緋月家の方針
とてつもなく物騒な言葉が聞こえたが、聞かなかったことにはできないだろう。
杉原が姫川を見ると、姫川は「だから言ったじゃない」という表情をしていた。「だから」というのは喫茶店で杉原が「厄介事に巻き込まれるかも」と口にしたことだ。
気まずくて、杉原は舞桜に話題を振る。
「舞桜さんは緋月先輩に協力してるんですか?」
「いんや。まあ、紅葉寺のことは好きじゃねえけど、お家間のことは知らぬ存ぜぬで通してるぜ?」
即答で返ってきたが、杉原は不安になって緋月を見る。緋月はにっと笑った。
「そういうこった。あんまり気にすんな。巻き込むために話したわけじゃない。といっても、お前さんらは望む望まないに拘わらず、紅葉寺と争うことになるであろう火種を抱えている」
緋月は一人一人に指摘した。
「まず、杉原健。お前はあらゆる樹木草花魔法使いと繋がりを持ちすぎている。門松紀子然り、楠原儚然り。オレンジの薔薇の魔法使いの件もそうだ」
「なんで知ってるんですか?」
緋月の「悲しみの目」というのは話からすると、その場の人物が何の魔法使いか識別するだけのもののはずだ。オレンジの薔薇の魔法使いとして覚醒した結と真子のことは知らないはずである。
「簡単だろう。楠原儚に金を積んだ。神隠しの一件、紅葉寺に先にバレたら敵わんからな」
そうだった。楠原儚は魔法をビジネスにしている女性である。お金を積まれたら情報は流す可能性が高い。
そんなことを少し前に姫川に説教垂れていたのが嫌な形で実演となった。姫川は案の定唖然としている。これで彼女も慎重になってくれることだろう。
「紅葉寺が門松や楠原に手を出せないのは彼女らの隠れる能力にもあるが、大きな部分は金だ。紅葉寺家が決して富豪ではないことは知ってんだろ」
「まあ、はい」
「それは色々な『研究』に手を出しているからだ。オータムコンプレックスを克服するためにな。表じゃ、魔法発症者のためと謳ってはいるが、どうなんだか」
研究。あまりいい響きには聞こえない。
「研究に違法性があればすぐにでもどうにかなるんだが、研究成果の資料はあくまで当たり障りないものだ。統計とかな。まあ、資金源で目の仇である緋月家に全てが上がっているとは思わない」
そこで区切り、緋月は姫川を見る。
「姫川菖蒲。お前は『どんな願いでも叶う』杜若の魔法少女だ。これは紅葉寺のみならず、警戒しなければならないだろう」
姫川は心得ているので、真剣な表情で頷いた。
「これも紅葉寺にバレてはいけない。かといって、オレがお嬢ちゃんを利用するわけじゃないから安心してくれ。『どんな願いも必ず叶う』なんてのを信用していないのもあるが、叶うとして、何もないわけがねえんだよな」
んー、と緋月はそこで伸びをして、テーブルの中央に置かれた茶菓子を手に取る。正直、この邸宅に来てから緊張し通しなので、菓子盆の存在に杉原と姫川は今気づいたくらいだ。
菓子盆をよくよく見て、それが八つ橋であることを認識した。生八つ橋ではない。焼き八つ橋である。
好みを分けそうなのだが、緋月は躊躇いなく開け、ばりぼりと食べ始める。真剣な話をしてはいるのだが、舞桜が「リラックスモード」と表現した通り、リラックスしているのだろう。まあ、緋月からすればここは自宅なのである。
あまりに自分たちと対照的すぎて、と姫川は若干引いたが、直後、手を挙げた杉原がものすごいことを口にする。
「はい、杉原くん」
「僕も食べていいですか」
「もちろん」
やったー、と袋を手に取る杉原。新種の生き物でも見るかのような目になった姫川は何も悪くないはずだ。緊張感はどこへ行ったのやら。
ばりぼり食べながらニッキの匂いを漂わせる杉原。とても美味しそうである。
「んー! いい歯応え!」
「そこなんだ……」
「最近の煎餅とか焼き菓子って柔らかくて食べた気がしないんだよね」
「いいだろう? オレのお気に入りでな。取り寄せてんだ」
「美味しいー」
幸せそうで何よりである。
「で、何もないわけないって?」
舞桜が話を戻した。ちょうど八つ橋を食べ終えた緋月が説明する。
「例えば、『ロストがもう発生しないようにしてください』と願ったとする。ロストは起こらなくなるだろうが、それではロストの発生源とされているオレたち魔法発症者はどうなる?」
「んー……力を失う、とかか?」
「魔法花が体を侵食しているやつはどうなる?」
舞桜は顔を歪めて緋月から目を逸らした。
「……考えたくねえ」
「ま、もっとわかりやすい例えだと、『人類なんて滅べばいいのに』辺りだろうな。人類には確実に願った本人も含まれる。『自分以外の』とつけても結果はあんま変わらねえだろ。アダムとイブじゃなくて、アダムかイブしかいねえ世界なんだからな。奇跡的に他の生き物と子作りができたとして、何になるかは知らん」
