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9☆幻想封じ

 幻質を己の内に押し留める事は山守りとして最初に教わる技術だ。

 それは神意幻想種を討つ時の基本であるのと同時に、大抵の幻想種に通用する技術でもある。

 幻想種は例外無く幻質で相手を把握する。


 気付かれる事無く接近して、一息の内に殺す。

 これは同時に黒質の氏族が一部からは臆病者と揶揄される所以である。


 一方で物質種にはこの技術があまり有効では無い。

 物質種はそもそも幻質を感知する事自体が苦手なのだ。

 訓練を積む事によって多少は能力を向上させる事は出来る様だが、それでも俺の様な訓練された幻想種には敵わない。


 それでも物質種が平野の覇権を握り続けるのは二つの理由がある。


 一つは数。

 奴等はとにかく増える。放って置くとあっという間に平野から溢れる程増える。

 一部の神位幻想種が物質種を意味も無く狩るのはこの特性が目障りだからだとも言われている。

 実際に焔の理はその様な事を言っていた。

 個としては弱くとも億万の規模まで増えると神位幻想種ですら無視出来ない。

 まあ、数の力は侮れないのは幻想種でも同じだが。


 もう一つは創造力。

 物質種は個としては然程強くは無いが、妙な道具を造り出す。

 幻想種が幻質を顕現させて道具を造る事と同じ行為ではあるのだが、その中には仕組みの理解出来ない品も多い。

 それらの道具は、使っている物質種も仕組みを理解していない奴が多いらしい。


 例えば今、集落の広場に集められた同朋を拘束しているあの道具の様に。


 見た目は白い箱だ。両側に取っ手が付いていて、胸前に抱える様にして持っている。

 その箱の前には我々の身体に似た質感の黒い帯が顕現していて、それが広場に集められた同朋の動きを封じていた。


 あれは幻想封じと呼ばれる有名な道具だ。

 一つだけならば生まれたばかりの幻想種を封じる程度だが、複数を同時に向ける事で神位幻想種すら囚われる事がある。

 神位幻想種ともなれば百数十必要だと聞くが、同朋を纏めて封じる程度ならば五つで事足りた様だ。


 ふと、今の俺なら幾つ必要だろうかと考える。

 感覚的には二十程度なら振り解ける気がするが、三十なら打つ手が無いと思う。

 試す気は無いが。


 それに、幻想封じは危険な品ではあるが動き続ける事である程度回避する事は可能だ。

 それよりも危険なのは物質種が着ている服や手にしている武器だ。

 服に関しては種類も多く外見だけではその特性を判別出来ないが、基本的に身体能力や耐久力が上位幻想種並みに向上していると思った方がいい。

 手にしている武器も木製の棍棒に見えるが、多種多様な機能を持っていると思った方がいい。


 そして今回の物質種共の持ち込んだ道具だが、高位の品が多い事が予想される。

 理由は簡単だ。焔の理との接敵もしくは討伐を想定している可能性が高いからだ。

 そうでなければ、いかに高位の道具を持ち込んだとしても集落が完全に制圧されるとは思えない。


 それは即ち、今の俺でもあの物質種共を退けるのは不可能であろうと言う事だ。


 それでも一通り集落を奪還する方策を考えて、結局断念した。

 軽く見積もっても百以上はいる。

 そしてその大半が幻想封じを所持している。

 どう考えても焔の理対策だ。


 だが、それでも焔の理には届かないだろう。

 今の焔の理は万全の状態だ。

 あの倍が押し寄せても退けるだろう。


 そう言った意味では物質種共を追い払う手段はある。

 焔の理にぶつければいいのだ。

 今の俺でもあの数に勝つ事は出来ないが、物質種共を引き連れながら山頂まで逃げる事は出来る……だろう。


 しかし間の悪い事に、焔の理は今現在山頂にはいない。

 俺が山を下り始めてから禁山が急速に冷えている事が明白だ。

 どこに行ったのかは分からない。何をしに行ったのかも分からない。当然いつ帰って来るのかも分からない。


 実行可能な手段はもう一つある。

 焔の理が不在ならばもう一つの脅威に物質種をぶつける事だ。

 あの、布の様な何かだ。


 しかし、これには不確定要素が大きい。

 焔の理とは異なり、布の様な何かはあまり好戦的では無い。

 好戦的では無いと言うより、俺等程度の種では相手にもされない。

 加えて外見だけではさしたる脅威には見えない。

 幻質を見通せる俺でも一度見誤ったのだ。物質種共が正しく脅威を認識出来るとは思えない。


 布の様な何かの所まで物質種共を引き連れて行っても、布の様な何かは何もしない可能性があるし、俺を標的としている物質種共が布の様な何かに対して積極的に敵対しない可能性が高い。

