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そのあと、何度か隆俊から電話やメールがあったけれど、わたしは全て無視した。ほんとうは隆俊と仲直りしたい気持ちで一杯だったのだけれど、でもそれとはべつに、わたしのなかには子供のような、ふて腐れた、いじけた気持ちがあって、その気持ちが、わたしの意志とは正反対に、隆俊に対して冷たい態度を取らせた。




            


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いつの間に、わたしはこんな人生の袋小路のような場所に迷い込んでしまったのだろう、と、彼女は自宅の窓の外に見える夜の闇を見つめながらため息をつく。


主人公の女の人が、夫も、また自分とはべつに浮気をしていることを知ってしまったのは、つ

い今日の昼間のことだった。


デパートで買い物をしているときに、彼女は偶然目にしてしまったのだ。自分の夫が誰か知らない女のひとと楽しそうに腕を組みながら歩いている姿を。


ふと、部屋の時計に目を向けると、時刻はもう深夜の十二時を過ぎようとしていた。でも、まだ夫は帰らない。


彼女は夫のケータイ電話に電話をかけようかと思った。今、どこで何をしているのか、問いただそうかと思ったのだ。でも、彼女は思いなおしてやめた。自分だって浮気をしていたのだから、夫のことを責めることはできないと彼女は思った。


ただ、彼女は少し哀しいだけだった。色んなことが、何もかもが、音をたてて崩れていくような気がした。


いっそ、夫とは離婚すべきだろうか、と、彼女は考える。でも、そのあと自分はどうすればいいのだろう。自分にはもうどこにもいくあてがないように思えた。


 彼女の不倫相手であるピアニストに、自分以外にも恋人がいることを知ったのは、一ヶ月ほど前のことだった。彼女の不利相手には、自分以外にも他に女がいたのだ。


 それはまるで安っぽいドラマか何かのような展開だった。合鍵をつかって彼女が彼の部屋を訪れたら、彼が自分の知らない女と一緒にベッドに入っていたのだ。


 彼にとって、やはり自分はただの遊びでしかなかったのだ、と、彼女は傷ついた。どこかでそんな気はしていたけれど、改めてその事実を突きつけられると、彼女はとても孤独な気持ちになった。自分は誰にも愛されていなのだ、と、惨めだった。


 自分以外にも女がいることを知った彼女はその場で振不倫相手とは別れた。

 

自分はほんとうにこれからどうすればいいのだろうと彼女は途方に暮れる。


 彼女は誰かに相談したいと思うのだけれど、こんなことを相談できそうな友人はひとりも思いつかない。


それから彼女はふと考える。もし、弟だったら、弟だったら、こんなとき、自分にどんなアドハイスをしてくれるだろう、と。彼女の弟なら、こんなとき、もっとも親身になって相談にのってくれそうな気がした。


でも、その弟は、いま側にいない。


 わたしはそこまで読んだところで、本を閉じた。


 三週間ほど前に読み始めた小説はたいぶ後半のページに入ってきていた。わたしは本を読むスピードが遅いうえに、手のあいたときなどにふと思いついて手に取る程度なので、なかなか物語が先に進まない。でも、あと一、二週間のうちにはなんとか読み終えることができそうだった。


 物語の雰囲気は常に暗くて、読み進めるのを断念しようかと何度も思うのだけれど、でもまたつい続きが気になって読み進めてしまう。


 部屋の外で何かが割れる音が聞こえた。それから兄の怒声。また兄と父親が言い争いでもしているのだろうか。

 

最近、父親と兄の関係は前にも増して険悪な雰囲気になってきている気がする。ほんとうに、以前テレビで観たニュースのような事件にならなければいいのだけれど、と、心配になる。


 でも、就職することばかりを求める父親も父親なら、兄も兄だと思う。いい加減いい年齢なのだから、もう少し大人になればいいのにと思う。そんなにマスコミの仕事に固執する必要があるのだろうか。あるいはマスコミの仕事に執着するのはいいとしても、たとえば何か他の仕事をやりながら、その道を目指すことだってできるような気がする。

           


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 わたしと兄がちょっとした口論になったのは、つい昨日のことだ。


 仕事から帰ってきたわたしは自分の部屋に荷物を置いて、洗面所に行こうとした。そしてそのときに、わたしはその洗面所でばったり兄と遭遇した。


兄がわたしの向かおうとしていた洗面所にいたのだ。


鏡越しにわたしの存在に気がついたらしい兄はわたしの方を振り向いた。わたしはそこにまさか兄がいるとは思っていなかったので、咄嗟に言葉が出てこなかったけれど、とりあえずという感じでただいまと言った。


 兄はわたしの言葉に無言だった。ただ怖い表情でじっとわたしの顔を見た。気のせいかもしれないけれど、兄の顔には泣いていたようなあとがあった。だから、わたしはなんでないているの?と冗談めかして明るい口調で言った。


 けれど、そのわたしの科白に、兄は怒声をあげた。「うるせぇんだよ」と、兄は不機嫌そうな口調で言った。きっと虫の居所が悪かったのだろう。ついさっきまで父親と話していたか何かの関係で。


 わたしはまさか兄に罵声を浴びせかけられるとは思っていなかったので、何も言葉が出てこなかった。


 わたしが黙っていると、兄はわたしの顔を見て、「お前、俺のことをバカにしてるんだろ

う」と、突然、わたしにからんできた。


「俺がなかなか就職できないからって、バカにしてんだろう」


 わたしは唐突に兄に文句をつけられて戸惑いもしたけれど、同時に腹が立ちもした。どうしてそんな思ってもみないことを言われなければならないのだろうと理不尽に思った。


 それでもなくも、わたしはその日、あまり機嫌が良いとは言えなかったのだ。


 会社の後輩の高島さんが会社に来なくなったのは、つい一週間ほど前のことだった。最初の数日のうちは風邪でもひいたのだろうかと思っていたのだけれど、高島さんが会社に来なくなって数日経った、今日、わたしは上司から、彼女が会社を辞めてしまったことを知らされたのだ。


退社の理由は家庭の事情によるものだということだったけれど、でも、それは建前で、彼女はきっとわたしのことが嫌いで、会社に居ることが詰まらなくて辞めてしまったのだろう、と、感じた。


 彼女が会社を辞めたことでどこかほっとしたのと同時に、わたしは傷ついた、寂しい気持ちにもなった。結局、最後の最後までわたしは高島さんに受け入れてもえらなかったのだ、と、心から何かが零れ落ちていくように孤独な気持ちになった。


 だから、その想いもあったせいなのか、気がついたとき、わたしは兄向かってひどい言葉をぶつけてしまっていた。


「誰もそんなこと言ってないじゃん!自分のシュウカツが上手くいかないからって、わたしに

あたらないでよね」


 兄はわたしに反論されるとは思っていなかったのか、驚いたように黙っていた。わたしは無言でいる兄向かって言葉を続けた。


「だいたいいい年齢として夢とかやりがいとか青臭いこと語らないでよ。ひとは生活するために仕方なく働くんだよ。もう少し現実を見たら?兄ちゃん、もう二十七だよ?どうすんの?そんなので?これから?」


 わたしはそれだけ言ってしまうと、兄から逃げるように背を向けて、自分の部屋へと戻った。そしてそれから、わたしは兄とは一言も口をきいていなかった。




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