13★王の生活
皆様ごきげんよう。王です。暇です。
良く分からない内に山の王になって結構な数の夜を過ごした訳だが、私の周りでは特別何かが変わったと言う訳では無い。
雪山は相変わらず雪山である。
私が王になってから小鳥はあまり寄り付かなくなり、そのせいかこの山は寒さが厳しくなった気がする。
棒人間から湧き出る黒い炎は見た目程熱くは無く、我が子は閃光を放つが炎はからっきしだ。
たまに小鳥が何かの肉を土産に立ち寄るとその暖かさにほっとする。
私の生活を向上させるのではないかと期待させた一つ目達はと言うと、どうやら滅んだらしい。
滅んだのは随分前らしく、私はその事を毛むくじゃらと長耳達の話を我が子が翻訳した事で初めて知ったのだ。
それはほんの十か二十程前の夜の話である。
それはそうと、私の下にやって来る動物は二つ程種類が増えた。
一つは毛むくじゃらだ。
山男っぽい感じの小さな奴等だが、基本的には土の下に住んでいるらしい。
我が子は毛むくじゃらの事を四本腕と呼ぶ。見た目そのまんまだ。
もう一つは長耳だ。
やたら耳が長い奴等で、邪魔なのか耳を後頭部で結んで纏めている。
結び方には色々な決まり事がある様で、それを見れば生まれとか身分とか性別とか色々な事が分かるらしい。
ガーデニングが趣味らしく、雪山の木々を小鳥や我が子が行う大規模破壊にもめげずに管理している。
とは言え相変わらず針葉樹しかないのだがね。
あまりに茂り過ぎると視界が悪いので、時々我が子に閃光を吐いて貰うのだ。
この二種が定期的に果物と野菜を献上しに来るお蔭で、私の食時事情は割と向上した。
火を起こす事が面倒なので基本的に生を丸齧りである。
あと、たまに干し肉も献上される。何の肉かは知らないが。
「父さん」
不意に辺りが暗くなったと思うと、我が子が頭上から降りて来た。
小鳥と違い基本的に羽ばたかないので、我が子の飛行は物凄く静かだ。
「また大きくなったなあ」
聳え立つ様な我が子を見上げる。
体高は五メートル程度だろうか? 見た目は二階建て家屋と言った印象だ。
顔面右側の目は百程まで増えた。翼も二対増えてその関節も七つまで増えた。
最早小鳥では無い。と言うか鳥ですらない。
鳥の要素はその嘴と空を飛ぶと言う事くらいである。
「うん。僕は大きくなった」
いやあ、本当に大きい。
何食べたらそんなにも大きく育つのだろうか。
と言うか普段何食べているのだろうか?
我が子の生態は謎に包まれている。主に私が布団から出ないせいで。
「夜が二つ過ぎる頃に、四つ腕と耳団子が来るよ」
「珍しいな」
どうやら毛むくじゃらと長耳が来るらしい。
二種族が同時に来るなんて珍しいな。
あの二種族は仲が悪い。食べる物が割と違うらしいのに、揉める要素がどこにあると言うのか。
「多分鱗が現れたせい」
「鱗か」
そう言えば、この世界に来てから魚を見ていないな。
随分前に小鳥は大陸を跨いで活動すると言っていたし、獲って来て貰おうかな。
我が子は私に対して非常に献身的ではあるのだが、いかんせん破壊的過ぎるのだ。
見ていないと言えば元祖棒人間も最近見ないな?
別の棒人間はたまにやって来るのだが。
元気にしているのだろうか?
