魔法統計学
ロスト討伐で忙しいため、まともに授業に参加していなかった杉原であるが、入学式でみんなに顔を覚えられていた。話題の人物にクラスメイトは興味津々のようで、特に前の席の菅と隣の席の弓田は積極的に杉原に絡んできた。
「杉原くんや。宿題が机の中に置きっぱなしでっせ」
「え!? そういうのは早く言ってよ」
「杉原はロスト討伐だからな。そういうの大目に見られるって聞いたぜ」
「いいよね~。でも補修とかあるわけじゃないのもきついか。わかんないことあったらノート見したげるから言って」
「ありがとう、弓田さん」
「オレは!?」
「はいはい、菅くん」
「それ二度返事っていうんだぞー!」
普通の友達みたいに接してくれる二人の存在は杉原にとって新鮮だった。
これまでは普通校で過ごしていたため、杉原はちょっと浮いたところがあった。杏也のこともあって、誰かと仲を深めて、いつかお別れしてしまうことに怯えてしまっていたからかもしれない。
杉原は杉の魔法少年。生まれたときから魔法が使えて、魔法花として杉の葉を出すことができていた。故に、そう長く生きられないかもしれない、と医者から言われていたのだ。
樹木草花魔法使いにおいて樹木魔法使いは草花魔法使いより病の侵攻が早いとされている。魔法花を出せるとなったら、魔法花に体が侵食され始めていてもおかしくないのだ。銀杏の魔法少年だった白銀杏也はなるべくしてああなったと言える。魔法の使用頻度が高くなければ、魔法花の侵食を抑えることができる。だが、銀杏魔法はロスト討伐に有用な魔法であるため、生き延びたいがためにロストを討伐しない、という選択肢は存在しなかった。魔法使いが向かわなければならないほどのロストは、未曾有の大災害を引き起こし、討伐しなくても自分が死ぬ可能性があるのだ。
そんなある種理不尽な魔法という病気にかかり、ロスト討伐を続けて、高校生になるまで元気に育った杉原こそが例外的存在なのである。
「次は魔法統計学の授業だね」
「長い間魔法使いやってるともう耳にタコできるレベルの話だけどな」
教科書を出しながら、弓田が杉原に声をかける。
「わかんないとこあったら教えるよって言いたいとこだけど、魔法統計学はたぶん杉原くんの方が詳しいよね」
「杉魔法、生まれつきだっけか」
「うん。ただ、普通校ではあんまりやらないから、菅くんの方が詳しいんじゃない?」
菅は初等部一年から魔法科学校にいる。魔法科学校は紅葉寺家が運営しており、魔法統計学はその紅葉寺家の研究成果そのものといっていい。
杉原の言葉に対して、菅は首をひねる。
「うーん、内容は医者が言うのと大して変わらねーよ。だからオレ、この授業苦手なんだよなー。風邪引いたわけでもねーのに病院来てるみたいな感じして」
魔法という病気に対する理解の基礎は魔法統計学にある。医者が患者に魔法の診断を出し、症状に関する診察をするときも、魔法統計学が基となったデータを利用するのだ。
「アタシはまだ実感湧かないな。自分が魔法にかかったなんて」
「でも能力は開花してんだろ?」
「でもちょっと前までは何の兆候もなかったし、あと、やっぱり魔法が『病気』っていう概念なのが馴染まないっていうか」
一般人からすればそうだろう。ロストを討伐できる魔法を発症する者は絶えない。ロスト討伐のために魔法を使い続けていれば、魔法の侵攻が進み、場合によっては死に至る。死に至る──魔法花に押し潰されなくとも、魔法発症者は平均寿命が短いとされている。故に、寿命を蝕む病気とされているのだ。
菅と杉原にとっては付き合いの長い事象も、つい最近魔法にかかったばかりと言える弓田からすれば、まだ違和感のあることなのだろう。
「病気って言ったって、菅くんも杉原くんも、アタシだってぴんぴんして学校に通えてるわけじゃん。不健康ってイメージにならないんだよね」
まあ、桜の魔法使いのように目に見えて魔法花に侵食されている人物はなかなか目にすることはないだろう。
そうこうしているうちに授業が始まった。
授業前はノートを取ろうだとか真面目なことを考えていた杉原だったが、始まって五分で速攻諦めた。というか、菅の言っていた通り、魔法を長年患っている者なら医者から散々聞かされている内容だからだ。
ロスト討伐に適した魔法使いとそうでない魔法使いとで魔法花の侵食の可能性が云々、寿命が云々。魔法を使う頻度が云々。
目新しかったのは桜の魔法少女は戦わなくても二十歳を迎える前に死んでしまう、という話だ。
そんな実験までしたのか、と少し呆れてしまった。まあ、ロストの出現頻度はその年ごとに違う。ロストの強さも違う。桜の魔法少女は命が桜に食われる確約した死の分、強い力を持つ。桜の魔法少女ほどの力でなくとも対処できるロストだけの年もあったのだろう。
それでも、統計とはいえ、桜の魔法少女が研究の一部として使われているのはあまりいい気はしない。後の世のためになるとはいえ。
「しかし、長生きの魔法使いとして有名なのが杉魔法使いであることはあまり知られていないようですね。統計的にですが」
え、と杉原は声が出そうになったが、声を出すまでもなく、周囲から視線が集まって、息を飲む。
杉魔法の発症者が長生きであることは知らなかった。松の魔法使いのように魔法の特性でもないのに。
「杉魔法は対ロスト魔法の中でも三つ指に数えられるほどの存在として知られていますが、全国の病院で調査を行ったところ、杉魔法の症例の載ったカルテそのものが少ないという結果と、役所に問い合わせた杉魔法発症者は平均寿命とされる年齢まで生きているという確認が取れたのはつい最近のことです。
対ロスト魔法は途絶えることなく発症者を出しています。杉魔法も例外ではないはず。それなのに症例が少ないのは、同じ樹木草花魔法使いは同時に存在しないという法則と、杉魔法使いが長生きで、他の魔法発症者と比べて長く活動できるからだと考えられています」
なるほど、なんとなく紅葉寺が杉原に異様に興味を示すわけだ。
統計を取り、研究するためにも、資料となるものは必要だ。別に本人を使わなくとも、病院や役所など、関係各所に問い合わせることで、資料は得られる。
杉魔法と桜魔法の違いは、発症者の数だ。桜の魔法少女は短命であるために、これまでの発症者数が多く、桜魔法を発症するのは「女性のみ」というのがわかるくらいのデータがある。杉魔法は逆なのだ。発症者が何歳までロスト討伐を行うかはわからないが、おそらく死ぬまで治らず、普通の人と同じくらい長生きをする。だから、同時に同じ魔法を発症する者がいない事実に則れば、八十年、杉魔法使いが存在しなくても不思議ではない。
これは杉原も実感していることだが、杉魔法使いは体が頑丈である。病院にかかるような大怪我なんて滅多なことではしないし、他の病気にもかからない。それが八十年続いたとしたら、魔法を取り扱う病院からカルテが消えていてもおかしくないのだ。
ロストに対抗できる筆頭格の魔法にして、希少魔法を持つ少年。それは紅葉寺でなくとも、研究者なら興味を持つだろう。
思ったより厄介な身の上かもしれない、と杉原は苦い顔をした。




