10☆無計画
燃え盛る物質種が悲鳴をあげながら地面を転げ回る。
その黒い炎はただの炎では無く、幻質そのものが燃えている。
転がったくらいで消える事は無く燃え続ける。
その熱と痛みに物質種は幻想封じを放り投げた。
幻想封じはその数を増やす事で効果を向上させる。
そして幸いな事に、四つの幻想封じでは二十七人の同朋を抑え込む事が出来なかった様だ。
先達と族長が連携して、幻想封じの黒い帯を強引に破壊した。
「生きとったか未熟者め!」
先達の一人が思念を飛ばしながら、混乱して立ち尽くす物質種に襲い掛かる。
その手の上で円盤状に顕現した幻質が高速回転していた。
焔の理や布の様な何かと丸一日以上時間を共にしたせいか、言語と念話の切り替えに一瞬手間取る。
禁山に入る前は意識しないと言語を扱えなかったと言うのに、これは進歩と言うべきか退化と言うべきか。
「焔の理が未知の種と共に灰色の寒冷を殺し尽くした! 未知の種は焔の理より危険だ!」
この重要な情報を物質種共にくれてやる義理は無い。
俺の報告に多くの同朋が若干動揺するが、その間に幻想封じを使用していた五人は先達によって首を刎ねられ絶命していた。
速く、静かな仕事。莫大な幻質を得た俺だが、それ故にあの境地にはまだ届かない。
「総員! 移住だ! 散れ! 潜め! 蔓延れ!」
族長が冷静に念話を飛ばす。
族長の感情を受けて、同朋が静かに行動を開始する。
それを見て、そこに加われなかった事で俺は悟った。
最早俺は黒質の氏族から逸脱してしまったのだと。
当たり前と言えば当たり前だ。黒質の氏族は間違っても黒い炎を噴かない。
俺は焔の理に近い別種へと変容したのだろう。
「族長。俺はここで暴れて禁山に逃げる」
「そうか! 我が氏族に狩られるなよ?」
俺の状態に族長や先達は気付いていたのだろう。
何の動揺も見せずに、むしろ脅して来た。
黒質の氏族は他の幻想種を狩る種だ。
黒質の氏族ではなくなった時点で、俺も狩られる対象なのだろう。
黒質の氏族全体が一つの生き物の様に連携して動き始め、三つに分岐した。
物質種を攪乱するのと同時に、全滅する事を防ぎたいのだろう。
俺は吠えた。
顕現し続けている喉を鳴らし、物質種共に宣戦布告する。
ただ出鱈目に纏っていた黒い炎を一度散らし、両手の幻質に意識を向ける。
ここに至ってようやく体勢を整え始めた物質種共が、俺に幻想封じを向けて来た。
黒い帯が幾重にも俺を囲うが、大量の幻質を叩き付けて強引に突破する。
そのまま物質種の一人に突進し、腕を横凪に振り抜いた。
先程の様に黒い炎を纏わず、力任せの打撃でも無い。
平爪状の俺の指先が幻想封じごと物質種を切り裂く。
両断とまではいかないまでも幻想封じは機能を停止し、十分に深く切られた物質種の上半身がずれる。
一人無力化。
上半身だけが後ろ側に傾くその物質種を蹴り横に飛ぶ。
飛び掛かる様にしてもう一人の物質種の肩を片手で掴み、もう片方の手で首を刎ねる。
非常に硬い感触と強い抵抗感があったが、物質種の首は勢い良く宙を飛んだ。
俺は強くなったが、焔の理や布の様な何かには遠く及ばない。
力任せに蹴散らしていてはすぐに限界が来てしまう。
吠えて、暴れる。冷静に、鋭く。
両断を狙う事は諦める。
八割程切れば事足りるからだ。
四方から光の矢が出鱈目に飛来する。
未知の道具による攻撃だが、大凡回避する。
光の矢は焔の理の閃光に比べれば鈍間で、布の様な何かの攻撃に比べれば見えるだけ易しい。
だが、少々数を受け過ぎた。
思い出す。先達の技を。
基本は最短距離、しかし死角を優先する。
光の矢すらもを壁代わりにして距離を詰める。
接近に気付いた物質種が慌てて幻想封じを向け直すが、力任せに突破して両腕を鋭く振り下ろす。
物質種の両足が深く切り裂かれたのを確認し、幻想封じを蹴り砕いて次の標的に。
