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5☆確かな脅威と未知の恐怖

 先程までは体の芯まで凍えそうだったと言うのに、今は蒸発しそうな程熱い。

 咄嗟に盾を掲げなければ俺は跡形も無く蒸発していただろう。


 叫ぶ。何かを叫ぶ。

 何を叫んでいるのかは俺自身にも分からなかった。

 理不尽を恨み、空気を震わせる。

 幻想種にとって言語は必要不可欠なものでは無いが、自らの意思や感情や気合を無差別に発散する事で他者を威圧し自らを高揚させる行為とされている。


 目一杯の感情を乗せた叫びも虚しく、盾に巻き付けた外套が徐々に散って行く。

 それでも、幸いにも直撃は避けられた。

 僅かだが角度を付けて受けた事で、閃光は数条に割れて後方を蹂躙した。

 背後で多数の針山樹木が焼き切られ倒壊する。

 直撃していたら、俺がああなっていた。


 だが状況は良くない。徐々に押し込まれている。

 巻き付けた外套が煙を上げ始め、盾状に顕現した俺の幻質が軋む。


 後先考えず盾に幻質を足す。圧に耐え切れず足が笑う。溶けた雪で足場は不安定だ。


 もうもたない。


 そう思った瞬間、閃光が途切れた。


 崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。

 その一方で盾を取り落してしまい、無防備な身体を焔の理に晒してしまう。


 しかし、追撃は無かった。

 焔の理が空中でゆったりと羽ばたきながら静止していた。

 これぞ神位幻想種の風格であると主張するかの様な、傲慢で優雅な羽ばたきだ。

 その身体は閃光の余波である高密度な幻質が漏れていて、その色は赤を通り越して白い。


 そして、俺は見た。

 焔の理の下に鎮座するそれを。

 本体は平ぺったく薄い布の様な何かを。

 それは触れる幻質を無に還元していた。


 先程幻質に色が無いと思ったのはこれのせいだ。

 焔の理が垂れ流す幻質がより高密度になった事で、その様子がはっきりと見える。


 間違いない。焔の理の幻質から影響を受けていない。

 触れた幻質は布の様な何かに何等影響を及ぼせず、無に還元されて行く。

 当初布の様な何かが幻質を放っている様に見えていたが、違った。

 あれは消え行く焔の理の幻質だ。

 有り得ない速度で変質して行く焔の理の幻質を、布の様な何かが放った幻質だと勘違いしたのだ。


 高位幻想種であっても直接触れれば一瞬でその身を削られるだろう。

 俺ではどこまで近寄れるだろうか。


 救いがあるとすれば、その中身だ。

 半分程がはみ出しているその中身は幻質の還元を行っていない。

 姿形は平野に群れる物質種が一番近いだろうか。


 物質種が一番近いが、全く別の存在である。


 第一に特徴が無い。

 細かい造形がある一方で、全体的に色彩は薄く角は丸くのっぺりしている。

 一番特徴的な部位は頭部と思しき場所に茂っている黒い糸状の何かだが、それですら我等黒質の氏族に比べれば驚く程淡く薄い黒だ。


 覇気は感じられない。どこと無く倦怠感を醸し出している。

 焔の理が放つ悠然とした傲慢で優雅で、どこまでも高圧的な気配とは対照的だ。

 一見弱者にすら見える。

 物質種は印象を隠蔽する個体の事を殻を被ると表現する事があるが、それとも真逆だ。


 あれの殻はどっからどう見ても凶暴で悪辣だ。それでいて絶対無比だ。

 抗う方法が見当もつかない。

 対して、中身はそれ程重要では無い。

 近寄る事さえ叶えば殺す事が出来そうな印象すら覚える。


 だが、中身を庇う様な位置取りで焔の理が威圧して来る。


 ギーギーと甲高い、歪んだ声で焔の理が鳴いた。

 同時に単純な感情を乗せた念話が飛んで来る。


 伝わって来るのは鷹揚と優越。

 俺が主張する事を許すと言う意味だろう。

 だが同時に、逃げる事は許されなさそうだ。

