ごめんなさい
『二度と息子に近づくんじゃない――――この、裏切り者ッ!!!』
勇者との出来事を思い出した頭の中に、次に響いて来たのはそんな声でした。
それは、アルトのお父さん――小さな頃から優しくしてくれた、私にとってもう一人のお父さんの様な存在の人でした。
だけど、記憶の中で最後に見たその顔は、憎悪と怒りを込めた眼差しで私を見つめてくる姿です。延々と、私を責めるその声が……頭から離れないんです。
「ごめんなさい‼ ごめんなさい‼ でも、違うの……裏切るつもりなんか、なかったんです」
何とか弁明をしようと、頭の中に出て来るアルトのお父さんに私は必死に叫び、赦しを請いました。
「ゆ、勇者に操られていたんですッ‼ 魅了されてたのッ‼ ホントなんです!」
……分かってます。
実際は、ここはお城の中で、アルトのお父さんはここにいない事くらい。
でも、見えるんです。目を瞑ると、私に向かって怒ってるんです。
裏切り者と、絶え間なく囁く声が聞えてくるんです。
過去を思い出す度に、頭の中から響く声は多くなっていきます。
しかし聞こえてくる声は、どれもこれも私を非難するようなモノばかりでした。
その中でもひときわ響くのは――私のお母さんの声。
『恋人を平気で捨てて、浮気するような娘に育てた覚えはない……!』
違うの、お母さん。私が愛してるのはアルトだけなんです。
浮気なんて考えたこともなかった。浮気なんて……したくなかった、のに。
事情も知らないくせに、みんな責めないでよ……。私だって、いまこんなに辛いんだよ? お願いだから、責めないでッ! やめて、やめて、やめて‼
「もうやめてよ……‼ 私は、悪くないもん! 全部、勇者が悪いの……」
両手で頭を抱えながら、ひたすら言い訳をしました。
私は操られていただけ。私は悪くない。私の意志じゃなかった。仕方なかった。
けど、いくら言葉に出して否定しても……記憶があるんです。
自分が何を言ったのか、何をしてしまったのか。
――アルトなんて、捨てたの。
――だって、私は勇者様を愛してますから。
――あなた達みたいなゴミとは違うんです。
こんな酷い言葉を言ったのは、だれ?
みんなを罵り、平気な顔で故郷を捨てたのは、だれ?
大切な幼馴染を傷つけ、裏切ったのは、だれ?
全て――私。
「あ、ああああ……私だ……全部、私なんだ……」
酷かった自身を自覚すると、一番思い出したくないあの光景が出てきます。
それは、アルトから貰ったかけがえの無い指輪を踏みにじった後の記憶。
いつも、アルトは優しく私を気遣ってくれました。
どんな時でも、ニコニコと笑顔で私を受け入れてくれたんです。
『リーナ……お願いだよ』
だけど、あの時のアルトは。
私に救いを求めるかのように、こちらに手を伸ばしていた時の、彼は。
『僕を、捨てないで……』
今まで見たこともないほど、泣いていたんです。
涙を流して、私に救いを求めていたんです。
それなのに、私は――――その手を冷たく払いのけ、彼を見捨てた。
「あぁぁあああああああああああッ!!!」
もう、限界でした。
やってしまった事のおぞましさに、耐えられなかったんです。
自分が吐いた吐瀉物に塗れながらベッドから転げ落ちると、私はそのまま立ち上がり、部屋中の物を壊し暴れました。
割れ物の調度品を床に叩きつけると、破片が飛び散り、私の身体をいくらか傷つけましたが全く気になりません。自分のした事を考えれば、まだまだこんな痛みでは足りないのですから。
大声で泣き叫びながら、ひたすら物を壊し続けます。
そうやって暴れていないと、私の心は壊れてしまいそうでした。
でもどれだけ暴れても、泣いているアルトの顔が消えないんです。
あの時のアルトは……どれだけ辛かったのでしょうか。
想像すら出来ません。そんな酷い仕打ちを、人間とは思えない行為を、私はアルトにしてしまったんです。大好きな彼に、愛してる彼に、いつも私を助けてくれた彼に‼
なんで、私は彼の手を取ってあげなかったの?
酷い、酷すぎるよ。
最低な幼馴染で、ごめんなさい。貴方を助けてあげられなくて、ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
ごめんなさい、アルト……。




