魔法使いはどのように生まれるか
「え、……え!?」
緋月の言葉を噛み砕くのに、杉原と姫川は時間を要した。舞桜はからからと笑っている。笑っていいことなのだろうか。
「要するに、シュウくんをスパイにするってわけだ。柳兎、お前どんだけ紅葉寺が嫌いなんだよ」
「あのなあ、舞桜。オレが好き好んで弟を婿に出すわけなかろう? 本当はスパイにするのだって嫌なんだぞ? つーか紅葉寺とは関わりたくねーし」
弟を紅葉寺に嫁がせてスパイにする、と言ったのはどうやら聞き間違いではないらしい。笑い事ではないのだが、本人である柊兎を前に堂々と話しているので、本人も了承済のことのようだ。
柊兎がにこにこと説明する。
「ボクからの我が儘みたいなものです。紅葉寺家に入りたいって」
「紅葉寺のこと好きなの?」
「全然」
笑顔で断言。柊兎は面差しが兄より幼い分、だいぶ無垢に見えるのだが、考えていることはかなり深そうだ。
「リュウ兄が紅葉寺さん、ひいては紅葉寺家と縁を切りたいというのに、父母祖父母親戚一同含め、反対する人はいませんでした。もちろんボクも賛成です。資金援助してますけど、緋月家に対する見返りはないですからね。むしろなんで援助続けているのかわかんないです」
そこは大人の事情とか言われるやつではないだろうか。確かに緋月家単体には益はないかもしれないが、魔法発症者がいる以上、紅葉寺の作った制度に助けられている部分はあるだろう。
だが、緋月家からすると、ただそれだけ、らしい。
「ただ、体面もあるので、紅葉寺家と縁を切る大きな理由がないと、緋月家と紅葉寺家は長く続いてきた関係なので、完全に縁を切るのは難しいと思ったんです。そこでボクが、明葉さんとの婚約関係を理由に紅葉寺家の実情を探ろうって提案したんですよ」
その提案をしたのは昨日今日ではないはずだ。柊兎は見たところ中学生のようだが、一体何歳なのだろう。とても子どもから出てくる提案とは思えない。
と思っていたら、柊兎が照れながら続ける。
「それに、明葉さんではないですけど、紅葉寺の人で、気になる子はいますし……」
お、と思うのは仕方ない。色気も何もない話だったのが、突然それっぽい雰囲気になるのだ。緋月もにこにこというよりかはにやにやとした様子で弟を眺めている。
杉原と姫川は紅葉寺の人というと明葉しか知らないが、兄弟がいたりするのだろうか。家政婦のようなものを雇う余裕はなさそうだが。父母世代が気になっているのであれば、それは事案だ。
「……皆さんは、オータムコンプレックスについて、どのような理解をされていますか?」
柊兎の「気になる子」について聞けるのかと思いきや、話題転換である。
オータムコンプレックスとは、ある程度魔法発症者界隈に知れている紅葉寺家の事情だ。杉原と姫川は各々話し出す。
「確か、紅葉寺家は魔法発症者はいるけど、ロスト討伐に関われるような魔法使いが輩出されていないって話だったよね」
「それで後ろ指を指されないように、魔法発症者のための制度を作ったり、学校を作ったりしたのが紅葉寺だと聞いています」
オータムコンプレックスとは、二人の言った内容で概ね合っているが、最初は紅葉寺家に対する陰口のようなものだった。
ロストを討伐したり、ロストによる被害を抑えたりできるわけでもない、するわけでもない連中が何を魔法発症者のためだのと謳っているのか、といった要旨のことが囁かれた。みんながみんなそう言ったわけではないが、そういう陰口や悪口の方を重く受け止めてしまった紅葉寺家は次第にロスト討伐に役立つ魔法が発症しないことに焦りを覚えるようになる。それゆえに、魔法発症者のための法整備などの他に、魔法発症のメカニズムの研究などを進めるようになった、というのが流れだ。