それはそれで考えたくない。
つまりは願い次第では自らの身を滅ぼすことになるということだ。破滅と引き換えにでも叶えたい願いというのはあるだろうが、願いが大きければ大きいほど、その代償も大きくなることを想定した方が賢明だ。
「オレは特に叶えたい願いもない。即物的な願いなら大体は叶うしな」
さすが金持ちである。
それはさておき、と緋月は舞桜をじっと見た。舞桜もゆっくりと見つめ返す。
「夜長舞桜。お前は現在の桜の魔法少女の兄であり、かなり特殊な状態にある」
特殊な状態? と他二人が首を傾げると、舞桜は苦笑いをし、緋月は深刻そうな目をした。
「これをお前さんらに説明しようと招いたんだ。万が一にも身内以外に聞かれるわけにはいかねえ。それに、オレに責任のある話だ。
──杉原は、前と比べて舞桜が強くなったことに気づいたそうだな?」
「あ、はい。さっきのロスト討伐での浄化、桜の魔法少女と同じくらいと表現しても遜色ないくらいでした。まあ、ブルーム状態が舞桜さんの力を底上げしてるからかな、とも思ったんですけど」
ブルーム状態とは、「ボタニカルブルーム」と唱えることで、より魔法の力を発揮しやすい姿に変身することだ。変身することで通常より強い力を発揮できるのはもちろん、細やかな魔法の操作が可能になる。
ただ、命を代償にしているような桜魔法に迫るほど、というのは異常だ。杉原は一度だけ、美桜の浄化を目撃したことがあるが、星空の中にいるような神秘的で清浄で美しいあの感覚に近いものを先の舞桜に感じた。
「舞桜はマリさん……アマリリスの魔女に会ってから、いつもより力を発揮できるようになったと感じているらしい。ロストを感知する知覚異常も前より強くなったと」
「え」
杉原は目を見開き、舞桜を見る。そんなことは聞いていない。
それは魔法は病気だ。侵攻しないわけはない。ただ、侵攻に伴い、徐々に強い力を身につけることができるようになる。つまりは魔法という病気の侵攻は成長とも言い換えられるのだ。皮肉なことに。
それは魔法花に押し潰されて死ぬことが定められた桜の魔法少女、魔法花に体を侵食され始めてからぐんと力が強くなった杏也の件を振り返れば容易に想像がつく。
また、ロストと戦うタイプの魔法使いは頭痛や耳鳴りのようにロストが出たときに感知できる能力が備わっている。杉原も姫川もそうだ。
ただ、杉原の知る舞桜はロスト感知にあまり敏感ではなかった。年齢と共に成長はするのだろうが……
「入学式の件は覚えているか?」
「杉原くんがいきなり飛び出してったやつ……」
「あのとき舞桜は動けなかったんだ。ロスト感知の頭痛で」
杉原の顔が絶望に染まっていく。
杉原は頭痛がしても動ける。それはひとえに「慣れ」の成せる業である。まあ、十年近くロスト討伐をしていれば、毎回伴うとわかっている痛みにもある程度理解が追いつく。
だが、慣れるまでの期間はそう短いものではない。
「アマリリスの魔女と会ってから……つまりは去年から、舞桜の魔法は急激に強くなっている。ただ、勘違いしないでほしいのは、それが病気の侵攻によるものではないということだ」
「どういうことですか?」
「マリさん曰く、植物性が強くなったってことらしいが……何故かわからんが、舞桜はアマリリスの魔女が『ロストと話すために使う言語』を扱えるようになったんだ」
一瞬処理落ちしそうだったが、思い当たる節はある。
先程のロストとの戦闘。舞桜は杉原にも姫川にも理解できない言語を発していた。意識的に。
アマリリスの魔女はロストと「話し合う」ことで被害をなくす、幻の魔法使いである。その言語を使って樹文を唱えたらどうなるだろう。
ロストが「理解できる」樹文である。
「その言語とやらで、魔法の力が増強される、と……」
「そのようだ。これが紅葉寺に知れたら、マリさんにも危害が及ぶ可能性がある」
「え? でも紅葉寺家はオータムコンプレックスがあって、対ロストの魔法使いはいないって……」
「そのことなんだがな」
「兄さん、ただいま」
すたん、と障子戸を開けて入ってきたのは、緋月にどこか似た顔の少年だ。学ランには魔法科学校の校章がついている。
「あ、お客さんに舞桜兄さんじゃないですか。はじめまして。緋月柳兎の弟の緋月柊兎です」
「シュウ、ちょうどよかった」
兄より無垢そうな顔をした弟を手招くと、緋月はまたしても驚きの発言を繰り出した。
「シュウは紅葉寺明葉の許嫁だ。シュウを紅葉寺に送り込んで内側から実態を探ってもらう」




