植物性に犯された者
確かに、意味を理解できなければ、盗み聞いても意味がない。そういう意味では、特別課外授業は紅葉寺への嫌がらせになるだろう。
「紅葉寺側にマリさんの言葉を理解できるやつがいない前提での話だ。大丈夫だとは思うが」
「大丈夫ですかね? 能力使いこなせる勿忘草の人とか聞こえたりしません?」
「ん、マリさんの言葉は基本的にロストと戦う力を持つ魔法使いにしか聞き取れない。皮肉な話だが、ロストになる可能性のある魔法使いってのは、ロストと戦う力が強い。それだけ植物性が高いってわけだな」
杉原はぞっとした。それなら、発症したら魔法花に押し潰されて死ぬことが確定しているような桜の魔法使いや白銀杏也のように魔法花の侵食を受けた者は何か間違えたら、ロストになっていたということか。
そう思うとぞっとした。もしも、杏也がロストになったとしたら、そのロストを自分は倒さなくてはならなかったのか、と。そんなこと、できただろうか、と。
「それって、先輩はどうなんですか?」
そこで口を開いたのは姫川だった。
オレ? と緋月は首を傾げる。
「柳魔法はロストと直接戦う力ではなく、環境緩和の魔法のはずです。先輩の論で行くと、先輩はアマリリスの魔女と喋れないことになりますが……」
お、と緋月が感心した風な顔をする。見ていた柊兎が呆れていた。
「よく気づいたな。おう、血筋補正とかそんなんなくて、オレ、全然マリさんの言葉聞き取れねえのな」
至極あっさりと認める。あっさりしすぎていて、姫川はぽかんとした。舞桜が肩を竦める。
「リュウのこういうとこ、良くないよな。なんつーか……弱味になりそうなことを何とも思ってなさそうなとこ」
「実際、何とも思ってないしな。シュウがいればマリさんと会話できるし」
「次期当主としてどうかと思うんですけどね……」
柊兎が溜め息を交えつつ続ける。
「でも、マリさんの声が聞き取れる僕とマリさんがセットで提供されるから、紅葉寺側にもメリットがあるんですよ」
「なるほど、シュウは通訳ってわけか」
それに、とちょっと機嫌悪そうに緋月が告げた。
「ロストの声を聞き取るメカニズムは紅葉寺も研究したいだろうさ。恰好の餌ってわけ」
「餌に何か仕込むのか?」
「鼠にゃそれで充分だろ」
紅葉寺を鼠呼ばわりである。気に食わない相手とはいえ、なかなかな言い様だ。
舞桜がからからと笑う。プライドの高いお嬢さんが聞いたらかんかんだろうな、と。まあ、マリの言葉を聞き取れない時点で紅葉寺は屈辱的であろうが。
そんな重要人物を緋月は餌と言った。それは陽動であることを示している。
「本命は僕が紅葉寺の深くまで探ること。いないはずの次女に手が届けば、あとはどうにかなると考えています」
んー、とそこで考え込んだのは舞桜だった。少し罰の悪そうな顔をしている。これまでの流れで、舞桜がそんな表情をする理由はないのだが。
杉原が不思議に思って舞桜の顔を覗き込む。舞桜はそれに気づいて苦笑いを返した。
「いや、その子もなんか可哀想だなって思ってさ。死んだことにされて、いないものとされているのに、仮に紅葉寺から解き放たれたとして、無戸籍児なわけだろ? 無戸籍児が戸籍取得するのって、かなり大変なんじゃないっけ、とか考えたらさ」
「紅葉寺からその子を救い出さない方がいいとでも?」
「違うよ。ただ、シュウと同い年くらいってことは、まだまだ子どもだ。年上の俺らですらまだ子どもだってのに、その先どうすんのかなって」
「先か……」
舞桜の指摘に、緋月が目をすがめた。
人にはその人の人生がある。こちらは解放して、救った気になれるかもしれないが、その少女からすれば、居場所を奪われることに等しい。もしかしたら、思ったより悪くない生活なのかもしれない。そう見えなくても、本人にとってそうなら、他者に否定することはできないのだ。
それに応えたのは、真剣な表情の柊兎だ。
「舞桜さん、緋月家の目的はあくまで、『紅葉寺が違法なことをしていないか』の調査です。その子の人生はその子が決めるもの。僕たちはその子のヒーローになりに行くんじゃありません」
「お、冷静だな」
「……その子を救いたいのは、僕のエゴですから」
