6★ボードゲーム
燃え盛る黒い炎が、手の様に棒人間を掴んでいた。
熱くないのだろうか? 棒人間はもぞもぞと動いているものの、必死の抵抗と言う感じには見えない。
炎は小鳥の身体から湧き出ていて、熱を感じるが私の知る炎に比べると随分と温度が低い様だ。
小鳥はどことなく自慢げな雰囲気を醸し出しており、飼い主に褒めてもらいたいペットの様な印象だ。
情景としてもゴキブリを咥えた猫と言った感じだ。
まあ、ペットが飼い主に餌を持って来る時は子供を養う親の心情らしいが。
……何も間違っていないな。
そして私は選択を迫られている。
小鳥は棒人間を私に差し出してこう問うたのだ。
これは昆虫に属するのかと。
直接的な回答であれば、分からないもしくは多分違うだ。
少なくとも棒人間は未知の生物だ。……生物だよな?
だが、小鳥が言いたいのはそんな事では無いだろう。
要するにこの棒人間が暇潰しに使えるのか否かと言う事だろう。
第一に考えるのは、食べるか否かだ。
だがそもそもこいつは食べられるのだろうか?
毒とか病気とか持ってないだろうな?
「何と無くだけど、食用には適さないと思うな」
「ふむ、食えぬか」
「■■!?」
小鳥の言葉に棒人間が反応した。
俺の発言に関しては意味が伝わってないだろうけれど、小鳥の発言は理解出来ている感じだな。
そう言えば先程も何か会話をしていた。
「所でこの、これってさ、知能はどのくらいあるんだい?」
先程棒人間の固有名詞は聞いているのだが、小鳥と違い私にはその音を再現する事が出来ない。
昔からヒアリングは苦手だ。
「我よりは遥かに劣るが、会話をする分には十分であろう」
小鳥が私の意図を汲み取った様な目で返事をするが、少し的外れである。
少なくとも、現在の私は棒人間と直接言語による意思の疎通は出来ないのだ。
或いは小鳥が通訳か何かしてくれるのかも知れないが、暇潰しするだけなら必ずしも会話である必要は無い。
そもそも、言葉が通じた所で共通の話題があるとは思えないし。
「少し、遊びに付き合って貰おうかなと思って」
「ほう、なら付随部をもいでおけば良いか?」
どうやら、微妙に認識の違いがある様だ。
小鳥の不穏な発言に棒人間が反応を示す。
しかしその身体は黒い炎に抑え込まれている様で、手足の先や頭部をじたばたと動かす程度にしか自己主張が出来ないでいる。
「うーん? ちょっと違う感じかなあ。少なくとも手は無いと困ると言うか、別に運動能力を奪う必要は無いよ」
「ふむ? ニンゲンは我の考えるより残忍であるな?」
勘違いが進んでいる気がする。棒人間の暴れ具合が更に酷くなる。
多分だけど、遊ぶと言う行為に対する認識が食い違っているのではないだろうか?
「えーと、盤上遊戯って通じる?」
「バンジョウユウギとな?」
私の疑問に小鳥が疑問を返す。
ひょっとしてこの翻訳機能、固有名詞判定された単語はスルーされて動詞やらなんやらは近い意味で強引に翻訳する感じなのだろうか?
加えてそれらの区分も若干適当な気もする。
「ボードゲームとも言うんだけど、そうだな、実際には死なない殺し合いをするんだよ。死なないから簡単に負けられる」
「死なない殺し合い等した所で覇権も支配地も得られないでは……ああ、ニンゲンの目的はそうではないのだったな」
翻訳のいい加減さを補正しているのは、きっとこの小鳥の知能が優れているからだろう。
その戦闘能力もそうだが、多分人間なんぞよりずっと格上の種だ。
目下の問題は、格上過ぎて暇潰しには役に立たなそうな所だろうか。
仮にオセロ辺りで対戦した場合、盤面を全部埋める前に決着が着くだろう。
では棒人間相手にオセロをするのかと言うと、この雪山では無理だろう。
私は倒木の一つすら加工出来ず、小鳥はその小さな身体に似合わず豪快で大雑把なのだ。
となれば極単純かつ駒の不要な遊びを採用するまでである。
「私の居た世界では、マルバツゲームと呼ぶ盤上遊戯があってね」
しかしながら、マルバツゲームと言うのは正式名称なのであろうか?