ついぞ、ここまでロスト討伐に貢献できる魔法発症者が生まれないまま、紅葉寺家は長い歴史を紡いできた。
「紅葉寺の肩を持つわけじゃないが、魔法発症者からすれば、紅葉寺は充分世間に貢献している。紅葉寺が作った制度がなければロスト討伐だってままならなかったし、魔法発症者とそうじゃないやつらとで差別やら諍いやらが起きて、もっと面倒な世の中になってただろう。だから紅葉寺がロスト討伐に貢献できなかろうと、あいつらが成した功績はでかいんだ。胸を張ればいいのにな」
舞桜の言う通りである。魔法を病気である、と定めた以上、専門の医療機関が必要であることは明白であり、そのために真っ先に行動を起こしたのは紅葉寺だ。それがなければ、桜の魔法少女を始め、魔法花の侵食で命を落とした者がロストになることを止められなかった。世の中はもっと未曾有の災害で埋め尽くされていたことだろう。
紅葉寺が取り組んできた活動は間違ってはいなかったのだ。
柊兎が切り出す。
「ですが、正しいことをしているという自信よりも、ロスト討伐に貢献できないという焦りの方が強い紅葉寺は、どうしたらロスト討伐に貢献できる魔法使いが生まれるか、を研究し始めたんです。
最初は魔法は遺伝病ではないか、という至極真っ当な研究でした。まあ、花の勾配みたいなメカニズムがあるんじゃないかとか、そんな感じです」
魔法が遺伝病でないことは楠魔法の一件で一応の解決とは見なされているが、紅葉寺や緋月のように「魔法発症者が出やすい家系」というのは存在する。そこに着目し、紅葉寺は研究をしているのだとか。
研究のために緋月たちは血液などの採取の協力を要請されたという。
「紅葉寺はまだ仮説段階だろうが、細胞辺りが魔法発症の要素となる変化をすることで、不思議の力をもたらすと考えているらしい。で、その仮説から魔法発症者の両親を持つ子どもは魔法を発症するのかって事例を試したくて、シュウと長女の婚約になるわけだ」
「血液提供とかはどうしたんだ?」
「断った。別に魔法発症のメカニズムはどうでもいいし、魔法はある意味、治す必要のない病気だからな」
からりと答える緋月。そこに疑問を抱いたのは姫川だった。
「治す必要のない病気って、どういうことですか?」
それは疑問というより、戸惑いだった。
普通はそうだ。病気は治すべきものである。治せなくとも、患者の体調をよくするためには症状を抑えたりする薬や治療法が必要なはずだ。事実、魔法で命を落とす者もいる。
それに、先天性の場合、持ちたくて持った能力ではない。それで危険に晒されるのは不満だろう。
緋月はじっと姫川の菖蒲色を見つめ返した。
「緋月家当主としては、自然のままに人間が生きてこなかったから環境破壊が起き、結果的に多くの人間が生きられなくなった。おそらくロストも自然が人間を牽制するために起こした現象だろう。そうやって折り合いをつけながら自然と共生することが必要だと考えている」
それは環境問題を解決し、今の時代までを見つめてきた緋月家らしい意見だった。
「まあ、確かに魔法花の侵食に伴う衰弱、ロストが出たときの感知症状なんかを和らげる薬はあってもいいか、と思うがそれは既存の薬でもある程度対応できるんだよな。
ぶっちゃけると、人は死ぬときは死ぬし、早いか遅いかの違いだろ。他の生き物と何が違うんだ?」
正論ではあるが、緋月の言い方はやや無情に聞こえる。
柊兎がそんな兄の意見に苦笑いしつつ、話題を戻した。
「ボクが紅葉寺家に婿養子として入ることを承諾したわけですが、ただ入るわけにはいかなくなった理由があります」
柊兎は紅葉寺と許嫁であるために、紅葉寺家に出入りすることがあった。
そこで一度だけ会った女の子がいた。
その女の子は魔法使いだった。