一応我が子の母でもあるのだから、長生きして欲しいものである。
「鱗達はやる気一杯。山には来ないと思うけどお父さんも気を付けてね」
「そうか、気を付けるか」
何をどう気を付けるのか分からないが、取り敢えず頷いておく。
いざとなれば布団を被ればいいのだから。
「じゃあ少し出かけて来るね!」
「いってらっしゃい」
我が子は無邪気な声でそう鳴いて、音も無く空へ昇って行った。
我が子が消えた空をぼんやり眺めていて、鱗の見た目に関する情報を聞くのを忘れていた事に気が付く。
魚系か、爬虫類系か、全く別か。
この世界は三番目の選択肢が割と多いので困る。
私は暇潰しに果実を齧ろうと、雪に埋めて置いた分を掘り起こす。
出て来たのは蛍光ピンクの輝きを放つ丸い果実だ。
我が子が言うにはこれは周囲に生えている針葉樹の果実なのだそうで、何人か食わせないと収穫出来ないのだと言う。
しかし何を何に食わせのだろうか? まあいいか。
野菜も果物も稀に鳴いたり歩いたり爆発したりする事があり、私の常識からは逸脱した品々に囲まれて独りでも賑やかな日々を過ごしている。
しゃくりと蛍光ピンクを齧る。
瑞々しくてどろどろに甘く、仄かに生臭い。
何度か噛んでから吐き出し、空を見上げる。
薄い雲の向こうに眩しい太陽が見える。
小鳥の閃光に比べたらそれ程眩しくもないが。
しばらく太陽を眺めていたらいつの間にか暗くなってきたので、もう一口蛍光ピンクを齧ろうとして、視界の端に黒い影が見えた。
そこには棒人間がいた。
我が子の母では無い個体の様だ。
棒人間は長い槍の様な物を携えて静かに佇んでいたが、私がずっと見ているとふいと背中を見せてから消えてしまった。
相変わらず私の動体視力はこの世界の動物には付いていけない様だ。
何だか蛍光ピンクを齧る気分ではなくなってしまった。
齧り掛けの蛍光ピンクを雪に埋め戻して、布団に横たわる。
掛布団を肩まで被り、だからと言って眠る訳でも無い。
三大欲求は消えたままなのだ。
食事も欲と言うよりは、舌への刺激を楽しむ行為の側面が大きい。
空からはちらちらと雪が降り始めていて、顔にぽつりぽつりと冷たい刺激が刺さる。
天候の変化も刺激の一つだ。山の天気は移ろい易く気が付くと違う天候だったりするから面白い。
そうやって降ったり止んだりする雪を楽しんでいると、ざくざくと雪を踏む音が聞こえて来た。
誰か来た様だ。
私が起き上がると足音が止まった。
視線を向けるとけむくじゃらと長耳が何人かいた。
どちらも足が蛇の駱駝みたいな何かを引き連れている。
蛇駱駝の背には瘤が五つ付いていて、それらの谷間に上手く木箱が固定されていた。
木箱の中身は大体食糧だ。
食糧は私に献上する分と自分達で食べる用に分けられている。
どちらも慣れた手付きで荷を降ろし、木箱ごと私の元へと滑らせる。
二つの木箱が布団の淵に当たって止まった。
ちらりと覗いてみると箱の中には色取り取りでどれも蛍光色な食べ物が沢山入っていた。
「■■■、■■■■■■■」
「■■■、■■■■■■」
けむくじゃらと長耳が同時に何かを言った。
私にはそれらが同じ言語であるのかすら分からなかったが、何と無く似たニュアンスの内容である気がした。
発言が被ってしまった両者はやや棘のある視線を交わし、険悪なムードを醸成させながら一言二言言葉を交わした。
お互いに何か文句を言っている様だ。
「どうせ聞いても分かんないけどね」
うっかり喋ってしまい全ての視線が私に向く。二頭の蛇駱駝は最初から私だけを見ていたけれど。
でも、視線が合った所で言葉が通じる訳では無い。
実際我が子の母である棒人間とも未だに会話は成立しないのだから。
何を考えているか分からない沈黙の応酬があって、けむくじゃらと長耳は視線を私からお互いへと向け直した。
けむくじゃらと長耳は仲が悪い。
前に鉢合わせした時には殺し合いにまで発展した。
その時は我が子が喧嘩両成敗とばかりに半分ずつ殺したのだが、その我が子は現在外出中である。
また殺し合い始めたらどうしようか?
そう言えばその時食べた肉はまあまあ美味しかった。ちょっと筋がきつかったけど。
ほんのり期待しながら様子を見ていると、残念な事に和気藹々とはならないまでも剣呑では無い程度の印象で安定し始めた。
若干険悪な雰囲気はあるものの、大凡話し合いの範疇だと思う。
更にしばらく眺めていると妥協点の擦り合わせに成功した様で、揃って私の方を向いた。
そして少し畏まった姿勢で両者が口を開く。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■」
今度は同時に何かを言う感じでは無く、同じ主張を二人で一緒に言いましたと言った感じである。
「いや、あのね、私達結局会話出来ないじゃん?」
そう言ってから、私も同じなのだなと思った。
通じ様が通じまいが声に出してしまうのだ。
思考を別の形式に変換する時に言葉程手軽なフォーマットは他に無いだろう。
これは私に聞かせると言うよりも、何かの宣言と言う所なのだろうか?
なら、結局の所私は聞くだけで役割を果たしているのかも知れない。
そんな考えが当たっていたのか間違っていたのかは判然としなかったが、けむくじゃらと長耳はその後しばらく何かを宣誓してから、蛇駱駝を連れて雪山を降りて行った。
私としては食糧を提供してくれるのであればそれで良い。
けむくじゃらも長耳も蛇駱駝も見えなくなるまで見送ってから、私は献上された食糧の事を思い出した。
これを全て雪に埋めるのは手間だなと思いながら、蛍光ブルーの干し肉を手に取って齧る。
凍った干し肉は硬過ぎて噛み切れず、私は若干不貞腐れながらそれを雪の上へ放り投げた。
生肉を食べ損ねた気分だ。




