紅葉寺に隠された少女
「私と会ったことは秘密だよ、とその子は金平糖をくれました。部屋から出てはいけないと言われているそうです」
それはなんともきな臭い話だ。
「綺麗な黒髪で、赤い目をした女の子でした。ボクと同じくらいの年頃の子で身綺麗ではあったけど、顔色が悪くて……明葉さんに兄弟がいるという話は聞いたことがなかったんですけど、きっと親族の子なんだろうなって思いました」
紅葉寺は大きな家ではない。が、緋月と名前を並べるくらいには古くからある家だ。分家だのと大掛かりなことを言わないだけで、親戚ならいくらかいるだろう。
だが、普段から親戚が集うような家でもない。故に柊兎は不審に思った。
部屋から出てはいけない、という文言も気になるところだ。それらを一人で抱えていてもどうしようもなかった柊兎は兄に相談した。
「で、色々調べた結果、紅葉寺には妹がいたことがわかった」
「え!?」
これは舞桜も初耳だったらしく、驚いている。
「ただ、生まれていないことになっているな。役所の手続き上」
「生まれていたら、ボクと同い年の女の子。流産だったらしい、と」
「え、いやいやいや、まさか」
緋月は赤みの強い茶色の目をにんまりと歪ませる。虫を捕まえて得意げな子どものように。
「シュウの会った子が幽霊じゃなきゃ、叩くべき埃祭りだよ」
「全然笑えねえ……」
つまりは「子どもを流産と偽り、生んで育てている」ということだ。それだと法に引っ掛からないだろうか。
「だが、シュウがその子に会ったのは一回きりだ。幽霊だった可能性もある。金平糖は美味かったが」
「食ったんかい」
「もったいねーだろ」
深刻な話のはずだが、けらけらと笑う緋月。杉原と姫川は何と言ったらいいのかわからない。
緋月はいかにもな「悪い顔」をした。
「これで紅葉寺を法的に裁ける理由ができたら、縁切りのいい理由になる」
「なるほどな。お前はそれが目的ってわけか。シュウは?」
舞桜が柊兎に話を振る。柊兎は兄と同じ色の目なのに、冷たく、悲しげな光を灯していた。
「あの子を助けたいです」
「幽霊じゃない前提だな」
それはそうだろう。柊兎は唯一、その女の子に直接会っているのだから。同い年かもしれないと聞いたら、気になるのも無理はない。
舞桜が視線を杉原と姫川に向けた。
「お前らはどうする? 別に緋月につく理由もないが」
「ここまで教えておいて、それってありなんですか?」
「同じく」
怖いもの見たさがないとは言い切れないが、紅葉寺に味方するよりはよほどいいだろう。
「紅葉寺先輩には嫌がらせされてますからね」
「嫌がらせ?」
緋月がぴくりと反応する。杉原は素直に述べた。
「勿忘草の魔法少女に記憶奪われたんですよ。あと、よくちょっかいかけられますし」
「勿忘草か……なるほどな。紅葉寺が橘の魔法使いに拘る理由がわかったわ」
杉原もそれは察することができた。
入学式のとき、紅葉寺の指示ですぐ玲奈が動けたことから、玲奈と紅葉寺の付き合いはそう短くないであろうことは察せられる。つまり、紅葉寺は勿忘草の魔法使いの能力を知っていたのだ。
記憶を奪う能力。使い方は色々あるだろうが、字面だけ見れば悪い印象の方が強い。それは他人に好きなように干渉できる能力ということである。
詳細まではわからないが、杉原から奪った記憶を共有できる可能性は大いにある。でなければ玲奈に安易に能力を使わせはしないだろう。
ただ、勿忘草の魔法によって奪われた記憶を取り戻す方法はある。それが橘の魔法だ。
橘の魔法少女である禊曰く、「記憶というものは脳に記録されているもの。いくら忘れたところで脳というデータベースをフォーマットでもできなければ、消すことなどできない」とのことで、脳がフォーマット……つまりは赤ちゃん返りでもしない限り、修復は可能なのだ。
「橘の魔法と勿忘草の魔法は対になる……例えば、勿忘草の魔法で忘れさせた都合の悪い記憶も、橘の魔法を使われれば簡単に思い出すことができてしまう。だから、勿忘草共々、橘も手元に置いておきたい……ということですかね」