それ以前にあれを盤上遊戯に分類する事自体が適当なのかも分からないが。
まあ、それはどうだって良い事である。
何か棒状の物は無いかと辺りを見回そうとして、棒人間で視線が止まった。
いやいやいや、棒状と言えば棒状だけど。
私の視線から何を感じ取ったのかは知らないが、棒人間は怯えた様に少し縮こまった。
私は何でもない風を装って視線を周囲に向ける。
木々が焼切られ、ごろごろと倒れていた。
随分と見晴らしが良い、酷い光景だ。
木材が散乱しているのだが、あの中から手頃な枝等を探すのは、それはそれで面倒だろう。
そもそも全体的に布団から遠い。
素足で雪原を歩き回るのは御免被るし、木片が散らばっていそうな場所では足の裏を切ってしまいそうだ。
結局私は布団の横に転がっている樹から樹皮を剥いで棒の代わりに使う事にした。
この樹は布団の上に倒れて来た樹の成れの果てだ。
布団の上に乗っていた部分だけが綺麗に消滅したので、その断面は直線的だ。
因みに灰色の異形の残骸は小鳥が焼き尽くした。
放って置くと数日で復活するのだそうだ。
焼き尽くしてもいずれ復活するのだそうだが。
不死鳥みたいな生態をしている。鳥とは似ても似つかぬが。
剥いだ樹皮は棒と呼ぶには些か柔軟性に富むのだが、湿気ったビーフジャーキーよりは硬い。
使い勝手は悪そうだが、使えなくはないだろう。
私は樹皮を片手に敷布団の端まで這いずり出ると、雪の上に井の字状の格子を書いた。
この山に降る雪はさらさらとした粉雪だが、私の周囲に関しては小鳥の放つ熱で表面の雪が溶融し粉とは呼べない様相を呈している。
風が吹いても舞い散らず、かと言って再凍結して氷塊とまではならない。
簡単な図形を描くには丁度良い硬さだ。
「陣取りゲームの一種、と言っても伝わらないかな?」
小鳥が小首を傾げる。
私は格子に外枠を付け加えた。このままだと陣地に関する説明が面倒だからだ。
「戦う手順が決まっているんだ。この九つの場所を交互に占領して行く」
私は最短で決着が着く様に適当にマルとバツを書き加えて行く。
マルが中段に横一列で揃った所で、三つのマルを横断する様に線を引いた。
「この状態になれば勝ちだ。横一列じゃなくても縦でも斜めでも良い」
そう言って線を三本書き加える。
棒人間が格子に頭部を近づけて、興味深そうに頷いている。
「■■■■■■■■?」
「殺し合いの代わりだそうだ」
「■■■■!?」
小鳥が物騒な発言をしたせいで棒人間が怯えている。
「しかしこの殺し合い、決着が着かぬのではないか?」
そしてやはりこの小鳥は賢い。
マルバツゲームは双方に一定水準以上の知能があれば負けないが勝てないゲームだ。
これで無双出来る程度の相手なら、食べた方が暇潰しになるかもしれない。
そんな私の思考が伝わったのか、或いは先の小鳥の発言が原因か、棒人間がぞわぞわと震える。
そんなに怯えなくても取って喰いやしないよ……多分ね?
「慣れて貰うためだから、取り敢えず何度かやって感触を掴んで欲しいかな?」
「ふむ? 試しに齧ってみる様な感じだな」
小鳥がそう言うのと同時に、棒人間を抑え付けていた黒い炎が変形する。
手が一本、炎の拘束から解き放たれた。
私は樹皮をヘラの様に使って雪を平すと、その上に格子を書き中央にマルを書いた。
このゲーム、先手は中央を取ってしまえば相当有利になる。
暇潰しはしたいが好んで負ける気はない。
後手は棒人間だが、視線で促してみても動こうとはしない。
悩む様な局面でもないのに。
正直、これで躓くと私の暇潰し大作戦が頓挫してしまう。
そうすればお互いに悲しい結末が待っているだろう。
……ん? 何か棒人間を食べる事に対する抵抗が薄れて来ている気がする。
逆に好都合か?
でもお腹壊すかも知れないし、そもそも味があるのかな?
そんな事を考えていると、棒人間が意を決した様な雰囲気で自由になった手を動かし始める。
その手は長い七本の指が生えている。指の関節は人間と同じ三つだ。
しかし手の平に当たる部分は指の付け根から伸びた七本の線のみである。
じっとその手を見ていると、手の平の中央辺りにふわりと黒い煙が発生した。
煙は渦巻いたかと思うと凝集して形を造る。
瞬きする間に先端の尖った棒が出現していた。
小鳥と戦っていた時に持っていた槍と同じ技術で造ったのだろう。
便利だな。後で何か造って貰おうかな?
色は黒限定なのだろうか? 白もいけるならオセロか囲碁が出来そうだ。
そんな事を考えていると棒人間は角にマルを書いた。
違う。そうじゃないんだ。
「■■■■■■の若き■■■■■よ、貴様はニンゲンとは異なる形を描くのだぞ?」
小鳥が私と棒人間の間にある齟齬を補正してくれた。
私が角のマルを消すと、棒人間は改めて角にバツを書いた。
私がその隣にマルを書くと棒人間が別の角にバツを書いた。
うーん? これは接待プレイをしているのか分かっていないのか判断に迷うな。
取り敢えず横一線にマルを連ねて初戦の勝利を確定させて、雪を平す。
「じゃあ、これを全部の升が埋まるようになるまで続けようか?」
「九つの覇権が確定するまで反復するそうだ」
成程、そう訳すんだ?
小鳥の解釈による言い替えや一往復しているせいもあるかも知れないけれど、結構いい加減な翻訳かも知れない。
なんにせよこれで、しばらくの間暇が潰せそうだ。
〇×ゲーム「今こそオセロの独裁に反旗を翻す時」