 仮に物質種共が布の様な何かに敵対したとしても、全滅はしないと思った方がいい。

 近寄った者を消滅させたとしても、積極的に攻撃して来るとは思えないからだ。


 罠としては活用はできるかも知れない。

 罠と言うには目立ちすぎだが。


 本当ならば一番良い手は、奇襲して同朋を解放し共に逃げるか戦うかする事だ。

 だが、今の俺に奇襲は難しい。

 いくら物質種共が幻質に鈍感だとは言え、ここまで派手に幻質を垂れ流している俺が近付けば気付くだろう。

 俺はこの身体と焔の理由来の幻質を十分に制御出来ていないのだから。


 こうやって考えれば考える程、一つの考えに収斂して行く。

 無謀とも言える考えだ。


 持ち得る限りの幻質を放ちながら、集落に突っ込むのだ。

 第一の目標は同朋を抑圧する者達。

 正面から突っ込んで、引っ掻き回して、囚われた同朋を逃がして。

 後は? 当然逃げるのだ。

 分散して四方八方に。それが出来なければ山頂に向けて。

 針山樹木の森は物質種の追撃を防ぐ壁になるし、布の様な何かを上手く使えば多少時間も稼げるだろう。

 そこで上手く布の様な何かを巻き込めればそれでも良い。

 焔の理が帰還すれば尚良い。


 望みは薄いが、最初の突撃で物質種共が引いてくれるかも知れない。

 上手く損害を与えられれば或いは。


 俺は覚悟を済ませ、あらん限りの幻質を顕現させる。

 まだ扱いに慣れていない事もあり、槍の様な形まで凝縮する事は出来ない。

 先達から笑われてしまいそうな程雑な、黒い炎。

 それでも焔の理由来の幻質はそれを強力な武器として顕現させる。


 火柱が上がる。

 黒く、高く、雄々しく。


 叫ぶ。闘志を乗せて、戦意を高揚させる為に、物質種共を怯ませんと全力で。


 俺の声で山が震えた。

 不測の事態に物質種共が慌て始めた。


 制御出来ない炎を少しでも身体に寄せる。


 熱い。身体が焼かれる様に熱い。

 実際に少し焼けているのだろう。焔の理由来の幻質はそれだけ強力だ。


 踏み込む。雪柱があがり、黒い炎に触れて蒸発する。

 飛ぶ様に走る。その余波と放射される熱波で周囲の空気が乱れる。

 対応出来た物質種が何人か進路を塞ぐ形で俺の前に出る。


 それを殴って退ける。雑に炎を纏わせた拳で、ただ殴る。

 芯まで顕現した俺の拳は、その突進速度を乗せて一人目の物質種を砕いた。


 頭部を真上から潰そうと振り下ろしたその拳は、その服の効果もあってか頸部の当たりまでを砕くに止まったが、恐らくは死んだ。

 そのままの勢いで二人目を殴る。

 突進の勢いが削がれた分だけ威力の落ちた一振りは、下から胸を打ち上げた。

 二人目の身体が高く舞う。

 感触から推測する限り、死んではいないが無力化には成功したと言った所か。


 思ったよりも堅い。

 焔の理を相手にする積りなのだろうから、当たり前と言えば当たり前だ。

 少し判断を誤ったのかも知れない。


 しかしもう引く事は出来ない。


 片っ端から潰す事は断念し、進路上の物質種共を払い除けながら広場へと突き進む。

 途中何度か幻想封じを向けられたが、幸いにも振り切る事が出来た。

 相手に迎撃体制を整える間を与える前に、速度最重視で広場へ。


 このままの勢いで幻想封じを構える者を強襲するのだ。

 倒す必要は無い。幻想封じを壊せばそれでいい。

 幻想封じは全て壊す必要は無い。

 一つか、余裕を持って二つか。


 物質種共の怒鳴り声と共に背中に何かが刺さるのを感じた。

 一つや二つでは無い。五つくらいから数えるのを止める。

 傷は深いが致命傷では無い。

 焔の理の閃光と比べたら無傷も同然。


 止まらない俺に物質種共が焦った声をあげる。

 俺はそれらを振り切って広場に転がり込み、待ち受けていた何人もの物質種共を飛び越えて、同朋を拘束していた物質種を幻想封じ諸共燃やした。


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