロ、スリーサイズはバストが」
「ストップストップストップ」
なんでいちいちスリーサイズを言おうとするのだろう。陽葵は今日会ったばかりだからとしても、掴みどころがなくよくわからない。不思議ちゃんで片付けていいのだろうか。というか何故身長と体重とスリーサイズを把握しているのだろう。
「ぼんきゅっぼんってやつですね! あ、姫川さんもあれですごいんですよねー」
「その話はいいから」
「でも、緋月センパイが来るまで退屈ですよね? 雑談でもしたらいいかと思いましてね」
「話題選ぼうよ……」
「何々、夜長美桜のスリーサイズが知りたいんですね?」
「言ってないから!」
全ての話がスリーサイズに帰結してしまう。儚より話が通じない生き物は久しぶりだ、と杉原は頭を抱えた。
すると、陽葵の方からごっと鈍い音がする。そちらを見て、杉原は血の気が引いた。
「夜長美桜が誰の妹かわかっての所業か?」
舞桜が凄みのある無表情で、陽葵の頭を机に叩きつけていた。久しぶりに見る舞桜のシスターコンプレックスである。
舞桜は桜の魔法使いとしての栄誉を妹である美桜に奪われたという背景があるが、それはそれとして、妹の美桜を愛している。というか、舞桜は杉原に関してもわりと過剰防衛をしがちなので、何かを慈しむとき、過保護になる性格なのかもしれない。
いつだったか、遠い日に、美桜が桜の魔法少女であることをからかうジャリガキがいた。今にして思えば、彼らは猛者だった。
それで泣いている美桜を見た舞桜は学校の三階から一階へダイブ、そのジャリガキの頭上へ着地し、成敗という荒業を成し遂げた。あのときも目が怖かった。
杉原はともかく、美桜に対して舞桜が抱く感情は一言では言い表せないほど複雑怪奇であり、愛憎に満ちた重苦しいものだ。その発露により、魔法の効果ではなく、舞桜の身体能力は向上する。恐ろしい話である。
「夜長センパイ……冗談ですって……ね……」
「言っていい冗談と悪い冗談がある」
「それは……ハイ……」
どうやらこのモードの舞桜には陽葵も逆らえないようだ。自業自得と言えよう。
「すみません、遅くなりました」
そこへ緋月がやってくる。全員がそちらを向くと、緋月は面食らった顔になった。呼び出したのは緋月だと思われるのだが……
不審に思って、緋月の視線を追うと、その視線は何故か陽葵に注がれていた。まあ、呼んでいなかった人物が来ていたら、それは驚くのだろうが……
緋月はすぐに立ち直り、気分を切り替えるように眼鏡をかちゃりと動かした。
「なるほど。事前に聞いていても戸惑いますね。あと、申し訳ないのですが、やはり美桜さんは学校に残ってください」
どうやらどこかに連れて行かれるようだ。緋月が生徒手帳を見せてくる。そこには「紅葉寺に見張られています」の文字。
紅葉寺に知られては都合の悪い話のようだ。杉原は納得しつつも、美桜を見た。
魔法花に左目を食い潰されている美桜は、残る右目で微笑む。
「いってらっしゃい、健くん」
「うん」
ぎゅ、と握りしめられる手のぬくもりを確かめるように握り返すと、杉原は緋月の方に向く。
緋月の先導で出て行こうとしたところ、美桜に引き留められた。
なんだろう、と振り向くと、ぶわり、と杉原の眼前を桜色が埋め尽くす。
頬に柔らかい感触がし、杉原は呆然とした。桜の香りが離れていく。
ぴゅー、と陽葵が口笛を吹くのを、舞桜ががっと殴っていた。