真顔ですごいこと言うなあ、と杉原は感心していたが、よく見ると、柊兎の耳が真っ赤になっている。青臭いことを言っているのは本人も承知の上なのだろう。
ここに儚がいなくてよかったと思う。あのお姉さんは思春期真っ盛りの少年をからかい倒したことだろう。あんな大人になりたくないな、と杉原は素直に思った。
それに、もし、美桜を桜の魔法少女の短命の宿命から救い出せる方法があるとしたら、それがどんな方法であっても、杉原は手を伸ばす。だから、柊兎の気持ちはわかるつもりだ。
ん、とそこで杉原はふと閃く。
「あの、マリさんに会うことって、わりと簡単にできることですか?」
「ああ、どうした?」
「会ってほしい人がいるんです」
杉原のはっきりとした物言いに、緋月がほう、と関心を示す。
杉原は一呼吸置いて、切り出した。
「橘の魔法使いです。あの人は紅葉寺に囚われることを恐れています。それなら、緋月側で保護してもらえませんか?」
「ちゃっかりしてるな。でも、橘魔法は記憶関係のものだ。ロスト討伐に直接関係はない。マリさんと話せる可能性は……」
そこで杉原は俯いた。一度だけ会った橘の魔法少女、橘禊の姿を思い出す。
魔法花に侵されて、苦しむその姿を。それが皮肉にも活路だった。
「植物性の高い人はマリさんとお話しできるんですよね? それなら、今の橘の魔法使いは適性があると思います。……魔法花の侵食を受けている状態なので」
杉原の言葉になっ、と声を漏らす舞桜。舞桜は禊と知り合いのようだが、紅葉寺に人質を取られた身で、禊と進んで会おうとはすまい。電話でのみのやりとりだったなら、禊の病状を知らないのも無理はないだろう。
杉原は禊というより、その弟の実のことを心配していた。姉のために杜若の魔法使いを探しているという。無茶を繰り返す姉を見兼ねて、いつ危険な道に歩を向けるか。それは姉が一番望んでいないだろうに。
「魔法花の侵食はつまり、植物性が高まっているということ。マリさんと話せる可能性は高いと思います」
「なるほどな……橘を手に入れておくことは紅葉寺に対しても牽制になるし、悪い話ではないな。まあ、橘は頑固だというから、そっちが話に乗ってくれるかが一番の問題だが」
「それに、もし紅葉寺の幻の次女が記憶操作を受けていた場合、橘の魔法があれば、対処できます」
「……よく考えての提案か」
杉原は言えることは全部言った。その懸命さに、緋月は口角を上げる。
「いいぜ。ただし、繋ぎはよろしく頼む」
「舞桜さん、お願いできますか?」
「ま、そうなるよな」
舞桜は深々と溜め息を吐いて、こめかみをぽりぽりと掻く。
「しゃーない。紅葉寺に捕まらないって点を強く示せりゃ、説得できるだろ。ただ、健」
「?」
名前を呼ばれて舞桜を見ると、その紫色の目にはやるせなさが滲んでいた。
「マリさんと話せるとして、魔法花の侵食はどうにもならない。それでもいいのか?」
「それはあの人に聞いてください」
救いたいわけではない、というと嘘になるが、魔法花の侵食がどうにもならないことは杉原自身が見て知っている。そこから先をどうするかは、禊次第だろう。
魔法花の侵食を受けて、魔法花に潰されてただ死んで、ロストになることの方が問題だと思う。
杉原のその考えを聞いて、舞桜はわかったよ、とからりと笑った。舞桜も顔見知りがロストになるのは見たくない。
「それにしても、ロストという存在は因果なものですね……」
姫川が切なげに目を伏せる。
ロストとは樹木草花魔法使いの成れの果て。魔法を発症するということは、ロストになるということと背中合わせであるのだ。
かつては同じように自然災害たるロストに立ち向かっていた者たちが、自分たちの討伐対象であると考えると、ある種の虚しさを感じる。
「私も、考えることがたくさんできてしまいました。頭を整理したいので、そろそろ帰ってもいいでしょうか」
「ああ」
姫川の暗い声色に、快く送り出す緋月。
姫川は可能性を背負ってしまったのだ。この話し合いの中で、「杜若の魔法でロストや魔法発症者を解放できる」という可能性を。
危険と隣り合わせな賭けのような願いの一つの形を。