思い出す。族長の教えを。
優先順位と必要条件を考慮せよ。
幻想封じは使用方法の関係で、他の道具との併用が難しい。
そして、多少の数であれば今の俺を封じる事は出来ない。
それは裏返すと、増援が来れば厳しいと言う意味だ。
まだ殺せる。だが引き際は近い。
最短距離で詰め寄った小柄な物質種の腕を折り、持ち上げる。
その身体に黒い炎を薄く纏わせ、悲鳴を引き摺りながら包囲を破る。
味方の惨状を見て動きを鈍らせた一人に、絶叫する盾を投げ付ける。
同時に背後で幻質を盾状に顕現させる。
そこに無数の光の矢が突き刺さり、盾は砕けて散った。
今は幻想封じよりも光の矢が危険だ。
既に何本も背中に刺さっている。これ以上受ければ行動に支障が出る。
目暗ましに黒い炎を広範囲に薄く放ち、隙を見せていた一人の首を切り裂く。
が、浅い。無力化出来たかも微妙。
集団戦は思った以上に厳しい。と言うより物質種が使う道具が軒並み高性能だ。
ずん、と。響く衝撃。
どこかで黒質の氏族が自爆したのだろう。
独特な幻質が吹き抜けた。
物質種共は統率を取り戻しつつあるが、まだ浮足立っている。
今の内に逃げるか。
黒質の氏族を逃がす囮としてはまだ早い気もするが、これ以上は俺が危険だ。
幻想封じの黒帯に似た形状で幻質を顕現させ、身体の周囲に巡らせながら黒い炎を分厚く纏う。
顕現させた幻質の量が多すぎて殆ど制御出て来ていないが、構わず突き進む。
進路上の物質種は軽く突き飛ばす程度に留めるが、上手く炎が燃え移れば僥倖だ。
多数の光の矢が飛来し、多数の幻想封じが向けられ、俺の動きが阻害される。
だが、暴走気味の炎と黒い帯のお蔭でそれらの照準は連携しきれずにいる。
見せ掛け上の的が大きくなった事で回避が僅かに楽になった。
進路を妨害しようと立ち塞がる物質種を殴り飛ばして進む。
ただ居合わせた訳では無く、明確に立ち塞がる物質種は俺の速度を鈍らせたが、止める事は出来ない。
集落を抜けて開けた雪原に飛びだした俺は、纏っていた黒い帯と黒い炎を纏めて後方に遺棄する。
同時に足裏に幻質を集め、爆発させた。
轟音と共に俺の身体が雪原を転がる。
その勢いを可能な限り殺さず、針山樹木が乱立する地帯へと上手く転がり込む。
衝撃に意識を飛ばされそうになりながら、辛うじて立ち上がる。
山頂の方角を確認し、同時に走り出す。
一瞬だけ後ろに意識を向けると、無数の物質種共が俺を追い駆けて禁山へと侵入し始めていた。
何とか幻想封じの射程からは逃れられた。
そう安堵したのもつかの間、光の矢が多数飛来する。
針山樹木が乱立する森で矢等、と思いながらも嫌な予感がして幻質を顕現させる。
表面に分厚く黒い炎を纏わせて、形状は盾状。
そこに多数の衝撃が突き刺さり、盾は砕けた。
俺は焦りながらも新たな盾を顕現させて、全力で走る。
どんな仕組みかは分からないが、あれは俺を追尾するらしい。
集落での戦闘ではそんな挙動は無かったと言うのに?
どうやって障害物を避けている?
再び飛来した矢を盾で叩き落とす。
盾は砕け散りはしなかったが、大きく損傷する。
修復しつつ黒い炎を纏わせて続く矢を叩き落とす。
仕組みの考察は後回しだ。どうせ使っている物質種も知らないだろう。
正確な射程は分からないが、とにかく長い。
数はべらぼうに多い。最初から追尾させなかった事から何かしらの使用条件がある様だが。
くそっ、禁山に入ったのは失敗だったか?
今の俺は幻質を上手く扱えない。
黒質の氏族の本懐とも言うべき隠密性を失っているのだ。
この状態であれだけの数の物質種を振り切るのは不可能だろう。
となれば、打てる手は一つだけしかない。
無数の物質種を引き連れ、俺は山頂を目指した。
布の様な何かの下まで辿り着ければ、状況が変わると信じて。
無事に辿り着けるかどうかは、分からなかったが。