 わざわざ鳴いたと言う事はその主張は音声で伝える必要がある。


 焔の理が配慮している。

 脆弱そうに見えるが、中身も同様に悪辣であるのかも知れない。


 実際どうであれ、万全な状態の焔の理と事を構えるのは確定事項の様だ。

 幸いこの間に幻質の乱れはある程度落ち着いた。


 やれるかやれないかでは無い。

 やる他に無いのだ。

 俺は腹を括り、音声で悪態を吐く。


「くそったれ!」


 幻質を振り絞り、槍とする。


 穂先をぐるりと回し、下段に構えた。


「我を見て逃げないとは重畳!」


 焔の理が強く鳴く。

 だが、動く気配は無い。

 先手を譲ると言う事だろう。


 違うな、譲る等と言う慈悲では無い。

 優越故の無防備なのだ。

 どこからどう打ち込んでも焼き尽くせると。

 ひょっとしたら焼き尽くしもしないかも知れない。

 実際それだけの隔絶が、俺と焔の理との間にはある。


 足元で外套が燻っている。

 八目毛塗由来の幻質はほぼ焼き尽くされている。

 外套を拾えた所で先程の様な受け流しは出来ないだろう。


 全て避けなければならない。

 ……それは不可能だ。せめて基幹破壊だけは避けなければならない。


「俺は今代の山守り、黒質の氏族シン! 盟約と掟に従い貴種を討つ者!」


 退路は無い。

 叫んで、全力で踏み込む。


 穂先を低く、舞い上がる雪を置き去りにして焔の理へ一直線。

 限界まで接近してから穂先を撥ね上げ、渾身の刺突を放つ。


 半分賭けではあったが、その一撃に対して焔の理は閃光を放たなかった。


 しかし、受け止められた。


 焔の理の嘴が、穂先を咥えていた。


 全力で穂先を振る。

 焔の理はただ初激を止める為だけに穂先を咥えたのだろう。

 咥えた穂先を保持する様子を全く見せず、槍は呆気無く自由を取り戻す。

 しかし引き戻して攻撃する余裕は無い。


 俺は槍をそのまま振り回しながら石突を穂先に変換する。

 槍を半回転させて、新たな穂先を叩き付けようとして――強引に倒れ込む。


 予感に従った回避だったが、閃光は俺の表面を焦がしながら雪原に突き刺さった。

 だがこれで終わりでは無い。優越していても、そんな生温い対応は有り得ない。

 形振り構わず無様に転がり、滑稽に跳ねた。


 無数の閃光が四方八方から飛び交うが、直撃を避ける事には成功した。

 咄嗟に布の様な何かを背にしたのが功を奏した。


 視界の端で、中身が未だに俺が最初に立っていた場所を向いているのが見えた。

 埒外の感知能力で俺の動きを追っているのか、俺への関心が低いのか。


 よもや俺の動きを追えていないと言う事は無いだろう。


 いずれにせよ焔の理と同時に相手をする必要が無くて良かった。

 そう思いながら追加の閃光を躱そうと一歩後退し――俺は無我夢中でその身を前方に投げ打った。


 閃光が俺の腹を穿つが、その熱が気にならない程の悪寒。

 俺の基幹を構成していた幻質がごっそりと奪われたのだ。


 訳も分からずのた打ち回る。

 閃光が直撃した腹がどうなっているのかすら分からない。


 視界が黒く染まり身体が震える。

 次いで全身を激しい痛みが襲ったが、先の悪寒に比べれば労わられている様にすら感じる。

 痛みは実際に圧力を伴い、暴れようとする俺の身体を抑え付ける。


 解かれて行く幻質を、黒い炎が押し留めてくれている事にようやく気付く。

 視界を覆っていた黒が徐々に薄くなり、その炎を焔の理が吐いている事に軽い驚愕を覚えた。

 焔の理は黒い炎で俺を保護するかの様に掴んで持ち上げ、布の様な何かに近付けて、鳴いた。


「所で、黒質の氏族はコンチュウに分類されるのか?」


 コンチュウの意味は分からなかったが、状況が全く好転していない事は察しがついた。


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