奇妙な手紙
ロストの出ない長閑な日和。おそらく、舞桜の浄化が強く作用して、ロストの出現を抑えているのだろう。
風を操る杉原や銀杏の魔法使いの鎮魂と、桜の魔法少女の浄化の大きな違いはそこだ。杉魔法と銀杏魔法は言ってしまえばその場しのぎである。もしくはその場かぎりだ。だが、桜魔法の浄化の作用は長くよく効く。きっと彼女らの寿命が吸われている分、そのくらいの強い力を得ているのだろう。
舞桜は桜草の魔法少年であるが、浄化の魔法が使える。アマリリスの魔女と会ってから、格段に強くなったという浄化の作用は、桜魔法に匹敵するだろう。
杉原は魔法統計学の授業が途中からいたたまれなくなった。それは魔法を発症したまま、ロスト討伐を続けながら生き永らえることができる例が杉魔法使いしかいないからであった。
桜の魔法少女である美桜は生きられても二十歳まで。舞桜も桜の魔法少女と同等の力を得て、今のところ何ともないように過ごしているが、舞桜の寿命も確実に削れているだろう。舞桜が助かる方法は舞桜の魔法が治るということしかない。
けれど、それは舞桜は望まないだろうし、もし仮に魔法が治ったとしても、舞桜は傷つくだろう。幼少より、舞桜が「桜の魔法使い」として期待されて育ってきたことは知っている。だから、たぶん、舞桜の中から魔法が失われることは、舞桜にとって、死ぬことと同じなのだ。舞桜が桜草の魔法少年としてぎりぎり保っている尊厳が絶たれてしまう。……それがわかるから、杉原は舞桜に戦わないで、と言えない。
「すーぎちゃん! 何拗ねてるの」
「……弓田さん、その呼び方、何?」
「ん? 親しみ湧くかな、と思って。嫌なら杉原くんって呼ぶよ」
「親しみは湧くけど……できれば杉原くんで」
なんだか急に距離を詰められると儚の鬱陶しさを思い出してしまうため、そう告げた。弓田は何一つ悪くはないのだが。
あんな儚でも、兄姉を救うという使命を背負っているのだ。たぶん、彼女が楠の魔法使いであり続けなければ、どうしようもない方法で。だから、三十代になっても治らない魔法のことに危機感を覚えていない。魔法を多用し、煙草を吸う。
「じゃあ、アタシからもお願い。弓田って呼ぶのやめてほしいんだ。下の名前は紫っていうの。よろしく」
「え。何か訳でもあるの?」
同性である菅に「下の名前で呼んで」と言われたら、杉原は特に疑問は持たなかった。菅はノリが軽いし、男子だ。上の名前とか、下の名前とか、そういう線引きは男子だと緩い。
弓田はどちらかというと、畏まった感じの子だと思っていた。菅の話題振りに乗ってくるくらいの軽さはあるが、席が近いから、というのと、人付き合いというのがあるだろう。ちょっと義務的なところがある。
弓田は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「弓に田んぼで『ゆだ』なわけだけど、ユダって言ったら、とある宗教の裏切り者の名前だし、ある国ではユダヤ人っていうのが差別されてたりするでしょ? そういうのでネタにされてきたから、あんまり自分の苗字、好きじゃないんだ」
「そっか。わかったよ、紫さん」
極端ではなくなったが、魔法という病気もあり、少子化が解消されたわけではない。大抵の小学生は中学生まで同じ面子で繰り上がりになる。小学校と同じノリで、中学でも付き合われたら、精神的成長が男子より早いとされる女子にはきついだろう。
それが悪意のない悪口だったとしたら、余計に質が悪い。紫が転校を決めたのは、おそらく魔法の発症だけが理由ではないだろう。
「で、杉原くんは何悩んでたの?」
「ええと」
「やっぱりさっきの魔法統計学?」
図星である。
「桜の魔法少女とか、夜長先輩とか、ロスト討伐に携わる人が周りに多いもんね、杉原くん。……自分と縁の深い人が、長生きできないって話は、きついよね、きっと」
「……うん」
やっぱり女子は鋭い、と思った。論点が一切ずれない。感性が育っていて、人と共感しやすい。
魔法使いだから、余計に感受性が高いのだろう。杉原は何気なく聞いた。
「紫さんは、何の魔法使いなの?」
「アタシ? アタシは木蓮ってお医者さんが言ってたわ」
「オレは葦だぜ!」
「お前にゃ聞いとらんばい」
菅からも返事が返ってきて、杉原はくすくすと笑った。
「ひっでー。オレも混ぜろよー」
「あはは。菅くんはどんな魔法なの?」
「見てろよー。『隣の客はよく柿食う客だ』」
なんで早口言葉? と杉原も紫も首を傾げたが、菅が得意げに広げていたノートを示す。そこには綺麗な明朝体で「隣の客はよく柿食う客だ」と記されていた。
「葦魔法は口にした言葉を文字として実体化できるんだぜ」
「うわ、地味」
「地味とか言うなよ! 魔法発動してれば板書とか余裕なんだからな!」
他人の言葉も文字にできるらしい。確かに、応用すれば授業中の板書もスムーズにできるだろう。菅が見せてきた魔法統計学のノートには、先程の授業で解説があった言葉がそのまま連ねられている。
何がすごいって、教師が噛んだところや、咳払いしたところまでタイミングもしっかりと記されていることだ。板書としては面白すぎる。
ただ、菅はこれが生まれつきできるとのことだった。
「昔から漢字とかも使えたの?」
「おうよ。赤ん坊が明朝体のひらがなを落書きするわけないってことで両親が首を傾げて魔法科を受診したら、葦の魔法だって判明したってわけ」
「へえ。人間は考える葦である、とかいう哲学者の言葉からきてるのかしら。面白いわね」
「へへっ。魔法科学校で訓練して、色を選んだり、太字にしたり、文字の大きさ調整したりできるんだぜ」
それは応用したら便利そうだ。
「でも、魔法ばっかに頼ってると、字が下手なままよ。何この名前」
菅の手書き文字はひどいものだった。芸術的なサインの方がまだ読める。
しかし、紫の指摘に菅は不服そうだ。
「ちゃんと読めんだろ。『菅草太』って」
「いや、僕もわかんない……」
「杉原までひでえ!」
そんなとき、誰かが杉原の名前を呼んだ。
「杉原健くん、いますかーね?」
その不思議な語尾の付け方は覚えがある。
「陽葵さん?」
「やっほーですね。はい、白ヤギさんからお手紙ついたので、食べないでくださいね」
「え」
「じゃあね~」
杉原にぽん、と手紙を渡すと、陽葵はあっという間にいなくなる。菅が「不思議ちゃん」と称した理由がよくわかった。
そんな菅が寄ってくる。
「今の、陽葵ちゃんだよな? まさか、ラブレターか!?」
「まあ! うちの杉ちゃんはまだ渡しませんことよ!」
「違うって、たぶん」
紫の悪のりに苦笑しつつ、手紙を開くと、そこには……
「んん? 何これ?」
「ハングル? 楔形文字?」
紫が表現したその二つを複合したかのようなものが並んでいた。簡単に言うと読めない。
紫がぽん、と菅の肩を叩く。
「出番よ!」
「日本語以外は専門外なんだが!?」
二人の漫才を尻目に、杉原は手紙の文字をなぞった。
そのとき、何か聞こえた気がした。
けれど、それは言わずに、溜め息を吐く。
「変な手紙もあったもんだね」
そうして手紙をポケットに仕舞った。




