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日曜日の夜から降り始めた雨はそれから何日か降り続いた。激しく降る雨ではなく、淡々と静かに降る雨だった。雨の色素を含んで世界は何かも少し黒色の色素を帯びた濃い青色に染まって見えた。そしてそんな冷たく沈んだ世界の色調は、知らぬ間に心のなかにも浸透してきて、必要以上にわたしの気持ちを重くさせた。まるで雨の水を含んで重くなった布か何かのように。
会社での高島さんのわたしに対する態度は相変わらずだった。というより、この前の一件以来、より一層高島さんのわたしに対する態度はよそよそしくなったように感じられた。最初のうちはわたしも何とか高島さんとの関係を改善しようと、積極的に話しかけていたのだけれど、そのうちにわたしも諦めた。仕事のこと以外は何も話さなくなった。
でも、それで気分が楽になったかというとそんなことはなくて、高島さんに対する半ば怒りの混じった、傷ついた、不愉快な気持ちは余計に募っていくばかりだった。一度高島さんに一体わたしの何が不満なのか問いただしてみようかとも思ったけれど、思い直してやめた。きっと彼女はわたしの問にべつにと答えるだけだろうと思った。
その週、窓から見える空間は、いつも、空の色素がそのまま溶け出したような、淀んだ灰色の色素に染まって見えた。
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隆俊とちょっとした口論になったのは、その週の金曜の夜だった。その日の夜もわたしたちはいつも通り、夜、電話で話をした。最初のうちは楽しく会話をしていたのだけれど、来月の予定の話をはじめたあたりから、空気がおかしくなった。
来月はわたしたちが付き合いはじめてから三年目になる記念日がある日だった。その日は隆俊も休みが取れるということだったので、一緒にどこかに行こうという話になっていた。それにもかかわらず、隆俊が急遽、その日、会えなくなりそうだと告げたのだ。
「えっ、どういうこと、それ?」
わたしは訊き返した。自分でも自分の口調が強張った響き方をするのがわかった。
「だから、その日、予定が入りそうなんだよ。仕事の関係でさ、断れないんだよ。マジで悪いと思ってるよ。ほんとにごめん」
「なにそれ・・・」
わたしは不満だった。納得できなかった。それでなくても先週、会う予定を一方的に反故にされているのだ。
「ほんとにごめんって」
わたしが黙っていると、隆俊が焦った口調で言った。
「だって、先週だって会う予定だったのに、会えなかったんだよ」
わたしは抗議した。
「だから、ごめんって」
隆俊はわたしの言葉にただ謝るだけだった。
「この埋め合わせはちゃんとするからさ」
「そんな会社の予定なんて断っちゃえばいいじゃん」
わたしはいくらか感情的な口調になって言った。
「隆俊が言い出したんだよ。来月の記念日は豪華な食事しようって。それなのにさ」
「・・・ごめん」
「ごめんごめんって、それしか言えないの!」
わたしは怒鳴った。
わたしの言葉に、隆俊がまた小さな声で謝った。
長い沈黙があった。お互いに黙っていた。沈黙のなかに先週から降ったり止んだりを繰り返している雨の音が、何かの効果音のように静かに聞こえた。
「じゃあさ」
と、わたしは沈黙のあとで口を開くと言った。
「もし、埋め合わせをしてくれるって言うんだったらさ、明日会いに来てよ。東京に来てよ。隆俊、明日休みでしょ?」
「・・・そんなムチャクチャ言うなよ」
隆俊はほんとうに困ったような口調で言った。
「全然ムチャククチャなんかじゃないじゃん。ただ明日会いに来てって言ってるだけじゃん」
「だって明日は・・」
わたしは隆俊の科白を最後まで聞かないで電話を切ってしまった。自分でもバカみたいだと思ったけれど、感情が高ぶって、涙が零れてきた。哀しくて、寂しくて、悔しかった。楽しみにしていた予定を台無しにしてしまった隆俊のことが許せなかった。
そしてなにより、感情的になって、隆俊との関係に亀裂を入れてしまった自分の言動が許せなかった。今日ほんとうはこのあと隆俊に話そうと思っていた一人暮らしの予定ことなんかを思い出して、心の隙間を何かが無理に通り抜けていこうとしているような深い後悔の気持ちに駆られた。