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4☆布の様な何か

 吹雪が収まったので、禁山を登る事にした。

 雪深い禁山は危険ではあるが、そもそも禁山に危険で無い時期等無い。


 針山樹木の間を抜けながら、時折襲い掛かる蛇足を脅かして歩く。

 八目毛塗と俺の幻質を交差させて作った外套は、晴天であれば禁山の冷気を防いでくれた。

 吹雪では雪吐きの幻質を纏ったとしても凍え死ぬだろう。


 自らの幻質を槍状に顕現させて背負うと、禁山の山頂に視線を流した。


 山頂晴れて、風は凪いでいる。


 禁山では毎年冬季の訪れと共に、二柱の神位幻想種が山頂で顕現する。


 一柱は灰色の寒冷だ。

 巨大な灰色の体躯に無数の赤い瞳を持つ灰色の寒冷は、禁山に苛烈な寒波を齎す。

 それが六体。同時多重顕現する神位幻想種の中で、個体としても脅威度の高いのが灰色の寒冷である。

 三対の腕が一振りされる度に四方が凍り付き、針山樹木すら芯まで凍り付き立ち枯れする。


 一柱は焔の理だ。

 別名理の外とすら呼ばれる、神位幻想種の中でも飛び抜けた脅威度を誇る種だ。

 年中雪が解ける事の無い禁山でなければ、一帯が灰も残さぬまで燃やし尽くされかねない。

 大抵の場合二柱の神位幻想種の殺し合いは焔の理に軍配が上がるのだが、その事が黒質の氏族に山守りと呼ばれる役割を確立させている。


 生き残った神位幻想種を殺すのが、俺等山守りの役目だ。


 それは控えめに言っても危険な役割であるが、山守りが死ぬ頻度は高くは無い。

 精々六回に一回くらいだ。


 気負う必要は無い。そう自身に言い聞かせながら、禁山を登る。

 灰色の寒冷と焔の理が暴れていたお蔭で、対処できない様な危険な存在は禁山から逃げ出している。

 稀に小物の物質種が潜んでいる場合もあるが、平野と違いそう多くはない。

 道中に危険があるとしたら急な天候の変化だが、その要因と成り得る灰色の寒冷は最低でも弱っているのだ。


 弱っているとは言え、神位幻想種に止めを刺す時が一番危険だ。

 そう言った意味では気を抜いてはいない。


 しかし、この時の俺は禁山の異変に気が付く事は出来なかった。


 異様な程快晴な、禁山では凡そ有り得ないその天候に。


 いつもより軽快な道中に僅かな違和感は覚えていたが、それが悪い事だとは思いもしなかった。

 実際、自身の状態はいつもより良かった。顕現する幻質はより黒く細い。


 その軽快な道中に不穏を感じ取ったのは、山頂に大分近づいてからだった。


 第一に、焔の理の幻質が異様に濃い。

 元来相性の悪い灰色の寒冷を焔の理が完封する事は極稀だ。

 結果焔の理は相当相応に弱っているため、通常は見付けるのが大変な程弱っている。


 だと言うのに、焔の理がどこにいるのかが手に取るように分かる。

 これは有り得ない事だ。灰色の寒冷が全滅して禁山が幾分穏やかになったとしても、熱源に乏しい禁山で焔の理が力を取り戻す事等通常は有り得ない。


 俺は槍状に顕現した幻質を還元し、盾状にして再顕現させた。

 そこに外套を巻き付ける。


 和らいだとは言え苛烈な冷気が俺の身体に染み入るが、半日程度なら大きな問題は無い。

 むしろ問題はこの盾が今の焔の理に通用するかどうかだ。

 八目毛塗は高い耐性を持つ原始的幻想種だが、健在な焔の理からすれば有象無象の一部でしかない。


 なるべく幻質を抑えて禁山を進む。

 目的地は明確だった。

 焔の理はその気配を隠そうともしない。

 高位幻想種ともなれば隠そうとして隠しきれる物でも無かろうが。


 徐々に周囲の景色に闘争の痕跡が見て取れる様になる。

 芯まで凍り付いた針山樹木。

 対照的に炭化した針山樹木。

 一度溶け再度凍った雪。

 砕かれた針山樹木。

 折れた針山樹木。

 一直線に景色が見通せる場所も散見される。


 そして、その先に存在する圧倒的気配。

 雪山だと言うのに、周囲の幻質が赤く見える。


 盾を握る手に力が籠る。

 針山樹木の間を縫うようにして、その場所を見た。


 居た。


 焔の理。


 立ち込める赤。幻質が赤い。


 焔の理は俺に背を向けて何かの上にとまっていた。

 一瞬岩か何かかと思ったが、違う。

 動いている。


 上手く見通せないが、それは酷く存在感の薄い幻質を纏っている。

 不思議な事に色が無い。

 焔の理と接しているからこそその存在を認識出来るだけで、ただ雪の中に落ちていれば発見する事は不可能だっただろう。


 それは布の様な何かだ。形は四角い。

 頭部と思しき場所から、別の質感の何かが生えている。

 主に動いているのはその部分だ。

 注視していると、頭部が倒れた針山樹木の皮を剥いで取り込んだ。


 針山樹木を主食としているのだろうか?

 だとしても幻質に色が無いのが不思議だ。


 焔の理が鳴いた。

 酷く歪んだ鳴声だ。

 それに答える様に布の様な何かも鳴いた。


 この距離では上手く聞き取れないが、それは言語の様にも思えた。

 となると、思念で意思疎通する種では無いのかも知れない。

 焔の理は言語も用いるが基本的には思念で意思疎通を行う種であった筈だ。

 私が扱える言語は平地の有象が用いる内の三つ程だが、断片的に聞こえた感じではそのどれとも異なる様だった。


 しかし、言語を主な意思疎通手段とするのは物質種に見られる特徴の筈だ。

 空気を安定的に振るわせられる程強く顕現し続けるのは神位幻想種程の存在にならなければ難しい。

 だが布の様な何かは物質種にしては幻質が強い。

 焔の理と接触していても幻質が漏れ出しているのだ。

 存在感は薄いが、決して存在が稀薄な訳では無い。


 最悪の場合を想定するならば、あれは未知の神位幻想種であると想定すべきだ。


 次の瞬間、俺は震えた。恐怖に震えた。


 気付かれた! 焔の理に気付かれた!


 焔の理が布の様な何かの影に飛び降り、一拍置いて虹色の閃光が俺を襲った。


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