離れた心は戻らない
「……離してくれないか?」
「嫌ッ! 聞いてアルト‼ アルトは騙されてるの」
「騙されてる?」
良かった、アルトはちゃんと私の話を聞いてくれる。
咄嗟に抱き付いたりしちゃったけど怒る様子もないし、心の底では私の事をまだ想ってくれているのかもしれない!
それなら、まだチャンスはあるはずです!
「そうです! 恋人になったとかいう女性にアルトは騙されてるのよ!」
「……彼女の事を、そういう風に言うのはやめてくれないかな」
「ううん、聞いてっ‼ だって、傷ついたアルトの心につけ込んでくるような女性なんでしょ? そんなの信用できないよ」
「…………」
「お願いアルト、私を信じてっ!」
彼に抱き付く力を強めると、アルトの温かさが伝わってくる。
体温と一緒に、彼を大好きなこの気持ちも伝わって欲しい。お願いします……伝わってください。
――するとそんな願いが通じたのか、アルトが自分の手を私の手へと重ねてくれたんです。
「リーナ」
「アルト……!」
やっぱり、アルトはアルトだ。
いつだって優しくて、私の言いたいことを分かってくれる。
かけがえのない大切な幼馴染。
ゆっくりと時間を掛けて話し合えば、彼となら必ず元に戻れる。アルトの温もりを感じながら、私はそんなことを思っていました。
だけど――その温もりは、強い衝撃と共に消えてしまいます。
重ねていた手を掴んでくれたと思ったら身体から引き剥がされ、そして突き飛ばされました。バランスを崩し後ろの方へと倒れた私は、そのまま地面へとお尻を打ち付けてしまいます。
「い、痛っ……ア、アルト……?」
明確な拒絶。アルトにこんな事をされたのは初めてでした。いつだって優しい彼から、突き飛ばされるなんて想像も出来なかったんです。
見上げるような形で彼を見ると、痛がっている私を心配する素振りもなくただ冷たい目で見つめていて……。
「信じてなんて、よくそんな事を口に出来るね」
「えっ……?」
「確かに、僕は騙され易い男なのかも知れない。何の疑いもなく、ずっと信じていた君からあっさり裏切られたんだから」
「――! アルト、違うの! それも説明しようと思ってて」
「さっき聞いたよ。勇者様から魅了されてたって? いくら馬鹿な僕でも、そんな言い訳を信じると思ってるの? ……でもね、当時は君を何度も信じたよ。君が勇者様とあんな事をしてたのを見ても、何度も何度も信じようとした。だけど、結局君は――僕を捨てたじゃないか!」
これまで静かだったアルトが、その感情をぶつけてきました。
私に向けてくるソレは、怒りや失望、憎しみなど様々なモノが籠っているかのように、心に突き刺さりました。それと同時に、分かったんです。
アルトは、私を許してなんかいないと。
無関心を装っていただけで、心の底では私の事を――
「このまま黙って帰るなら、僕だってこんなことを言うつもりはなかった。けど君は、彼女を侮辱した! 僕を絶望から救ってくれた女性に対してそんな事を言うなんて許せない。彼女はとても優しくて、素晴らしい女性なんだ」
愛する者を侮辱されたら、怒るのは当たり前の事。
私だってアルトの事を侮辱されたら怒ると思います。
でも彼にとってはもう、その対象は私ではないのだと……どうしようもないほどに実感させられてしまいました。
「……そのっ、ごめんなさ――」
それでも彼との絆を失いたくなくて、急いで謝ろうとしました。
けれど、その時。
「アルト? 珍しく大きな声で怒鳴ってたけど、何かあった?」
家の中から落ち着いたような声と共に、一人の女性が現れたんです。
肩にかかるくらいまである涼やかな青髪をした、とても綺麗な女性。でもどこか冷たい印象を与えるような……そんな瞳で、私とアルトを交互に見つめていました。
「ごめん、何でもないよ――ケイト」
「何でもないって顔してない。……その人が原因? 誰?」
「……彼女は、リーナだよ。あの時一緒に見た、僕の幼馴染なんだ」
アルトがそう言うと、ケイトと呼ばれた女性の私を見る目がゾッとするほど嫌悪に満ちたものに変わりました。まるで、汚いモノでも見るかのような――軽蔑の眼差し。
「ああ――あなた、アルトを裏切った尻軽女だったのね」
「それは、ちがうっ……私は今でもアルトが好きで」
「何が違うのよ。アルトが好き? 死にかけていた彼を捨てて消えたあなたが、どの面下げてそんな事言ってるの?」
「あ、う。それ、は……」
「本当に好きなら、ああいう時こそ傍に居るものじゃないの? アルトが苦しんでいたのに、他の男に走ったような女が――いまさら彼を好きとか言う資格なんてないのよ」
なんでっ……‼ ちがうのに。私、裏切りたくなんて。
私の意志じゃない……全部勇者の所為……なのに。
なんで、何も言い返せないの?
なんで、こんなに心が痛くなるんだろう。
分かってる、何故なら彼女の言った事は事実だから。
どんな理由であれ、今言われたことは……全部事実なんです。
でも、資格がないなんて……言わないでください。
アルトの事を好きで居続ける事も、許してくれないの?
この気持ちだけは、本物なのに。
それを全部否定されるのは、絶対に嫌です。
「なんと言われても……私はアルトが、好き……ですから」
「ふざけないでよ。あなたにそんな資格ないって言ったでしょ?」
「ふざけてなんていません‼ 大体、貴女こそ誰なんですか! 村の人でもない方から、なんでここまで言われなきゃいけないのッ!?」
売り言葉に買い言葉のような言い合いをした所為でカッとなり、つい怒鳴ってしまいます。けれど、彼女はそれに対してなにも動揺することなく。
「あたしは……アルトに会うまでは、上位治療師をしていたの」
「……えっ?」
「ここに寄ったのも、大きな仕事ついでの小遣い稼ぎみたいな気持ちからだった。でも、アルトを一目見て好きになったあの日から、あたしは変わった。恋人も親も失い、傷つき、苦しみ――それでもなお、ひたむきに生きようとする彼を、必ず幸せにするって決めたから!」
決意と自信に満ちた表情で言う姿は、後悔と罪悪感に塗れた私とは正反対で。
「だから――裏切ったあなたなんかに、絶対アルトは渡さない」
勝てない、と思いました。
アルトの命を救い、仕事の上でも相性が良く、まっすぐな愛を向けてくれるような人相手に……汚れてしまった私が――勝てるわけ、ないじゃないですか。
言い終わったケイトさんの肩を優しく抱いているアルトを見れば、その表情はかつて私に向けてくれていた恋人のモノでした。
今の私には、けしてしてくれない――大好きな笑顔。
ああ……そうだったんだ。やっぱり、もう。
私の入る隙間なんて、とっくに無くなっていたんです……。




