楠原家
夕飯を食べ終えると、杉原は食器を提げるのに立った。光子は儚の分の布団を敷きに行っている。
「健ちゃん、手伝うよ」
「え、いいですよ、すぐ終わりますから」
杉原が遠慮すると儚がくすりと笑った。
「お喋りする口実がほしいの」
「別に、儚さんと話すのは楽しいですし、お喋りはいつでもいいんですけど」
「嬉しいこと言うじゃない」
杉原は頭を抱きしめられてふごふごと呼吸困難に陥った。
というのはさておき、儚がこうしてわざわざ杉原に話しかけてくるということは、光子や総一には聞かせたくない話、ということだろうか。
食器を台所に運びながら、話に耳を傾ける。
「私がなんで金の虫なのか知ってる?」
「知りません」
理由があるのか、と失礼ながら思った。ちら、と儚を見ると、少し悲しげな表情をしていた。
明るくて気さくな儚がシリアスな表情をするのは珍しい。シリアスな表情をしたとしても、直後にネタ的なことを言って台無しにする。言い方は悪いだろうが、へらへらしているのが儚の基本スタイルだと杉原は認識していた。
だが、口を重たげにしている辺り、この後飛び出すのはギャグではないのだろう。
「私、末っ子なのよね」
「え」
「兄弟が十二人いて、その十三番目。末っ子なの」
「十三人兄弟!?」
そんな、ベビーブームじゃあるまいし、と思ったが、真顔のままの儚を見るに、事実らしい。儚は口がよく回るし、仕事以外のことでは軽いので、ジョークならにやにやするところだ。それが笑う素振りを一切見せない。
そのまま、かちゃかちゃと皿が擦れる音の中で続ける。
「楠原はしばらく楠魔法使いを輩出してなかったの。まあ、前の楠魔法使いの人がかなり長生きしたからね。とはいえ、三代だか四代くらい、今や楠原家の代名詞とも言える楠魔法使いが生まれないことに焦りを覚えたらしくて。馬鹿みたいに子どもを生んだのよ」
「……まるでオータムコンプレックスですね」
「あはは、言えてる」
儚がからからと笑う。楠葉家との因縁は有名なので知っていたが、まさか楠原家がそんなことになっているとは思わなかった。普段の儚の自信満々なところを見ているから、尚更。
しかし、十人を超える兄弟がいるとなると大変そうだ。
「大家族だから、出費がかさむとかですか?」
「私が何歳か忘れた?」
あ、と気づく。末っ子の儚がいい大人なのだ。兄姉しかいないのだから、それぞれ自立しているだろう。
まあでも、と儚は続ける。
「私がお金を必要とするのが家族のためっていうのは大まかに言えば合ってるかも」
「そうなんですか?」
「兄一人と姉二人。計三人分の寿命をまっちゃんに預かってもらっているって言えばわかるかな」
「え?」
まっちゃんとは松の魔法少女、門松紀子のことだ。松魔法が司るのは不老長寿。寿命を伸ばすことができる。
門松紀子もまた魔法を使うのに金を取ることで有名だ。門松曰く「命を金で買えるんだ。安いものだろう」とのこと。言い方が偏屈だが、要は「何万、何億と払おうと、普通は命には替えられないのだから、金を払って済むのならそれでいいだろう」という話だ。命より価値のあるものはない、生きること以上にかけがえのないことはない、というのが彼女の持論である。
ただ、命の価値を重要視する門松だからこそ、松魔法の恩恵を授ける対価は相当なもの。つまりは料金が基本的に高い。
そんな門松に三人の人間の寿命を伸ばすことを頼むなんて、お金がいくらあっても足りないような目眩のする事態である。
「どうしてそんな……」
「んー……屑親たちのせいでね、その三人は植物状態なの。他の兄弟は死んだ」
さらりと、というには儚の顔には憎しみが滲んでいた。思い出を語るというには重すぎる話題について、儚はつらつらと述べる。
「上の方の兄さん姉さんなんかは私、顔も覚えてないのよね。それくらい、私の兄弟は早死にしてるの。魔法発症者でもないのに。……いっそのこと、魔法を発症していれば、こんなことにはならなかったのかもしれないけどね」
「……どういうことですか?」
その頃には皿洗いも終わり、杉原は手を拭きながら儚を怪訝そうに見上げていた。
「屑親の考えはこう。『後天性でも楠魔法が発症すればいい』まあ、そんな都合のいいことがあったら魔法は病気だなんて言われないんだけど。それで、人工的に魔法発症を促す薬とやらに手を出したの」
「人工的に魔法を? そんなの、聞いたことないですよ」
「当たり前よ。試作品なんだから。つまるところ、私の兄弟たちは薬の実験台にされたってわけ。病気を発症させようなんてイカれた薬飲まされたんだから、命の保証なんてあるはずもなく。でも、新しく子どもを産めば替えが利くとか考えてたんでしょうね。ほんっと、頭の弱い阿呆親を持つと困るわ」
「違法じゃないですか? それ」
「違法だと思うわよ。でも、証拠がないんだもの」
「門松さんに預けているお兄さんお姉さん方は?」
儚が苦い顔をする。
「正直、回復するか怪しいわ。まっちゃんにも何回か、もう諦めたらどうだって言われたもの。……でも、数少ない手掛かり。それに、その三人は私は勿論、みっちゃんとも仲良くしてたの」
儚と光子は友人関係にある。交流があってもおかしくはない。
この話を杉原にだけ話す理由がわかった。儚は光子に聞かせたくないのだ。お世話になった人が植物状態だなんて知ったら……いや、うちの母は案外強かだが、と杉原は微妙な表情をした。
光子本人はともかく、儚が伝えたくないのだろう。
「薬の出所ごと根こそぎやんないと、同じことが起こると思うのよね。情報集めも大変よ。親が薬をどうやって投与したかわからないし、どこから入手したかもわからない。薬の投与は幼少期に行っていたと見られているから、今更見つけるのも難しいしね」
魔法は先天性か、後天性でも発症年齢は幼少期が多い。どんなに遅くても十代が関の山だ。その違法と思われる薬も、幼少期に効くとされていても、おかしくはない。
「でも、希望が見えた。それが健ちゃんが連れてきたオレンジの薔薇の親子」
「えっ」
「あの親子の治癒の能力がどういう範囲に効果があるのかはわからないけど、治癒の魔法で兄さんや姉さんが回復する可能性はゼロじゃないわ」
なるほど、と杉原は得心する。
あの親子の護衛を引き受けたのも、儚にとって益があるからだ。守るのと引き換えに、兄と姉を救ってもらえるかもしれない。
「そ・れ・と、緋月に情報を流したのは協力してもらうためよ。資金面でね。あと、情報網もそれなりにあるし」
もしかしてとは思うが……
「紅葉寺家が絡んでいる可能性があると考えて……?」
「まあ、ゼロじゃないと思うわ。こういうネタは緋月としても大歓迎でしょ」
ややこしいことになりそうだな、と思いつつ、杉原は深く溜め息を吐くのだった。