「その通り。それに橘魔法だけは必ず遺伝するっていうのもあるな。希少魔法だし、ワンチャン狙ってるんじゃないか?」
何を狙っているのかは考えたくもない。
ただ、橘の魔法は使いようによってはイメージアップにも繋がるだろう。ロスト討伐の役に立たないまでも、人を支えることのできる力ではある。
それに、遺伝性が高まれば、ロスト討伐の役に立つ魔法発症者が生まれる可能性も自ずと高まる。禊は女性だが、弟がいることも紅葉寺は知っているはずだ。ぞっとする。
「あの、柊兎くんは大丈夫なの? かなり危険だと思うんだけど」
杉原は思わず言った。相手は勿忘草の魔法少女を従えている。つまり、柊兎を口封じすることができるのだ。
すると、柊兎はあっと声を上げてから名乗った。
「ボク、柊の魔法使いなんです。柊魔法は知ってますか?」
杉原は初めて聞く。姫川が口を開いた。
「瞬間反撃能力だと聞きました。自分の身に何か危険が迫ったとき、その危険の要因に攻撃する、と」
「はい。フルオートなので任意発動が難しいんですけど、頭上に落ちてきたコンクリートも砕く代物なので、害意のあるなしに関係なく、魔法が発動します」
魔法科学校の制服を着ているので、魔法使いであることは想像していたが、思ったより強そうな能力だ。任意発動が難しいのが欠点だが、下手に手を出せば痛い目を見るのは明らかである。
少し杉原が安堵したところで、疑問を口にしたのは舞桜だった。
「しかし、紅葉寺のやつ、なんで同い年の柳兎じゃなくて、シュウくんにしたんだろうな。柊の能力のが怖いが」
「オレが長男だからだろ。緋月家の長男。緋月家と交流を続けたいなら次期当主に手を出すよりその兄弟の方がいいと思ったんだろ。いざというとき、人質にしやすいしな。それは舞桜がよくわかってるだろ」
緋月に指摘されると、舞桜は押し黙った。顔色悪く俯いて、下唇を噛む姿は痛ましい。姫川は美桜に会ったことがあるからか、すぐに察した。
舞桜は美桜を人質にされたのだ。
杉原もぎり、と拳を握りしめる。
姫川は黙っていられなかった。
「……桜の魔法少女を救う術はないんですか?」
桜の魔法少女。強力な浄化の力を使える代わりに、魔法花に侵食され、命を吸われ、短命を定められた少女だ。
「あるとしたら、それはあんただよ、お嬢ちゃん」
「えっ」
「自分の花を忘れたか? 杜若」
姫川は思わず、自分の掌を見る。そこに花紋はないが、魔法を使うとき現れる花紋は菖蒲によく似た、けれど違う花である。
願いを叶える力。なんでも叶えられるのだ。ロストを倒したいと願えばロストを倒せる。命を救いたいと思えば救えもするだろう。
今のところ、叶えられなかった願いはない。杜若の花言葉は「幸せは必ず訪れる」だ。誰かの幸せのための願いなら、どんな願いでも叶えられる。そうでなければならない。
桜の魔法少女を短命の宿命から救うことだって、できなければならない。
命を、操ることさえできる。そう考えたら、姫川は自分が恐ろしくなった。ぎゅ、と手を握りしめ、目を瞑る。
その肩にぽん、と手が置かれた。爪の先までしっかりと手入れの行き届いている綺麗な手は、辿れば舞桜のものだった。
「大丈夫だ。美桜のことは気にすんな。俺が脅されたのは小学生のときの話だよ。それから何年経ったと思ってんだ。美桜が望むならともかく、俺の一存で美桜の命をどうこうとかは考えてない。
──兄として、あいつを守りたいことに変わりはないがな」
姫川は少し泣きそうになりながら頷いた。
「柳兎。この問題、引き伸ばすと厄介そうだが、何か算段はついてるのか? もしシュウが会ったっていう女の子が幽霊じゃなくて、生きていて、軟禁されているとして、シュウと同い年となると、シュウが正式に紅葉寺と結婚するまでには間が空くぞ」
「そのためにマリさんに協力してもらうのさ」
意図が読めず、一同は首を傾げた。マリというのはアマリリスの魔女のことだが……
「正直、切りたくはない手札だが……アマリリスの魔女がうちの縁者であることを明かす。紅葉寺の興味を引くには充分な話題だろう」




